小さな話でございます。
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ここは、この町のボス猫である神崎のアジトである廃車置場。
大人の猫たちに囲まれる中、いつも元気な子猫2匹―――たつやとはじめ。
「ぎゃははっ、やめろよたつや、くすぐってーだろ!」
「毛づくろいしてやってんのに乱してんじゃねーよっ」
平穏な空気の中、じゃれ合う2匹に近づくのは、育ての親である神崎と姫川だ。
気付いたはじめは、親猫の2匹に跳ねるように駆け寄り、「親父っ、おふくろっ」とすり寄った。
たつやの方は、少し親離れできているのか、はしゃぐことなく普通に近寄る。
「おふくろー、腹が減ったー。マグロがいい」
なのに、ワガママだけは一丁前だ。
「マグロマグロ♪」
はじめも便乗して歌うように要求する。
神崎は「こいつらは…」と怒りを堪え、引きつった笑いをする。
「ワガママなのは誰に似たんだか」
「てめーだ、ボンボン!」
いいトコの飼い猫である姫川に牙を剥く神崎。
子猫たちは「マグロマグロ」と目を輝かせながらにゃーにゃー鳴いている。
「ちょうどいい。おまえら、そろそろ親ばかりに頼ってねーで、自分でエサ獲れるようにしろ。独り立ちの練習な」
神崎がぴしゃりと言うと、はじめとたつやは「オレ達が?」と首を傾げた。
出会った頃は赤ん坊だったはじめとたつやも、今では体が少し大きくなっていた。
独り立ちの時期である生後1年を迎える前に、親から狩りを学ばなければ、この厳しい野良猫社会では生きていけないのだ。
神崎も、実の子でないにしろここまで育てた親猫として、厳しく学ばせるつもりだ。
「言っとくが、オレもフォローしねーからな」
姫川も厳しい一声をかける。
わが子たちのブーイングにも動じない。
「それじゃあ、早速なんでもいいからエサ獲ってこい」
「どんな?」
たつやが尋ねるが、神崎は「なんでもいいから獲ってこい!」と毛を逆立てて威嚇し、驚いたはじめとたつやは廃車置き場から逃げるように飛び出し、渋々エサを取りに向かった。
「大人って面倒だぜ。人間だって、独り立ちに随分な時間をかけるそうだ。それこそニャン生分」
「そんなに!? たつやは物知りだな。そして人間ってズリィな!」
「フフン。オレ達が独り立ちする頃になっても、まだまともに言葉も喋れない赤ん坊ってやつらしい。オレ達よりはるかに成長が遅いんだとよ。それも自然の摂理ってやつなんだろな…て親父が…―――」
はっとしてすぐに口を噤む。
この知識もほとんど姫川から教わったものだ。
自分で学んだように自慢げに話していたことに恥ずかしさを感じ、顔を赤くさせる。
はじめは「せつり?」と耳慣れない単語にキョトンとしていた。
「とにかくスゲーの獲って親父とおふくろの腰抜かしてやろうぜ」
「そうだなっ」
「難易度が高いものなら…」
たつやは思い当たる場所へと、はじめと肩を並ばせて向かう。
「「にゃんにゃんにゃん♪」」
歌いながら。
「……………」
そんな2人を陰ながら見守るのは、住宅の屋根にいる神崎と、
「やっぱり心配なんじゃねーか」
「にゃ゛っ!」
さらにそのあとをつけてきた姫川だ。
神崎の行動などお見通しだと言いたげな呆れ顔だ。
「い、いきなり見放すほどオレだって鬼じゃねーよ! 見守るだけだっ」
「じゃあオレも誘ってくれよ母さんや」
冗談混じりに言いながら、姫川は神崎の隣に並び、同じくわが子たちを見守ることにした。
はじめとたつやは商店街にやってきた。
人目を避けるために、物陰を転々を移っていく。
目指す場所は、魚屋だ。
ガタイもよく、強面の魚屋の主人が店先で客引きをしているのが見える。
電柱の後ろからそれを確認したはじめとたつやは、顔を見合わせて頷き、徐々に魚屋との距離を縮めていく。
「いきなりソレからいくのかよ」
見つかればただでは済まされないだろう。
魚屋の主人は大の猫嫌いで、彼の魚を獲ろうものなら命を獲られる覚悟で挑まなければならない。
度胸はボス猫並みだ。
せめてネズミくらいにしてほしかった。
魚屋に主婦が近づき、どれがオススメか愛想よく説明している隙に、はじめとたつやは一気に近づき、ザルに並べられた魚の中からエサを選ぶ。
迷っている時間はないが、初めてのエサ獲りなら大物を狙いたい。
ししゃもか、イワシか、サンマか、カレイか、サケか、イカか。
思った以上に選り取り見取りで嫌でも迷いが生じる。
そこで2匹の目を奪ったものがあった。
ホンマグロの子ども、メジマグロ。
一尾の値段は4000円。
大好物のマグロに2匹の口からヨダレが垂れる。
2匹の狙いを察した神崎は「ムリだ!!」と声を上げる。
「ムリムリ!! オレでも切り身が限界だっつーの!!」
「本体丸ごと持っていけるのは東条くらいか」
メジマグロの大体の重さは2kg(ペットボトル2リットルとちょっと)。
それを、体格の小さい2匹がくすねるのは困難を極めるだろう。
人間の子どもだって難しい。
「止めろたつや!」
「ダメだ、好物を目の前に冷静な判断を失ってる」
はじめとたつやはそれを咥えたが、引きずりおろすのがやっとだ。
明らかに猫の手が足りない。
「尻尾持て、はじめっ」
「たつや、キバが刺さらにゃい」
子猫の口には咥えきれないほどの太い尾。
そうこうしているうちに、
「「!!」」
殺気を感じ取った2匹がマグロから反射的に離れると、マグロの頭に、投げられた出刃包丁が突き刺さった。
同時に、真っ青になる2匹。
「出たな…、どら猫どもめ…!!」
いつ気付いたのか、魚屋の主人が両手に出刃包丁を持ち、殺気立った空気を放ち、2匹の前に立ちはだかった。
「今日こそ…、切り身にして、干し猫にしてやる…!!」
どんなに愛くるしくとも、猫相手には容赦しない。
「「にゃ゛―――っ!!!」」
はじめとたつやは恐怖のあまり逃げ出した。
何度も野良猫に狙われたことのある魚屋の主人は、その募り募った怒りのあまり子猫たちを追いかける。
「待てゴラアアアアア!!!」
商店街にあまり立ち寄ったことのないはじめとたつやは、知らない道に構わず逃げ惑う。
それが仇となってしまい、気がつけば路地裏の行き止まりまで追い込まれてしまった。
壁をのぼろうにも高すぎて、必死にジャンプを試みるはじめとたつやだったが無駄な足掻きだ。
ゆっくりと近づいてくる魚屋の主人。
「さあ…、先に魚のエサになりたいのはどっちだ…?」
はじめとたつやは恐怖のあまり涙を浮かべ、体を震わせ、互いを抱きしめ合いながら魚屋の主人を見上げる。
「たつやぁ…、うぅ…っ、チビりそう…っ」
「ばか…っ、死んでもこの状況でするんじゃねえぞ…っ!」
魚屋の主人が出刃包丁を振り上げた瞬間、2匹は泣き叫んだ。
「「親父いいぃいい!!! おふくろおぉぉおおおお!!!」」
「「ダブルぬこミサイルキィックッッ!!!」」
ゴキッ!!!
説明しよう。
ダブルぬこミサイルキックとは、神崎と姫川が同時に高い場所から飛び降り、重力を利用した猫キックのことである。
勢いと重さがついた蹴りが魚屋の主人の後ろ首に直撃し、魚屋の主人は泡を吹いてその場に倒れた。
「見守るだけだっつってなかったか?」
「こ、今回だけだ。おまえらも、次は甘やかさないからな! あと、ちゃんと今の自分に見合った狩りを…」
説教を始める前に、はじめとたつやは「にゃぁぁぁっ!!」と泣き叫びながら神崎と姫川に駆け寄った。
「………怖かったな」
「よーしよし、もう大丈夫だ」
そのあと親子は、魚屋の主人が気絶しているうちに、狙っていたマグロを仲良く協力して持って帰ったそうな。
彼らが親離れ・子離れできる日は、まだまだ先になりそうである。
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