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その日一日、姫川にベタベタされずに夏目と城山とともに有意義に過ごした神崎。
夏目と城山も、久々に神崎と邪魔をされずに一緒に帰れてご満悦だ。
神崎達が湧きあい合いと楽しんでいるなか、姫川は獲物を狙う虎のように神崎の周囲をうろうろとし、何度もその範囲に入ろうと躍起になっていた。
だが、1ミリ以上、爪先を入れることさえ叶わなかった。
次の日、姫川は明らかに不機嫌そうな顔で教室へと足を踏み入れ、手前左の隅の席の石矢魔生徒を睨み、「どけ」と凄んだ。
石矢魔生徒はわけがわからずも、その殺気立つ空気に気圧され、恐怖を浮かべた表情で「は、はい!」と即座に姫川に席を譲った。
姫川も自分の席に座りたかったのだが、神崎がすでに自分の席にいたため、5mの範囲に入ることができなかった。
自分の机の上に胡坐をかいている神崎は、やむなく自分以外の席に座る姫川を見て、笑いを堪えていた。
「あっれー、姫川くーん、どーしてそこに座ってるのー?(笑)」
5mから睨むことが虚しく思い、姫川は前を向いたまま歯を噛みしめる。
(あいつ、指輪取れたら覚えてろ…っ)
(神崎さん、積年の恨みだろうか…)
城山は、邪悪な顔をして笑う神崎と、怒りで背中を震わせている姫川を交互に見る。
普段、いつノイローゼになってもおかしくないほどベタベタとされていたのだ。
久々の解放感は後先考えず神崎を調子に乗らせていた。
それは夏目も同じである。
「神崎くーん、いじめちゃかわいそうだよー」
そう言いながら、夏目は神崎の背中にしがみつき、肩に頬を寄せた。
姫川の機嫌を逆なでするには充分な行動だ。
神崎は「せっかく解放感に浸ってんのに、くっつくな」と夏目の額を押して剥がそうとするが、それさえ姫川の耳にはイチャイチャ音に聞こえてしまい、暴れ出したい衝動を耐えるように机の端を力強くつかむ。
ミシミシと音がした。
(気分悪ィ…!)
舌打ちした姫川は席を立ち、教室を出ようと黒板の前を通る。
「神崎君のケチ!」
そんな姫川を一瞥した夏目は、神崎の背中を軽く押した。
「お」
ゴッ!
神崎がよろめいて、一、二歩踏み出しただけで、前から鈍い音がした。
神崎が前を見ると、黒板に体の側面をぶつけた姫川の姿があった。
石矢魔生徒が全員注目するなか、姫川は傾いたサングラスを指で押し上げて直し、神崎の方を見ずに黙ったまま何事もなかったかのように教室を出て行く。
(怒んねえ…)
神崎は気味の悪さを覚え、窓からそっと廊下を覗いた。
「!!」
廊下にたむろしていた石矢魔生徒が黒焦げになって転がされていた。
(うわ。激怒してる…)
「なによこれ。どうなってんの」
廊下の向こうからやってきたのは、ラミアだった。
廊下に転がる不良を足の爪先でつんつんと蹴って生存を確認してから神崎を「ちょっと来て」と呼んだ。
隣の空き教室に移動した神崎と、ついてきた夏目と城山。
「おう。石鹸は持ってきたのか?」
(できれば、今取りたくないが)
取った時点で姫川の報復が恐ろしい。
「それなんだけど…」
ラミアは渋い顔をして、両腕で「×」をつくった。
「売り切れだった」
「は!?」
「なにしろ可愛い石鹸だから、女の子に大人気なのよねー」
ラミアは写真を見せる。ハート型やクマ型やマカロン型といった、確かに女子が好きそうなファンシーな石鹸だ。
「一日限りがあるし…、並ぶのも面倒だし…」
「面倒言うな! 朝から並べよっ!」
偉そうに言われてラミアもムッとし、怒鳴り返す。
「うっさいわね! 別に石鹸じゃなくても、ハズす方法はあるわよっ」
「あんのかよ。早く言えよ」
「別れなさい。そいつと」
「………は?」
ラミアの話では、姫川に「別れよう」と一言言ってそれで姫川が頷けば、指輪は2人の関係が切れたと思い、真っ二つに割れるらしい。
別れを切りだすのはどちらでもいいとか。
「随分あっさりとした…」
城山はてっとり早い外し方に拍子抜けする。
「ウソでもいいんだ?」
夏目の質問に、ラミアは頷く。
「ええ。元々、安物の婚約指輪だから」
「安物の愛なんてそんなもんでしょ」と冷たく続けると、神崎は指輪を眺め、右手で触れた。
「では、神崎さん、姫川に事情を言って納得してもらえば……」
「言わねえ」
遮るように神崎は言う。
「…神崎君?」
「ワガママ言わないでっ。あいつに追いまわされたくないからって困るわよ。私とヒルダ姉様はそれを回収するのが目的で……」
「そうじゃなくて…な…」
神崎は言いにくそうに、指輪を見つめたまま話す。
「告白してきたのはあのアホで…、それに答えたのはオレで…。付き合うことになったわけで…。確かに、追いまわされんのは死ぬほど鬱陶しいと思ったことはあったけどよ…、不思議なことに、「別れたい」なんて思ったことは一度もねえんだ」
神崎の流し目がラミアの大きく見開かれた目と合う。
「お遊びじゃねえ。この指輪の価値が安物でも…、オレらの間にあるそれは…安くねぇ…と、思う…」
「別れる」の一言は、たとえウソでも、神崎にとっては重すぎる。
「だから、黙って、石鹸が届くのを待ってやる。オレは絶対、そんなくだらねえウソはつかねえからな」
「………わかったわよ。遅くなっても文句言わないでよね」
ラミアはそう言って神崎に背を向け、空き教室から出て行こうとドアをスライドさせ、ドン、となにかに顔面をぶつけた。
「うぷっ」
「!!?」
ラミアがぶつかったなにかを見た神崎はフリーズする。
サングラスの下から滝のような涙を流している姫川が棒立ちしていたからだ。
「てめ、いつから…!!」
自分の言動を思い出した神崎は羞恥で顔を真っ赤にする。
それさえ愛しく思い、姫川は涙を流したまま両腕を広げた。
「今すぐおまえを抱きしめたい…っっ!!」
いつもは追いかけたりくっついたりしたら「うざい」「死ね」とあしらう神崎の、その素直な気持ちと男前なセリフをドア越しに聞いた姫川は、朝の不機嫌をどこかに飛ばし、神崎にまっしぐらしたかった。
「ホント…、石鹸は遅れてもいいからな?」
今、指輪を取ってしまえば、背骨が折れるほど抱き潰されかねない。
*****
数日後、ラミアがようやく石鹸を手に入れた。
受け取ったそれは、カワイらしいソフトクリーム型だった。
“一体化して取れなくなった指輪もこれで取れる!”と石鹸を包む袋に書かれてあり、学校の水飲み場でそれを使用したところ、あれだけがっちりとはまっていた指輪がウソのようにぽろりと滑り抜けた。
「……中指が…、柔らかいんですけど」
指の骨がなくなったのではないかと錯覚するくらい、神崎の中指はゴムのようにブニブニしていた。
「ちゃんと流した方がいいわよ。中の骨を一時的に柔らかくするから」
「怖ぇ石鹸だなっ!」
ゾッと寒気を覚えつつ、これでまたいつも通りの日常が過ごせると思った神崎。
だが、その数時間後、神崎の指にはまたあの指輪が光っていた。
「おはようござ…、どうしたんですか」
露骨に不機嫌な顔をしている神崎と、対して上機嫌な姫川が、お互いに抱き合いながら、傍から見れば歩きにくそうに教室に入ってきた。
神崎に挨拶しようとした城山はそんな2人に目を丸くする。
「離れねえんだよ…。離れたくても…」
「?」
城山が首を傾げると、夏目はあることに気付いた。
「あ、指輪…。今度は薬指についてる…」
「薬指につけると、付き合ってる相手とくっついて離れなくなるの。くっついたり、離れたり、本来その指輪は胸に飾るためにあるのに、こいつらったら…」
教室に入ってきた2人に続き、呆れたように言いながらラミアも入ってきた。
指輪の使い方を聞いた姫川は、早速とばかりに神崎の薬指に指輪をはめたそうだ。
白目になる神崎に構わず、姫川は可愛がるように頬を擦り合わせる。
胸が焼ける光景だ。
石矢魔生徒達は見て見ぬふりをしていた。
「本当に一日だけだからね。こっちだって一刻も早く指輪を持ち帰りたいの」
「高級店のケーキの箱を胸に抱きながらなに言ってんだ、このガキ」
姫川らしく、ちゃっかり買収済みだ。
「いいだろ。ずっと離れてたんだぜ? こっちは半日だけでも神崎に近づけなくて発狂寸前だったんだ」
「勝手に発狂して死んでろ」
「おまえ、オレと離れて寂しくなかったのか?」
「はっ、こっちはのびのびと過ごさせてもらったぜ」
「姫ちゃん、それウソだよー。毎日休み時間に校舎裏で地道にヤスリで指輪削ってたの知ってるよー」
「!!!」
なぜそのことを、と尋ねる前に、姫川は満面の笑みで「そーかそーか」と自分の胸に神崎の顔を埋めた。
「放せコラァ~」
「離れられねえんだから、しょーがねえだろ」
「つうか、オレ、便所行きたいんですけど」
「じゃあオレも行く」
「この状態でかっ!!?」
「ふざけんなー」と姫川の腕の中で暴れるも、引きずられながら姫川と一緒に教室を出て行った。
夏目と城山は閉じられたドアを見つめる。
「あれでも「別れる」とか…、言わないのか…」
「あそこまで行くと、もう意地だね。言ったら負けだと思ってるよ。絶対☆」
そう言って笑う夏目の隣では、ケーキの箱から出したシュークリームを幸せに頬張るラミアがいた。
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