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その騒動は、1つの指輪から始まった。
天気も気温もいいので、その日神崎は夏目と城山とともに屋上で弁当を食べていた。
「そしたらあいつ、周り人いんのにベタベタくっついてきやがって…」
弁当のごはんを咀嚼し、神崎は眉を寄せながら付き合って3ヶ月になる姫川の愚痴を夏目と城山に話している。
何回か聞いたこともある愚痴で、それって愚痴と見せかけて半分以上惚気じゃん、と内心では思いながらも、「うんうん」と夏目は笑みを浮かべながら何度も相槌を打った。
「「オレの半径1m以内に入ってくんな」とか言っても聞きゃしない…。あいつホントに耳あんのかよ。聴覚を頭の上のフランスパンに持ってかれたんじゃねーか?」
「あはは」と笑う夏目の頭の中で、自然と“崖の上のポ○。”が流れた。
「神崎さん、そんなに嫌なら「ベタベタしたら別れる」って言えばどうですか?」
すると、一瞬神崎が躊躇いの表情を見せた。
「そ…、それが言えりゃ苦労しねーんだよ…。この間なんか、手を繋ぐの嫌がってキレたら、スゲー、シュンとした顔するし…。面倒臭ぇよ、あいつ…」
よほど繋ぎたかったのだろう。
付き合っていない頃は怒鳴ればすぐに怒鳴り返してきたクセに、恋人としての行為を拒否してしまうと、姫川は意外と打たれ弱かった。
女と付き合っていた時もそうだったのかと思ったが、冷たくあしらい、酷い時は1時間もしないうちに適当に金を渡して別れたのを見たと他の不良から聞いたことがある。
「オレのなにがそんなにいいんだか…」
その時、神崎の頭に、こつん、と小さな硬いものが落ちて当たった。
「痛てっ」
小石でもぶつけられたかと振り返って睨んだが、そこには、くるくると回転して倒れた指輪があった。
「…指輪?」
カラの弁当を置いた神崎は立ち上がり、それに歩み寄って拾った。
夏目と城山も神崎の後ろからそれを覗きこむ。
材質はなにかはわからないが、漆黒の指輪だ。
城山は「一体、どこから…」と真上を見上げたり、周りを見回したりして指輪が出現した原因を捜す。
てのひらにそれを載せていた神崎は、わずかな重みを感じた。
金や銀ではないが、オモチャというわけでもなさそうだ。
「指輪をめぐって冒険する映画ってのがあったなぁ」
姫川の家で見た映画を思い出して呟きながら、神崎は何気なく中指にそれをはめてみた。
「お。はまった」
どこから飛んできたかもわからない物をよくはめれるな、と夏目は内心で感心する。
「似合うか?」
神崎は夏目と城山に見せつける。
「かっこいいです、神崎さん!」
城山が褒めると神崎は鼻を鳴らした。
普段でも、たまに指輪のアクセサリーをつけているため、違和感はない。
「このままもらっちまおうかな」
「えー。いいのかなー?」
そんなことを喋っていると、屋上の扉が開かれた。
その音に、神崎達が顔を向けると、「お、いた」と屋上に足を踏み入れたのは姫川だ。
神崎を捜していたようだ。
「げ」
「「げ」ってなんだよ。失礼な奴だな。これからちょっと付き合えよ」
「あ? これから授業だろが」
「不良が真面目なこと言ってんじゃねーよ。フケちまえばいいだろが」
「おまえなぁ。昨日もそう言ってムリヤリ連れてったじゃねーか。オレを留年させてえのか」
「神崎が留年するならオレも留年する」
「勝手に一人で留年してろっ!」
自分勝手なことを並べる姫川に、怒りを通り越して呆れてしまう。
姫川はゆっくりと歩を進めながら神崎に近寄ろうとするが、ふと、足を止めてしまう。
「…?」
浮かせた右足を震わせ、神崎に歩み寄ろうとするが、あと5mといったところで近づけない。
「「「???」」」
神崎達も、怪訝な顔をする姫川の様子に首を傾げた。
「どうした?」
「…おまえに近づけねえんだけど」
「は?」
姫川は目の前に手を伸ばしてみる。
壁があるわけではない。
足が勝手に神崎に近づくことを拒否しているようだった。
「神崎、そこにいろ」
神崎に指をさして命令形で言ったあと、踵を返してペントハウスまで戻り、もう一度振り返って弾かれたように走りだした。
「うおおおおおっ!!」
「え!? なんだなんだぁ!?」
神崎は、イノシシのように突進してくる姫川に構え、姫川は勢いに任せて神崎に近づこうとしたが、神崎からあと5mのところで、
バチンッ!!
「うわっ!」
「な!!?」
自分の勢いが反射したように弾き飛ばされ、屋上の柵を飛び越えた。
「姫川ぁ――――っ!!!?」
屋上から落ちた姫川は、茂みの上に落ちたため助かった。
急いで屋上から下におりた神崎だったが、神崎も姫川に近づけなかったため、城山に担がせて保健室に運んだ。
「あ」
そこにいたのは、ラミアだった。
ただ立っていたのではなく、なにかを捜していたのか、姫川を寝かせようとしていたベッドの下からひょっこりと出て来た。
「アンタたち、黒い指輪を見かけなかった?」
「「「……………」」」
神崎、城山、夏目の視線は、神崎の中指にはめられた指輪に向けられた。
視線を追ったラミアもそれを目にすると、「あ!!」と声を上げ、「なんではめてんのよー」と神崎の中指からその指輪を引き抜こうとする。
しかしそれは、喰い込んでいるのか神崎の指と一体化していた。
「痛だだだだっ!! 指が抜ける―――っ!!」
たまらず叫ぶ神崎をよそに、ラミアは着ている白衣のポケットからメスを取り出した。
「仕方ないわね。切断するわよ」
「ガキがなに物騒なモン取り出してさらっと言ってんだっっ!!」
本気の目のラミアに、神崎は左手の中指を右手で覆って壁際までたじろいだ。
「それは魔界でつくられた婚約指輪だ。城の者が誤って人間界に落としてしまったらしく、捜してくれと頼まれた」
「あ?」
ドアから入ってきたのは、学生服を着たヒルダだった。
ラミアと同じく、その指輪を捜し回っていたようだ。
「こ、婚約指輪…?」
神崎がまじまじと中指を見つめて聞くと、ヒルダは頷いて呆れた視線を向けた。
「女性用だというのに…。よく入ったな」
「ムリヤリはめるからそうなるんでしょっ! バカッ!」
「これ、女物なのか? ちょっとキツいと思ったが」
神崎は指輪を取ろうとしたが、ラミアがあれだけ引っ張ってもとれなかったものを自身が取れるはずがない。
もう一生取れないんじゃないかと思うと背筋がぞっとした。
「これはめたら、姫ちゃんが弾き飛ばされちゃったんだけど?」
指輪が原因じゃないかと感じ取った夏目は、指輪を指さしてラミアに尋ねた。
「薬指以外にはめると、結婚している相手、付き合っている相手を寄りつかせなくするの」
「付き合ってる相手とかわかっちゃうんだ? 寄りつかせなくするって…」
「喧嘩中の旦那と距離を取りたい時に妻がよくやる手よ。人間界では「実家に帰らせていただきます」とか置き手紙残して妻が行っちゃうけど、家にいる状態で旦那を追いだす方が効率がいいでしょ。荷物まとめなくて済むし」
やってることは鬼嫁だ。
「旦那泣かせの指輪だね」
そう言ってベッドで寝かされた姫川を一瞥する。
すると、いつから起きていたのか、姫川が勢いよく上半身を起こした。
「ちょっと待て! だったら指輪外れるまでオレと神崎は近づけないってことか!?」
「そういうことだ。よかったな、嫁。こいつはおまえの5m以内に入れない」
「誰が嫁だっ!!」
真顔で冷やかすヒルダに神崎が怒鳴る。
いつも「男鹿ヨメ」と呼んでいる仕返しだろうか。
「ちょっと魔界の石鹸をとってくるから待ってなさいよ」
そう言ってラミアはヒルダとともに保健室を出て行った。
残された、神崎、姫川、夏目、城山。
「神崎…」
姫川はベッドから下りて神崎に歩み寄ろうとするが、5mのところでやはり足が止まってしまう。
「く…っ!」
次の片足を踏み出そうにも、押さえつけられているように動かない。
「おい…」
神崎が一歩歩を進めると、姫川は突き飛ばされたように壁に背中をぶつけた。
「痛たっ!」
「……………」
少し考えた神崎は、これ以上自分が姫川に近づけばどうなるのかと歩を進めてみる。
すると、姫川の体はメリメリと壁にめり込ませた。
「ぎゃああああっ!! やめろ―――っ!!」
「おお。マジで近づけない」
「遊ぶなぁっ!!」
壁には姫川の人型の穴が空いた。
保健医がいなくてよかった。
「神崎てめぇ状況わかってんのかよ」
背中の痛みに呻きつつ、姫川は5m先の神崎を睨んだ。
姫川としては、傍にいるのに一度だけでも神崎に触れないことが一大事なのだ。
なのに、恋人の神崎はそれを深刻に受け取らず、むしろ「いい機会じゃねえか」と解放感に目を輝かせていた。
「いっつもベタベタベタベタしてきたんだ。たまには一日中離れて過ごすのもいいじゃねえか。オレはむしろこの指輪に感謝してる」
「な…っ!?」
姫川と反してまったく顔を曇らせない神崎は「指輪様様だな」と指輪を褒め、ニヤリと笑みを浮かべた。
露骨に嬉しそうだ。
「おま…っ、そんな嬉しそうに…」
「じゃあなー」
「ま、待てコラ神崎っ!! 勝手に行くんじゃ…」
軽やかな足取りで保健室を出ようとする神崎に、姫川は近づこうとしたが、神崎はくるりと振り返ると、幅跳びのようにジャンプする。
「神崎インパクトッ」
「だふっ!!」
後ろに弾かれた姫川は、仰向けに転んで床に後頭部を打った。
それを見ていた夏目はずっと腹を抱えて笑っていたとか。
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