リクエスト:こっち向いて、リーゼント。
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今日という厄日は他にない。
気が付いたら病院。
脳震盪だけで済んだのが幸いだ。
しかし、時間は午後20時を切っていた。
病院に呼び出された親父達を振りきって外へと飛び出し、急いで石矢魔公園へと全力疾走した。
病院を飛び出して5分後、タクシーに乗ればいいことに気付いたが、サイフはカバンの中で、そのカバンは病院に置いてきてしまった。
つくづく、オレのバカ。
ガンガンと響く頭の痛みに耐え、オレはとにかく走った。
途中で雨が降って来たが、かまうものか。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
石矢魔公園につくなり、オレは一度止まって前屈みになり、息を弾ませた。
走り過ぎて口の中が鉄の味だ。
頭に巻かれた包帯が鬱陶しくて取り去り、姫川の姿を捜した。
公園のどこか指定しておけばよかった。
雨脚も強まって来た真っ暗な公園で、オレは小さいな時計塔を見て、時間が20時半を切ったことを知った。
その時計のすぐ隣にあるベンチに力なく腰掛ける。
もうパンツまでびしょ濡れだ。
「……チャンスだったのに…、最後の…」
あいつはきっと、からかわれたのだと思って帰っただろう。
明日、どんな顔をして会えばいいのだろうか。
こちらを振り向きもしてくれないのだろうか。
正直に「階段から落ちた」とか言っても、「へー」とか冷たい生返事を返されそうだ。
雨の一粒一粒がオレの体を打つたび、胸の痛みがじわりと広がり、目頭が熱くなった。
なにも伝えてないのに、終わった。
終わっちまった。
嫌われたくない奴に嫌われちまった。
「うぅ…っ」
肩を震わせ、情けない声を漏らした。
目からこぼれるものが雨の水と混じって地面に落ちて土に吸い込まれていく。
「うぅ~っ」
鼻水をすすった時だ。
突然、オレの頭上だけ雨がやんだ。
「おにーさん、どーして泣いてるの?」
「!!」
はっと振り返ると、ところどころ破れたビニール傘を持った姫川が立っていた。
「ひ…っ、姫川…? 待ってて…くれたのか…?」
「雨宿りが先」
姫川はベンチをまたぎ、オレの腕をとって近くの木の下に連れて行った。
オレは犬のように体を振って水を飛ばした。
その水飛沫は姫川にかかったようだ。
「おいっ、せっかく最小限濡れずにいたのに!」
「そのビニール傘は?」
「公園内に落ちてた」
どうりで似つかわしくないものを持ってるなと思った。
「捨て傘のことはいいんだよ。…頭、血出てるけど大丈夫か? ケンカか?」
「え、あ…」
姫川はズボンのポケットから、濡れたアロハ柄のハンカチを取り出し、オレのこめかみに当ててきた。
「駅の階段から…、落ちた」
「落ちた!!?」
「気絶してたらこんな時間に…。病院から走って来た…」
「てめぇのムチャぶりには肝が冷えるな」
「……ずっと待っててくれたのか?」
「来ると思ったから。…ケータイ番号くらい教えとけばよかったな」
姫川は未だにオレのこめかみの血を軽く叩くように拭っていた。
「…来なかったかもしれねーだろ?」
「いいや、おまえは来た。……オレも、神崎だから待ってた…」
「?」
なんだろう、今さらっと凄いこと言われた気がする。
「大事な話、聞かせてくれねーか?」
「あ…、と…、その…」
突然言われ、オレは言葉を詰まらせた。
姫川は胸ポケットからしわくちゃの紙を取り出し、オレの前に突きつける。
「台本、必要か?」
「台ほ…? うぅわああああ!!!」
机の中に突っ込んだはずの告白練習用紙。
「悪い。気になった」
オレが帰ったあとに調べられたようだ。
オレは手を伸ばしてその紙を奪って破ろうかと思ったが、姫川はそれを持った手を上に上げ、そうはさせまいと阻止する。
「返せー!! 返せよー!!」
くそ、そういやこいつオレより背が高い。
数センチ、届きそうで届かない。
「言ったら返してやる。コレ、なんて読むの?」
ハンカチを持ったままの右手でその文字を指さす。
「…す…、好き…」
「ん? これは?」
「好き…です」
「コレ」
「好きだ…」
「一番これが聞きてえな」
「ひ…、姫川…、好きだ……。くそっ、いじめかよっ」
「いーや?」
ようやく紙を返してもらったと思いきや、いきなり視界が真っ暗になった。
ハンカチで目が覆われたからだ。
「なにすんっ―――」
ちゅっ。
自分の唇の感触に思考停止。
ぱさ、とハンカチが足下に落ちると、サングラス越しに目をつぶった姫川の顔が至近距離にあった。
呆けた顔をしていると、姫川は顔を少し離し、薄笑みを浮かべた。
「オレも神崎が好き」
「…………………すき?」
「好き。…プッ、面白い顔」
「好きって…、あれだぞ? ヨーグルッチが好き、の「好き」じゃねーやつだぞ?」
「知ってるって! オレが言ってんのはライクじゃなくてラブの方だ!;」
オレはゆっくりと言葉を飲み込んでいく。
「……いつから?」
「自覚したのは最近」
オレと同じか。
「オレのなにが…」
「逆にオレがそれ聞いて、おまえ答えられるのか?」
「…………姫川だから」
「同じだ。オレも神崎だから好きになった」
曖昧に見えて、重要な答えだ。
「!」
オレは姫川に近づいてその背中を木に押し付け、仕返しのキスをした。
胸の小人はまだいることを主張するようにオレの心臓を打ちならしてくる。
「好きだ、姫川」
なにか言葉を発せられる前に、キスして、オレは裾の中に手を差し込み、その腹を撫でた。
すると、「ちょっと待て」と手をつかまれて止められた。
「神崎、もし仮にホテルなりオレの部屋なり行ったとしよう。まさかと思うが、オレが下か?」
なにやら焦っている。
そんな先までのつもりではなかったが、オレは頷く。
「ああ」
急に両肩をつかまれ、くるっと位置が変わってオレが木に押し付けられる形となった。
「?」
「どんな理由があろうと、オレを待たせたのは事実だ」
「…ってことは、バツとしてオレが下になれってことか?」
「…チェンジで」
「はあ!? オレが先に(ちゅ)っん、告白(ちゅ)…った(ちゅ)ん…だから…(ちゅ)、(ちゅ)、(ちゅ)…」
キスの雨が言わせてくれない。
結局、雨がやんだあとオレ達は姫川の家に行って、やっぱりオレが下になって、一緒に朝を迎え、昨日が夢じゃなかったことを思い知った。
これが本当に「夢を叶える」ってやつか。
隣で寝息を眠る姫川に、「好きだ」と言って、その瞼にキスを落とした。
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