尻尾を振って吠えないでください。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
教室に戻ってきた神崎は、「首輪落ちてた」と城山と夏目に見せる。
「アクセサリーじゃないんですか? こう…、ビスのついたのとかあるじゃないですか」
「何も書かれてないけど、ドッグタグがあるよ」
夏目は首輪につけられていたタグを手のひらにのせる。
「新品か」
神崎は腕を組んでそれを見つめた。
城山は首を傾げて尋ねる。
「なんで屋上にこんなものが?」
「知らん。誰か犬でも飼い始めたかのかもな。学校行く途中で買ってきたか…」
「別に学校帰りでもよくない?」
「だから知るかっつの」
言い返されて苛立つ神崎。
夏目の手から首輪を取り上げる。
「どーするの、それ。神崎君も犬飼っちゃう?」
「家には番犬盛りだくさんだからな…」
「もしかして組員達のこと言ってる?」
常に神崎家は強面だらけの番犬に守られている。
だが、家柄的に、侵入しようとする度胸者はそうはいないだろう。
(それにただでさえ我儘なお犬様に手ぇ焼いてるっつーのに…)
視線の先には、眠そうな顔で頬杖つきながらスマホと睨めっこしているお犬様がいた。
「……!」
何か閃いたのか、神崎は頭上に電球を浮かべたあと、ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべて姫川の背後に忍び寄る。
「? ぐっ!」
姫川に気付かれると同時に首輪を背後からかけた。
急に首を締め付けられた姫川は反射的に首輪と首の間に指を入れようとするが、すでに隙間もない。
「なんだなんだ!?」
「採寸」
「は!?」
ベルトを締めた神崎は一度姫川から離れる。
すっかり眠気が醒めた姫川だが、頭はまだ混乱していた。
「おお、ジャストフィットじゃねーか」
「ぷっ。首輪姫ちゃん(笑)」
夏目は隠しもせずに噴き出している。
「ふざけんじゃ…っ、おい、取れねーぞ、これ!」
怒ってベルトを外そうとするが、ベルトの留め具が食い込んだように外れない。
「はぁ? 不器用じゃねーの?」
「そもそもおまえが…!!」
ポンッ
「「「「「!!!???」」」」」
なんだいつもの痴話喧嘩か、とスルーしようとしていたクラスメイトも、神崎達と一緒に姫川を凝視した。
姫川の耳が、銀色の毛並に覆われた犬のたれ耳になったからだ。
姫川も違和感に気付いたのだろう。
急に静まり返った教室の中、顔に嫌な汗を浮かべておそるおそる自身の耳に触れた。
ふわふわ。
毛並みのいい耳だ。
「な…」
ポンッ
叫ぶ前に、今度は尻に違和感を感じた。
学ランとアロハシャツの裾を上げて付け根を見ると、フッサフサの尻尾が生えていた。
こちらも耳と同じ毛並みで銀色である。
「なんだぁあああ!!??」
「おま…、耳…、尻尾…」
首輪をつけた張本人もびっくりしている。
「びっくしてねえで、説明しろよ!! どうなってんだ!?」
「待て!! 落ち着け!!」
瞬間、神崎に近づこうとした姫川の足が止まる。
「…?」
止まった姫川は自身の足を見下ろし、怪訝な顔をした。
その表情に神崎も怪訝な顔になる。
「よ、よし、ちょっといいか?」
おそるおそる姫川の耳に手を伸ばす。
「ぉお…、ふわふわする…。手触りとかなんだこれ…」
「くすぐってぇんだけど…」
「神経も繋がってんのか」
「ちょ、触りすぎ」
触られている間、姫川の尻尾がぶんぶんと振られた。
嬉しいのは一目瞭然だ。
「姫ちゃん、わかりやすいよ」
「貴様が持っていたのか」
「!」
出入口に振り返ると、ヒルダが立っていた。
そこで姫川は察する。
こんな不思議道具を持ってくるのはヒルダしかいない。
「やっぱり、てめーの持ち物かよ。なんだこれ、どうなってんだ?」
「魔界産の調教用首輪だ。魔獣にも悪魔にも人間にも使用できる」
「こんなもの持ってきてどーするつもりだったんですか?」
古市が尋ねると、ヒルダは妖しい笑みを浮かべた。
「当然、坊っちゃまの下僕を増やすため、実験として持ってきた一つを誤って落としてしまって…ごほんごほん。いや、別に持ってきた意味は特にない」
わざとらしい咳払いだった。
「9割以上喋って誤魔化そうとしたぞこのアマ」と神崎。
「で、どうやったら取れるんだよ」
首輪をつついて促す姫川。
「取りつけた本人が外せばいいだけだ。取りつけられた下僕は外せないようになっている」
「早く外せ神崎」
「命令すんなバカ犬」
「命令も、取りつけた者の命令しか聞かん」
「ん? 命令?」
姫川の首輪を外そうとした神崎の手が、ヒルダの言葉で止まる。
「人間界でも、ペットに命令する言葉があるだろう?」
「…「ふせ」とか?」
「ふぎゃっ!!」
バンッ、と派手な音とともに姫川がうつ伏せに倒れた。
「……………」
姫川を見下ろす神崎の口元が、またも悪人のように笑う。
「神崎君もわかりやすいねぇ」
「オレが代わりに実験してもいいよな?」。
「かまわん」。
ヒルダの許可はあっさりと下りた。
「お手」
「ぐ…」
右手を差し出して言うと、姫川は手をぷるぷるさせながら神崎の手に触れた。
「お座り」
「っっ」
命令に逆らえず、神崎の前で犬のように座ってしまう。
「吠えてみろ」
「ワン」
意思と反して勝手に口から出てしまった。
椅子に座りながら優雅にヨーグルッチを飲む神崎は愉快に笑っている。
「ハハハハ」
「笑うなぁ!!」
「よしよし」
「うう。撫でるなぁ…っ」
しかし、尻尾は喜びを露わにしている。
「すっかり飼いならしてるね…。城ちゃん、羨ましい顔しないの」
「べ、別に羨ましくなど…!」
参加する前に止める夏目。
城山はそわそわと落ち着きがなかった。
(首輪取れたらムッチャクチャにしてやる…!!)
仕返しを心に決めるが、表情から読み取った神崎が「ふせ」と一声かけると引き寄せられるように床に叩きつけられてしまう。
「…どっかで見た事あるよね、この光景。「おすわり」って言ったらお仕置きになっちゃう妖怪漫画の…」
「夏目、一応他社だからそれ以上は禁句だ」
今度は城山が冷静に止めた。
「神崎、オレに恨みでもあんのか?」
「胸に手を当てて考えてみろ。てめーの性癖に振り回されてきたオレの恐ろしさを思い知らせてやる」
すべては、「待て」を知らない姫川に対するささやかな復讐だ。
「そんなたいそうな……」
胸に手を当てた姫川は思い返してみる。
神崎が「嫌だ」と拒否を示したというのに好き放題してきた数々。
「……………」
考え込んだ姫川に、神崎は、ようやく反省したか、と気を許しかけたが、
「……そそるような顔をする神崎が」
「ふせ」
「ぐふッ!!」
「ふせふせふせふせふせふせふせふせふせふせふせふせふせ」
「がっ、待、ぶっ、だ、っ、っ、ぐ!! ―――」
顔を上げて真顔で開き直る姫川は、床が抜けかけるほど叩きつけられた。
「ふせ」の数だけ仕置きされ、身体はボロボロだ。
サングラスも割れ、髪も乱れている。
「しばらく外してやらねぇ」
ベッ、と舌を出す神崎。
「神崎ぃ~」
顔を上げられず情けない声が出る。
尻尾も垂れた。
床から顔を上げれば、サングラスが割れたせいでイケメンバージョンになっている。
「わかったから、オレが悪かったから…」
捨て犬のような目で神崎を見つめた。
「…………はっ!!」
危うくほだされるそうになる。
「そ…、そんな目で見つめてもダメ」
「神崎ぃ」
膝の上に両手をのせてねだるが、神崎は顔を逸らして頑なに「ダメ!!」と一蹴する。
「チッ」
「んだその舌打ち!! 演技か今の!!」
全然反省していない態度の姫川をもう一度床に叩きつけた。
「もう、そんなの見せつけられるオレ達の身にもなってください」
古市の小さなツッコミに、クラス全員が内心で頷いた。
姫川が大人しくなった。
自分の席で頬杖をつき、遠くを眺めている。
時折神崎は振り返って様子を窺った。
(少しやりすぎたか?)
授業が終わってヨーグルッチを買いに行こうとすれば、姫川も立ち上がって少し距離を保ってそれについていく。
足を止めれば、姫川も止まった。
「…ついてきても外してやらねえから」
肩越しに振り返って言うと、姫川の尻尾が垂れる。
「わかってるけど…、なんか…、おまえが離れると不安っていうか……」
「?」
「……………」
姫川は頬を薄く染め、そっぽを向く。
不覚にも可愛く思ってしまい、神崎の頬も染まった。
(そ、その手には乗るか…!)
「あ、神崎」
早足になると、姫川も慌ててついてくる。
「待て」
「うっ」
石のように足が動かなくなった。
「しばらくそのままでいろ」
「~~~~っ」
廊下の真ん中で立ちっぱなしだ。
酷な命令をされ、唸るしかなかった。
「神ざ…」
呼びかけようとしたところで、姫川の体に異変が訪れる。
自販機でヨーグルッチを買った神崎は、自販機に背をもたせかけながら茫然と思案していた。
(そろそろ戻してやった方がいいかな…。なんか、こっちが苛めてる気がしてきたし…)
今更自覚したようだ。
(あんな顔されたらなぁ…。でもあいつ狡いから演技かも…)
下校時間は迫っている。
あの姿のままで「帰れ」というのも酷い話だ。
蓮井もさすがに茫然とするのか、執事として笑顔を保ったままスルーするのか。
「…外したら復讐してきそうだし…」
積年の恨み、と襲い掛かってくる可能性があるから外しづらいのだ。
「ワン」
「んあ?」
足下を見ると、1匹の犬が神崎にすがりついてきた。銀色の毛並の大型犬だ。
神崎を見上げ、もう一度「ワン」と鳴いて尻尾を振った。
「おー、なんだこの犬」
しゃがんで頭を撫でてやる。
犬は満足そうに微笑むような表情になった。
「……………」
嫌な予感がした。
首輪と、犬が着ているアロハシャツに見覚えがあったからだ。
(いやいやいやいやさすがにそれはないだろ…)
「そういえば言い忘れていたが…」
「男鹿ヨメ!!」
思い出したようにアクババに乗ってやってきたヒルダ。
真顔で言葉を続ける。
「首輪を長時間つけて命令し続けると、犬化して元に戻るのも難しくなるぞ」
身体的な変化の最初は犬の尻尾と耳、次に、飼い主が傍にいないと寂しくなる気持ち、最後は獣化するそうだ。
早く外さなければ、顔面だけ犬のまま戻ってしまう。
「早く言えよっっ!!!」
「ワン!」
*****
急いで犬となってしまった姫川を近くの適当な空き教室に連れて行く。
姫川は「きゅーん」と不安げに鼻を鳴らした。
「不本意だが、外してやる。オレだって犬人間にはしたくねえからな。…おまえが首輪なしでも「待て」ができるようになればな…」
(躾がなってない方が、こいつらしいのかもしれねえけど…)
苦笑しながら、神崎は姫川の首輪に手をかけ、留め具を外してやる。
すると、犬はたちまち煙に巻かれ、アロハシャツだけ着た姫川がそこに現れた。
半泣きになって神崎を抱きしめる。
「神崎!! オレ、今完全に意識飛びかけてた!!」
犬になった時の記憶は残っているのだろう。
心まで犬化してしまいそうになったことを思い出して顔が真っ青だ。
「わかったから。おまえ今の姿ヤバいぞ」
「顔が!? 犬になってるのか!?」
「そうじゃなくてカッコが」
ズボンは犬化した時に置いてきてしまったのか、下半身丸出しだ。
「…これに懲りたら、てめーの都合でオレを振り回すのはやめろ。付き合ってるからってなんでも許されると思ったら大間違いなんだからな」
「…うん」
「気乗りしない日は無理やり誘ったり襲ったりすんな。いいな?」
「…うん」
「…「ワン」て鳴いてみ?」
「ワン」
反省はしているようだ。
「次やったらまたコレ付けてやる」
「!!」
よっぽど懲りたのか、外したての首輪を見せつけただけで肩をビクッと大袈裟に震わせた。
仕置きの効果は抜群だ。
このままヒルダに返却しようかと考えたが、もしもの時に使えるので貰っておこうと考える。
「飼い殺しにされたくねーだろ?」
ふふん、と鼻で笑って首輪を指でまわす。
「いや? 首輪は困るが…、飼い殺しは全然かまわねえぜ?」
「は?」
姫川の発言にキョトンとした顔になる。
姫川は小さく笑い、神崎の手をとって薬指の先に口付けた。
「オレはとっくに神崎の飼い犬だからな」
「…っっっ」
カァッ、と顔が赤くなった。
顔を逸らしても耳の色でバレる。
「ご主人さま、オレは何したらいいよろしいですか?「待て」も「お座り」も「お手」もいたしますが?」
わざとらしく聞きながら、手の甲に何度もキスを落とした。
(この駄犬は、本当に狡い…)
小さな敗北感を味わいつつ、神崎は深いため息をついてから命令を下す。
「…好きにしろよ」
「ワン♪」
消えたはずの耳と尻尾が嬉しそうに動いた気がした。
.END