これは何の病ですか?
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「本当にケガしたんですね」
「何が「本当」だ。オレがいつ嘘言ったよ?」
驚いている医師を睨みつけた。
骨折は免れたが、治りかけた傷口が開いた。
「もう出回らず、安静にしてくださいね」
それだけ言って医師は病室を出て行った。
オレはため息をついて横目で隣のベッドを見る。
神崎はいない。
あれは夢じゃなかったのかと思った。
神崎が、オレにあんな必死な顔をするはずがない。
ありえない。
ありえなかった。
オレがあいつを助けるなんて。
病気だ。
思い返すだけでまた心臓がうるさくなる。
胸元の服をぎゅっとつかんで苛立ちを抑えこむ。
病室のドアが開かれた。
神崎かと思って構えたが、入ってきたのは、神崎が助けた女の子だ。
「え?」
思わずキョトンとしてしまう。
神崎が庇ったおかげで無傷のようだ。
「姫川のおにいちゃん、だいじょうぶ? …ごめんなさい」
反省しているのか、目を合わせてちゃんと謝った。
「…あ、ああ…」
子どもの扱いとか神崎と違ってわからないから困惑する。
「助けてくれて、ありがとう」
「…ああ」
「神崎のおにいちゃんも、すごく心配してた」
「……そりゃねえよ」
「どうして?」
「あいつオレの事嫌いだし」
オレもあいつの事…。
「? 神崎のおにいちゃん、姫川のおにいちゃんのこと好きだよ?」
「―――は?」
なんで知らないの、と言いたげな顔だ。
「姫川のおにいちゃんも、神崎のおにいちゃんのこと、好きでしょ?」
「いや…、いやいや、いやいやいやなんでそーなるんだ!」
子どもの言葉なのにオレは混乱しかける。
何をどう見れば、オレがあいつを好きに見えるんだ。
何をどう見れば、あいつがオレを好きに見えるんだ。
「だって姫川のおにいちゃん、神崎のおにいちゃんのことずっと見てた」
「あれは…」
弱みを握るためであって。
「神崎のおにいちゃん、姫川のおにいちゃんのこと喋ってる時、楽しそうだったし」
嫌がらせな意味でだろ。
「姫川のおにいちゃんだって、神崎のおにいちゃんのこと助けたじゃない」
「…いや、おまえを助けようとしただけで…」
反射的に体が動いてしまっただけだ。
オレだって子どもを見捨てるほどのゲスじゃない。
断じて。
「だって、姫川のおにいちゃん、助ける時言ったよ。「神崎!!」って」
「――――!!」
そう言われて、そう叫んだ気がしたのを思い出す。
「おにいちゃんたち、スナオじゃないよ。…退院近いんだから、ちゃんとなかよくしなきゃ」
「退院」と発した時の女の子の顔は、目に見えて寂しそうだった。
それでも誤魔化すように笑ってみせる。
「木にのぼったのはね、キレイなちょうちょ見つけて、おにいちゃんたちに見せてあげようと思ったから…。逃げられた時におりられないことに気付いたの…」
「…そうか…。その…見せてくれるのは嬉しいけど、あんま、無茶すんなよ」
「うん。気を付ける」
オレのガキの頃はこんな素直じゃなかったな。
女の子は、頭を撫でて、というように身を乗り出してくる。
子どもに慣れてないオレは、力加減を気にしながらそっと小さな頭を撫でてやった。
満足すると、眩しいくらい純粋な瞳でこちらを見つめ、にっこりと微笑んだ。
「―――なあ…、なぞなぞ…出してやろうか?」
「おにいちゃんが?」
医学の知識の欠片さえ持ってない女の子に、なぞなぞとウソをついて尋ねる。
「―――――?」
「―――――」
女の子はすぐにわかったのか、小さく笑って、オレの耳元で答えを囁く。
出題者のくせに、はっとしてしまった。
正解か不正解か聞かず、女の子は、「退院する時はちゃんと見送るからねっ」と指切りして病室を出て行った。
それから入れ替わるように神崎が入ってくる。
「!」
神崎は無言でオレのベッドに腰掛けた。
こちらを見ようともせず、「あー」とか「んー」とか言って言葉に迷っているようだ。
「…なんだよ」
「…骨も折れなかったそうじゃねえか。丈夫な奴だぜ。バケモンか」
「3階から落ちて全治1ヶ月で済んでるてめーの方がよっぽどだよ」
「あ? 本来ならもっと早く…ってそうじゃなくてな…」
どうやら口喧嘩に持ち込みたかったわけではないようだ。
苛立ったように頭を乱暴に掻き、おそるおそるオレと目を合わせる。
「……平気…か?」
「………おう」
「……悪かっ…たな…」
言い慣れてないの、わかりやすいな。
オレはまた「おう」と返す。
「…………ほらよ」
「!」
どこから取り出したのか、10個以上はあるだろうヨーグルッチをベッドに載せられた。
「カルシウム摂っとけばケガだって明日には完治間違いなしだ。飲め」
「胸焼けで死ぬわ」
「てめーの胃袋はその程度のモンかよ。ま、残したらオレが飲んでやるから、飲めるだけ飲んどけ。……そんで、早く治せ」
そう言って神崎が笑った。
「なんだよそれ」と言い返したかった。
でも、顔の熱のせいでそれどころじゃなくて。
「おい、どうした。熱でもあんのか?」
神崎の冷たい手のひらがオレの額に触れる。
冷めるかと思えば、体温はどんどん上昇した。
「姫川?」
どうしてオレが、こんな意味のわからない病気に苦しまなきゃならない。
いや、オレはさっき答えを聞いたはずだ。
全部の辻褄が合う。
普通の医師じゃわからないし、こんな病気、どんな名医だって匙を投げる。
だからオレなりの解決策も思い浮かんだが、それには神崎の意思が関わってくる。
「……神崎」
神崎の手首をつかみ、空いてる手で腰を少し引き寄せた。
「!」
互いに目と目を合わせたまま、顔を間近まで近づけ合う。
神崎は息を呑んだ様子だ。
それでも手を振りほどこうとはしない。
顔を逸らそうとしたが、躊躇うように目を見つめてくる。
オレの熱が感染したように、その頬が赤く染まった。
「…姫―――」
「悪いな、なんか、おまえのこと好きみたいだわ」
神崎の言葉を遮るように告げ、そっと口付けた。
神崎はどんな顔をしているだろう。
願わくば、オレの病気が感染(うつ)ってたらいいな。
『それはね、『恋』だよ―――』
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