小さな話でございます。
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真夜中の美術館に響き渡る警報音。
黒のマントを翻し、リーゼントの男が、盗んだ美術品を手に、真っ暗な建物内を駆けていく。
目元にかけている仮面が特殊なのか、真っ暗闇の空間内にある他の美術品や、壁にもぶつからず、真っ直ぐに屋上へと向かっていた。
彼は、怪盗リーゼント。
本名は姫川竜也。
犯行を行う一週間前に美術館と警察署に予告状を送り付け、警備の中を掻い潜りながら予告通りに犯行をほぼ成功してみせる怪盗だ。
その姿は珍妙で、頭はリーゼント、目には仮面をつけていた。
階段を駆け上がる姫川は、いつもより簡単に目的のものを手に入れたというのに、酷くつまらないような顔をしながら疑問を頭に浮かべていた。
侵入どころか、美術品を手に入れてわざと警報音を鳴らしてみても誰も駆けつけてこない。
何度も盗まれて諦めたか。
そんなはずは、と思いながらも、姫川には小さな焦りが生まれていた。
屋上にたどりつき、ドアを開ける。
「!!」
同時に、スポットライトが当てられ、その眩しさに目を細めた。
屋上で待機していた数十人の警官で取り囲まれ、銃を構えられる。
「やっぱりここに来たか、怪盗・リーゼント!!」
その声に、姫川は口端をつり上げた。
名を呼んだ男は、警官の中から前に出て屋上の中央に立ち、姫川と向き合った。
この対峙も、何度目だろうか。
「ちゃんとおまえもいたのか、神崎刑事」
「当たり前だろが。てめーを捕まえんのはこのオレだ」
「そのセリフは何度も聞いた」
「うっせー!! オレだって何度も言いたくねえわっ!! とっとと、その“ダイヤのヨーグルッチ”返しやがれっ!!」
小馬鹿にしたような言い方をした怪盗に、神崎はカチンとして怒鳴りながら姫川の持つ美術品に指をさした。
「それにしてもまあ、集めたもんだな…」
話を逸らすように言いながら警官達を見回し、姫川は苦笑する。
前回より人員がまた増えていた。
逃げ場がないように取り囲んでいる。
「クソリーゼント、いくらてめーでもこの人数は多勢に無勢じゃねーか?」
「誰がクソリーゼントだ。てめー、リーゼントディスってんじゃねーぞ神崎ぃ」
「なれなれしく呼ぶんじゃねえ。てめぇら!! かか…」
「かかれ」と口にしようとしたところで、
バリバリバリッ!!!
「「「「「ぎゃあああああっ!!!」」」」」
辺りはスポットライトよりも眩い光に包まれ、警官達の悲鳴が屋上に響き渡った。
「!?」
振り返った神崎は、焦げ臭い匂いを立ちのぼらせ倒れている警官達に目を見張った。
はっと姫川に視線を戻すと、姫川の左手には鞭状のスタンバトンが握られていた。
「これ、新しく改良した電気棒」
振り回し、それに触れてしまった警官達は次々と感電し、気絶してしまったのだった。
姫川が逃げないように、互いの肩が触れるほどにつめていたのが仇となってしまった。
神崎を残して全滅だ。
「てめぇ…」
姫川は状況に合わせて武器を変えていた。
大体が一対一用の武器ばかりだったので、人数を増やしてみたが、相手に策を上回られてしまった。
鞭状のスタンバトンを元の形状に戻した姫川は、持っていた美術品を神崎に向けて放り投げる。
「! っと!」
傷がつければ一大事。
神崎が宙に放られたそれを目で追い、両手でキャッチすると、隙をついた姫川は神崎の目前に迫り、その腰を引き寄せる。
「今日もオレの勝ちだな」
「う、わっ」
「いただくぜ? 刑事さん」
「っ…!」
そう言って、姫川は神崎の唇に口付けを落とした。
「おっと」
神崎が殴ろうとしたが、その前に姫川は後ろに飛びのいてそれを避けた。
神崎は耳まで真っ赤にさせ、右手の甲で自分の唇はきつく拭い、姫川を睨みつける。
「こ…のヤロー! そうやって毎回キスしてくんのやめろ!! 悪趣味だぞ!!」
「やめてほしかったら、さっさとオレを捕まえてみせろよ」
「な…っ!」
神崎が「上等だ」と手錠を取り出そうとしたとき、いきなり屋上にヘリが現れた。
警察ヘリかと思いきや、それらしいマークもついていない、漆黒のヘリだ。
「!?」
神崎は、ヘリのライトと、プロペラが起こす風に目を細める。
「時間だ」
ヘリのドアから降ろされたのは縄梯子だ。
姫川はそれをつかみ、そのまま逃亡しようとする。
「…っ、おまえ…」
神崎は自分の手に持つ美術品に視線を落とし、歯を噛みしめ、姫川に顔を上げて怒鳴った。
「いつまでこんなこと続ける気だ!! 気紛れで美術品返してきたり、警察を…、オレをバカにしてんのかっ!! こんな半端やるくらいなら怪盗なんてやめちまえっ!!」
すると、薄笑みを浮かべた姫川は口にする。
「このオレが怪盗をやめる時は、本当に欲しい物を手に入れた時だ!!」
そう言い残し、神崎に見届けられながら姫川はヘリとともに美術館をあとにする。
縄梯子をのぼってヘリに乗り込んだ姫川は、ヘリを運転する執事の蓮井に「お疲れ様です」と声をかけられて「おう」と返し、リーゼントを解き、仮面を外した。
「今日はなにも盗まなかったのですね」
「盗むもなにも…、元々、オレの所有物だ」
「失礼しました、館長」
姫川の表の顔は、美術館の館長だ。
所持している美術館はいくつもあり、予告状はすべてそちらに送り付けている。
そのことを知っているのは、信頼を置ける執事の蓮井だけだ。
怪盗をしている目的はただ1つ。
神崎にも言った通り、本当に欲しい物を手に入れるためだ。
「!」
ケータイから着信音が鳴り響く。
待受画面を見ると、神崎の名前が表示されていた。
「おー、早速刑事さんからお電話だ」
通話ボタンを押し、耳に当て「もしもし」と出る。
「ええ。よかった…。取り返してくれたのですか」
我ながらわざとらしいと思いつつ、不機嫌を隠す神崎の声に耳を澄まし、追いかけっこの余韻に浸る。
(おまえはいつ、この仮面の下に気付くかな…)
そんなことを思い、神崎が「次は絶対捕まえます」と言うと、姫川は口元に薄笑みを浮かべながら、「はい、よろしくお願いします」と言って、上唇を舐めた。
「次こそは…」
(おまえの心をいただきます)
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