独占的な白雪姫。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
現状はなんとなく察することができる。
階段を下りようとする姫川に追いついた女が、逆上して姫川を階段から突き飛ばしてしまったようだ。
姫川はわずかに呻いたところを見て微かに安堵した。
よかった、生きてる。
顔を強張らせてそれを見下ろしていた女は、未だに震えながらも、開き直るかのように笑った。
「い…、いい気味よ…っ。私を…、見下すから…っ、私を受け入れていれば…、こんなことには……っ」
プツン、と自分の中の細い糸が切れた。
気付けば、あたしは女の胸倉をつかんで壁に押しつけていた。
「オイ」
「え」
「人のこと突き落としときながら何寝言言ってんだクソアマ」
「だ…、誰…?」
女が再び恐怖に顔を歪ませる。
「神崎一……」
あたしは息を吸い込んで言い放つ。
「―――本命の、姫川竜也の女だよ!!」
「え…」
想像してたのと違っていたのだろう。
女は一瞬キョトンとした顔をした。
失礼な反応だが、わからなくもない。
「あたしの男に何してくれてんだ、ああ!!? そのツラに泥パックならぬセメントパックしてやろうかストーカーのブリ女!!」
「ひ…っ」
「次に姫川の前に現れたら、あたしも容赦しないよ。顔面が歪むまでボッコボコに殴って、人には言えない●●をしてから●●にブチ込んでやる!!」
自分でも引くくらい汚い言葉だ。
女は化粧が崩れるまで泣きながら何度も頷いた。
ここまで凄めば十分か。
あたしが手を放せば女はへなへなとその場にへたり込んだ。
「ついでに言っといてやる。あたしの方が姫川のこと好きだから。たとえ文無しになったタダのリーゼント野郎になっても、あたしは、姫川のこと好きでい続ける自信、あるから。…そんな自信がないなら、他の男見つけな」
「……………」
トドメも刺しといた。
本心だからこそ、慣れない修羅場でもスラスラ言えた。
「姫川…!!」
あたしは階段を駆け下りてその場にしゃがみ、姫川を抱き起こす。
息はしているものの、目を閉ざしたままだ。
あ、こういう時って無理に起こさない方がいいのか。
途端に焦ったが、心配は無用だったみたいだ。
小さな声でこんなことを言い出した。
「…熱い…キスしてくれたら…、起きる……」
「……………」
あたしは、心配そうにこちらを窺っている店員に声をかけた。
「すみません、あっつあつのお湯持ってきてください。このバカの口に注いでやるんで」
「起きるからキャンセルしてください…」
すぐにタクシーを拾って向かった病院で診察してもらった結果、幸いなことに、姫川は階段から落ちた拍子に手首をひねっただけで済んだ。
落下して床に激突する前に手をついて受け身をとったらしい。
だから大事にはいたらなかった。
もし姫川がそれ以上の大怪我を負っていたら、あたしはあの女を許さなかっただろう。
きっと警察沙汰だ。
時刻は夕刻。
あたし達は一度学校に戻るために街中を歩いていた。
あたしの横を歩く姫川に視線を移し、右手首には包帯が巻かれてあるのを見る。
医者には、「無闇に右手を動かしてはいけません」と忠告を受けていた。
少しでも動かせば姫川は痛みに顔をしかめ、そのたびに、「大丈夫か」と声をかけそうになるが堪える。
今、あたしは姫川と顔を合わせられる状態じゃない。
尾行がバレてしまったのだから。
ストーカーは、あたしの方だ。
「………神崎」
「!」
沈黙に耐え兼ねたのは姫川の方だった。
あたしの頭に手を置き、安心させるように優しく撫でてくれる。
「その…、色々…心配させちまったな…」
「……正直、浮気されてるのかと思った…」
「おまえがいるのに、するわけねーだろ」
「…姫川だから」
「酷いな」
「相手は美人だったし」
「中身は性格ブスだ」
「楽しそうに見えたし」
「それはまったくの勘違いだから。オレは早くおまえのとこに戻りたくてたまらなかった」
恥ずかしい返しをしてくれる。
こいつの口上手ってタチ悪い。
「……ちゃんと全員切ってから報告するつもりだったんだ。あの女がラスボス。元から執着心強いし、ストーカーしてる自覚なかったからな。独占欲も強くて、何回かオレに関わった他の女にケガさせたらしい。だから…、おまえに何かあったら困るから、あえてオレから避けてた」
あたしの安全を考えてのことだったのか。
「…そいつのことは話してくれても…」
「話したら余計に首突っ込んでくるだろ。…まあ、話さなくても突っ込んできたからかわりねぇか」
苦笑する姫川。
確かに話されてても首を突っ込んでいた。
あたしのこと、よくわかってる。
「こんなに神崎に好かれてたらな」
「な…っ、自惚れてんじゃ…」
「あの女より、オレのこと愛してくれてるんだろ?」
「す、好きだっつったんだよ!!」
どっちにしろ恥ずかしいことを言ってしまった。
こいつは階段から落ちたクセに憶えてやがるし。
「オレが一文無しになっても愛してくれるんだろ?」
「だからぁ!! 愛…じゃなくてっっ」
「リーゼントごと愛して…」
「も―――っっ!!!」
顔を近づけてニヤニヤしながらからかってくる姫川があまりにしつこかったから、伸ばした両手をその口につけて黙らせた。
ふに、と姫川の唇の感触がてのひらに伝わり、わざとらしく、ちゅ、とリップ音を立てられる。
「っ!!」
思わず手を引っ込めてしまう。
離したのに、感触はてのひらに残った。
「そんなに好きでいてくれてるなら、そろそろいいんじゃねーか?」
何が!?
なんて言うか。
わかってんだよ。
今はリーゼント下ろしてるからって顔の距離近すぎだし、姫川が求めてるのは何かまるわかりだ。
「あ…う…」
わかってんだけど顔の湯気が止まらないし、さらに動悸と息切れでそれどころじゃない。
その反応だけで満足なのか、姫川は小さく笑って背を向ける。
「おまえのそういうところがカワイイな、本当に。そこらへんの女と違って、初々しいっつーか…」
それを聞いてムッとした。
そりゃおまえは他の女とは濃厚なキスはしたことあるだろうさ。
想像しただけで胃が熱くなる。
いつまでも子ども扱いしやがって。
「!! いった…っ」
ケガした右手首をわざと強くつかみ、姫川が振り返ったと同時にその胸倉をつかんで思いっきり引き寄せた。
たとえ、彼氏のフリでも、別の女と一緒にいたことは許したわけじゃない。
あたしの独占欲こそ、ナメてんじゃねーよ。
心の中で毒づいて、唇を押し付けた。
「!!」
「!!?」
意趣返しのつもりだったが、勢いあまって姫川の口の中に舌を入れてしまい、初キス通り越して初ディープキスしてしまった。
それからする場所。
ここは公共の道の真ん中で、帰宅中の会社員とかOLとか下校中の子どもとかに思いっきり見られている。
「おお、熱いね」
「きゃー、だいたーん」
「ねー、ママー、あのお兄ちゃんとお姉ちゃん何してるのー?」
「ひゅーひゅー」
一歩離れたあたしはすぐにここから逃げ出したい衝動に駆られた。
両手で顔を隠し、自分の判断を後悔する。
周りをよく見てやるべきだった。
せめて人気のないとことか。
「神崎…」
「言うな。何も。ごめん。勢いあまって…。もういい。帰ろう。ほら。すぐに」
右手で顔を覆ったまま左手で目の前の姫川を制する。
けれど、姫川はあたしの両手首をつかんで腰に下ろさせた。
「姫」
抵抗しようとしたら、今度は姫川からキスしてきた。
軽めのキス。
それから嬉しそうに微笑んでこう言うんだ。
「ヨーグルッチかと想像してたけど、リンゴ味だな」
さっき、アップルティーを飲んだから。
「~~~っっ」
舌先が少し苦い。
姫川はあの時コーヒーを飲んでいたようだ。
姫川の味を知っただけで、頭の中がいっぱいいっぱいになる。
これは夢か。
それを否定するように、姫川は痛いくらいあたしを抱きしめた。
右手首をケガしてる姫川も、こんなに力を込めて痛くないのだろうか。
それでもあたしはただ姫川の背中に手をまわす。
もう町の連中の視線なんて気にしないし、目の端にこちらを茫然と眺めている城山と夏目が映っても気にしない。
姫川竜也はあたしだけのもんだって見せつけてやるんだ。
.END