独占的な白雪姫。
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あの現場を目撃してしまってから3日が過ぎた。
あたしは机に頬をつけて茫然としていた。
城山が買ってきてくれたヨーグルッチもまったく手をつけていない。
(どうしよう。重たい女だと思われたかもしれない。どん引かれた…。だってこっちは彼女なんだし、気になるのは当たり前じゃん。ちょっとしつこかった? やばい。今日で3日目。まずい。あたしフラれるかもしれない。どこぞの泥棒猫に彼氏奪われて…。うぅ…。それとも、元から弄ばれてたのかな…。てのひらでコロコロと…。何ソレ超ちゅらい…)
イライラと憂鬱で、ガガガガガ、とハイヒールで貧乏ゆすりしてしまう。
「……どうしたの、神崎ちゃん。魂抜けてるよ。床も抜けそうだよ」
泣きたくなったところで、夏目はあたしの机の前に置いた椅子に座って優しく声をかけてきた。
ひとりで抱え込んでるあたしはいっそのこと本当のことを打ち明けようかとさえ思うほど落ち込んでいたが、ぐっと堪え、また例の「ダチ」を出すことに決める。
「………ダチがな…、どうも…、彼氏に浮気されてるかもしれないらしくてな…」
「確証はないんだ?」
「でも、見知らぬ女と一緒だったらしいし…。それに……」
「……それに?」
「彼氏がダチに対する不満はいっぱいあると…思う」
「たとえば?」
口元に笑みを浮かべて首を傾げる夏目に、あたしは思いつく限りのことを並べてみる。
「……付き合って2ヶ月近く経つのに、き…、き…っ、キスとかしてないし…」
この2文字クッソ恥ずかしい。
真っ赤になった顔を伏せて隠す。
「それは彼氏がしてくれないの?」
「いや、ダチが恥ずかしがってるだけで…」
ふと思い返してみる。
ほとんど姫川からしようとしてきたし、あたしはその都度待ったをかけてきた。
あいつも無理やりしなかったし。
「神崎…、キスしてもいいか?」
「も、ちょい…待って…」
「神崎」
「さっきヨーグルッチ飲んだとこ…」
「か」
「心の準備がっっ!!」
…ああ、うん。
彼女らしいことしてないのあたしだったわ。
罪悪感で、ズーン、と沈んでしまう。
「なんか、こっちまで重力かかってくるんだけど。大丈夫? 何思い出してるの」
夏目に心配され、あたしは顔を上げた。
「ダチの方にも問題あったよな。うん。ちょっと助言してくるか」
席から立ったあたしは姫川の教室へと向かう。
さすがに突然の行動に慣れたのか、夏目は止めずに「行ってらっしゃい」と見送ってくれた。
廊下を渡っていると、
「!! あれは…」
また裏門に姫川と女の姿があった。
何か話している様子だ。
あたしはその場に屈んでから窓から窺った。
廊下を通る生徒に不審な目で見られても気にしない。
女の方は、確かに美人だ。
メイクもバッチリだし、ゆるふわな髪型で、胸も大きい。
なんだあのサイズ、Fか、Gか。
女は胸じゃねえんだよ。
自分の胸と見比べて奥歯を噛みしめる。
姫川はここからだと後ろ姿でどんな顔をしているかわからないが、女の方は笑顔だ。
何を話し込んでいるのか聞き取れればいいんだが。
話して終わりかと思ってた。
なのに、姫川はその女と一緒に裏門から出て行ってしまう。
「は!?」
途端に焦りに襲われ、気が付けばそこから駈け出していた。
やってしまった。
彼女としてウザい行為―――他の女と一緒にいる彼氏の尾行。
テレビとか雑誌とか話とかで聞いて、あたしだけは絶対やるもんかと思ってたのに。
学校を抜け出した挙句、追いかけて着いた場所は街中だった。
電柱の陰に隠れるあたしの数メートル先には、姫川と女がいた。
しかも女は姫川の腕に絡みついて豊満な胸に押し付けている。
あたしだってそんなイチャイチャしたことないのに。
別にしたいとも………。
とにかくこれ以上尾行を続けていいのか悩みどころだ。
見つかったら余計に嫌われるんじゃないのか。
あたしは焦る自身を落ち着かせようとする。
まあ、あたしと付き合う前は女にだらしなかった奴だし、まだ切れてない女がいてもおかしくないだろうし、あいつだって束縛はされたくないだろうし、ちょっとくらい…。
って納得するわけねーだろブチ殺すぞ!!!
なぜあたしが気遣わねばならないのか。青筋をいくつも顔に浮かべて女に腕を許している姫川の背中を睨みつける。
すると、何を感じ取ったのか体を震わせた姫川は一度立ち止まり、辺りを見回した。
あたしは見つからないように曲がり角で身を潜ませる。
このまま尾行を続けるべきか。
“何を迷ってるのさ”
「!?」
な、夏目!?
左肩に小さな夏目が出現した。
なぜか悪魔のコスプレをしている。
“初めてできた彼氏が浮気者だなんていい笑い物じゃないか”
まだ浮気してるなんて決まってないし。
“そんな証拠どこにあるの。いや、今はないほうがいいかもね。尾行を続けてつかんだらいつでも飛び出して姫ちゃんをボッコボコにしてポイしちゃえばいいじゃない”
なるほど、このままうやむやにするのはいい判断じゃないし、もしもの時は浮気相手の前で思いっきり張り倒してやればいい。
“待ってください神崎さん!”
今度は右肩に小さな城山が出現した。
こちらは天使のコスプレをしている。
“神崎さんは自分の男運のなさを認めるんですか! 彼女なら、もう少し彼氏のことを信じてあげたらどうなんですか。たとえ相手が姫川でも、神崎さんが選んだ男ですよ!”
そりゃ、あたしだって姫川のことは信じたいけど。
“まさか、ここまで来て諦める気じゃないよね?”
“神崎さん、今ならまだ引き返せますよっ。先に姫川に見つかることも考えてくださいっ。嫌われてしまうかもしれないんですよ!”
“神崎ちゃん、見つかったらその時だよ。これでもかってくらい問いただしてやればいい。修羅場上等じゃない”
“修羅場をなめないほうが”
“ほらほら、姫ちゃんが行っちゃうよ!”
「っ…!」
姫川達がもうあんな遠くに行ってしまった。
悪魔の囁きに負けたあたしは、説得する天使を振り切って尾行を続行する。
“神崎さーんっっ”
悪い、天使。
せめて姫川とあの女の関係だけは知りたい。
選択肢を選ぶなり、肩に乗っていた悪魔と天使が消えた。
それからしばらくして、また変化が起きた。
姫川がコンビニのトイレに行ったと思って戻ってくれば、髪を下ろしてサングラスを外したイケメンバージョンになっていたからだ。
それを見るなり、女の「あー、やっぱり姫ちゃんはそっちの方が似合うね」とはしゃいだ声が聞こえた。そしてまた馴れ馴れしく腕を絡めて街中を歩く。
どうしよう、余計にデートっぽくなってしまった。
相手は美男美女。
ほとんどの人目を引きつけてしまう。
女はすごく楽しそうに「あの服がほしい」「あのバッグがほしい」「あそこのケーキ食べたい」とワガママを言って、姫川はそれをすべて文句も言わずに買い与えている。
あたしもなんだか虚しくなってきた。
傍から見たら、あたしってどんだけ滑稽なんだろうか。
姫川からもらったピアスに指先で触れると、目が霞んできた。
「おい」
「!」
初めて姫川が女に声をかけた。
女は「なーに?」と首を傾げる。
「そこに入るぞ」
姫川が指をさした方向には、2階建てのカフェがあった。
「いいよー」
女が頷き、2人はそこに入ってしまう。
「……………」
あたしは一度立ち止まって考える。
このままあとを追いかけていいのか。
あの2人の方が理想のカップルらしくていいんじゃないか。
姫川だって、あたしより、あのキレイな女の方が…。
“神崎ちゃん、姫ちゃんの告白、憶えてる?”
『神崎、オレと付き合ってくれ』
あたしの正直な気持ちをぶつけて返してくれた姫川の言葉だ。
あの時は、夢じゃないかってくらい嬉しかった。
“あの気持ちが嘘じゃないかくらい、確かめてもいいと思うんだけど。天使もそう思わない?”
“……聞こえんな”
「……………」
意を決したあたしは、バレないように近くの店で薄手のコートと伊達眼鏡を購入して変装してから、姫川達の入ったカフェへと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませぇ」
愛想のいい女性の店員に出迎えられ、2階の席へと案内される。
そこにはテーブル席に座って向かい合っている女と姫川がいたので思わずうつむいてしまう。
しかもあたしが案内されたのは、ちょうど姫川の背後にある2人用の空席だ。
ちょっと待って、近い近い。
ほとんど背中合わせの状態だ。
席についたあたしは急いでメニューをとって適当にドリンクを指さして注文した。
この店は店員に直接声をかけなくてはならないからだ。
この距離だと声ですぐにバレてしまう。
「アップルティーですね? ご注文は以上でよろしいですか?」
あたしが頷くと、店員は「かしこまりました」とカウンターへと行く。
それを確認したあたしは背後に耳を澄ませた。
「こんなに買ってもらっちゃって悪いわねー」
「いい。気にすんな」
「姫ちゃんやっさしー。優しいうえに、イケメンだし、金持ちだし」
「フン」
「結婚したら一生楽しく過ごせそうだよねー。パパの会社だって一生安泰だし」
あの女見た目のわりにアホか。
いちいちブリっ子な声だしやがって聞いてて腹立つ。
「あ、あの、アップルティーお持ちしました…」
「!」
あたし今どんな顔してたのか。
店員が怯えている。
置かれたアップルティーを飲んでひとまず気持ちを落ち着かせる。
アップルティーを飲んだのは初めてだけど、美味しい。
リンゴの匂いもいい。
「次はどこに行く?」
女が次の予定を聞く。
すると、姫川は小さなため息をつき、椅子にかけた上着から何か取り出そうとごそごそとする。
その際にあたしの背中に指が当たり、ドキッとしてしまう。
「……………え」
テーブルに何か置かれたようだ。
何を置かれたのか気になって、あたしは肩越しに確認する。
金だ。
しかも諭吉が10枚。
「あとはこれで好きなだけ買え」
「何ソレ…」
女の顔が強張る。
空気が冷めていくのを感じた。
一度間を置き、姫川は答える。
「たかが10万で悪いな。けど、もう付き合いきれねぇわ」
「は…?」
「一日彼氏のフリする約束はここまでだ。2度と電話もしてくるな。拒否るし、メアドも変える」
彼氏のフリ?
何の話をしてるんだ。
「最初に声をかけたのはこっちだし、真剣に彼女と付き合うからには相手に未練を残さず、筋通して切ろうと思ったが、おまえはそんな気一切ねーんだろ。しつこくメールしてくるし、待ち伏せするし…」
「…当たり前でしょ。私に愉悦を与えたのは姫ちゃんよ。好きなものとか高いものとか買ってくれるし、夜の方だって…。……私は遊びでもいいと思った。なのに、彼女ができたからって大人しく身が引けるとでも思った? 甘いわよ、姫ちゃん。一生責任とってもらわないと。そのコは愛人にしていいから、代わりに私を本命の彼女にしてよ。どうせ、その彼女だって私達と同じ…」
「それ以上続けてみろ」
怒気を含んだ声に、あたしまでビビってしまった。
女は続けようとした言葉を呑みこみ、姫川を凝視する。
誰だこいつ、と言うように。
「オレの女は、てめーみたいな安い女じゃねーんだよ。金も要求しねえし、顔じゃなくてリーゼントのオレを「好きだ」と言ってくれた。おまえに、あんなカワイイ大告白言えるかよ…。あいつだけだ、あんなの言えるのは」
姫川が何を思い出してるのか察して、あたしの顔はカッと熱くなった。
姫川の頭に浮かべているものを自分の手で払いたい。
「バカにしないでっ!!」
女は怒声をあげるなり水の入ったコップを手に取り、
「!!」
姫川の顔にかけた。
跳ねた飛沫はあたしの後ろ首にかかる。
一気に客の視線が集中した。
それでも女は姫川を睨みつけたままだ。
怒りと興奮でわなわなと体を震わせている。
「…気は済んだか?」
それでも姫川は冷静で、やり返すことなく席を立った。
「次にオレの前に現れても無視するからな。…だが、オレの女にケガさせたり傷つけるようなことがあったら、元はこっちが悪かろうが容赦しねぇ」
椅子にかけた自分の上着をつかみとって肩越しに女を脅し、その際にテーブルの上のレシートを手にして去ろうとする。
あたしはさっとうつむいて顔を隠し、姫川が階段の方へ行ったところで顔を上げてその背中を見送った。
「姫川…」
「ちょっと…、待ちなさいよ…。ねぇ…!! 待って!!」
置き去りにされた女は急いで姫川のあとを追いかける。
あたしも慌てて席を立って追いかけようとした。
先に女が階段の方へ消えた。
それからすぐに、何か大きなものが階段を転げ落ちる音が聞こえた。
「……え?」
店員の「お客様!!」という声と、女性客の悲鳴が響き渡り、店内は騒然となった。
嫌な予感を覚えたあたしはすぐに階段へと走った。
下を見下ろせば、一番下で横倒れになっている姫川と、階段の一番上で恐怖で震えている女がいた。
「姫川!!!」
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