猫に被られました。
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その日姫川は蓮井の運転するリムジンで聖石矢魔学園へと向かっていた。
後部座席の窓から流れる景色を眺め、欠伸をしてポケットからシュガーレスガムを取り出して噛み始める。
「…あ」
信号待ちをしていた時、姫川はあるものを見つけて声を漏らした。
それを聞いた蓮井はルームミラーで後ろにいる姫川を見、声をかける。
「どうなさいましたか?」
「ネコが…」
「ネコ?」
蓮井は窓に顔を向け、姫川の視線を追った。
この車の位置からだと、小さな路地が見える。
そこには、数羽のカラスに追いかけられた茶トラの子猫がいた。
黒い嘴でつつかれながらも引っ掻いたり威嚇したりと反撃を試みるが、カラスは嘲笑うように避け、冷やかすように子猫に攻撃する。
「ミャッ!」
多勢に無勢。
子猫は路地の壁に横に立てかけられた看板の裏に避難する。
だが、カラス達はしつこく、「カー」「カー」と鳴きながら子猫が出てくるのを待ち構えた。
「蓮井、待ってろ」
「竜也様?」
姫川は後部座席から降りて路地へと近づいた。
カラス達は寄ってくる姫川に「カー!」と鳴いて威嚇するが、姫川は怯みもせずに腰からスタンバトンを取り出し、ガンッ、壁に叩きつけ、邪悪な笑みを浮かべる。
「カ!?」
「カー!!」
焼き鳥にされると危機感を覚えたカラス達は一斉に飛び立ち、逃げ去った。
「…ミャ?」
子猫は看板の下から出てきて姫川を見上げる。
人間が助けてくれるとは思わなかったのだろう、目を丸くしていた。
姫川はしゃがんで子猫を指さす。
「勘違いすんなよ? 今のはほんの気紛れだ」
まるで自身に言い訳しているようだ。
らしくない行動だというのは自覚していた。
「ミャ~」
しかし、子猫は姫川の言葉など聞いていないように姫川の右足にすり寄る。
「…おい」
「ミャー」
子猫は姫川を見上げ、甘えるように鳴いた。
「―――ってわけで、ついてきちまった」
教室に到着した姫川は、肩に連れた子猫との経緯を話し終える。
子猫はゴロゴロと喉を鳴らし、目を細め、先程から姫川の頬に自分の顔を摺り寄せている。
助けたあと、車に乗り込んで姫川の膝の上でくつろいだ挙句、学校までついてきてしまった。
「あっち行け」と手をしっしっと振っても、子猫が肩にのってしまえば乱暴に払うこともできない。
そこまで姫川も鬼ではなかった。
それに、この時期首元が寒いので子猫のふわふわの毛と体温は温かい。
「カワイイッスね!」と花澤。
「子猫…」と谷村。
「ちっさい…」と大森。
女子達に大人気だ。
子猫も女子達に撫でられるのも満更ではない顔をする。
「オレも猫になりたいっ」
「何言ってんだおめーは」
ちやほやされる猫に嫉妬する古市と、前の席でつっこむ男鹿。
「見る目のねぇ猫だな…。よりにもよってそいつに懐いちまうとは」
机に脚を行儀悪く投げ出した神崎がヨーグルッチを飲みながら呟いた。
それを聞いた姫川は振り返り、意味ありげにニヤリと笑う。
「嫉妬してんのか?」
「はぁ? どんな耳にしてんだ。オレは猫がかわいそうで言ったんだよ。おまえの本性知ったら尻尾巻いて逃げちまうかもな」
「照れんなって。おまえもいつでも甘えにきていいんだぜ?」
「眼鏡買い替えろボケ」
また始まった、とクラスメイトはげんなりする。
いつもの痴話げんかだ。
神崎の悪態に屈しない姫川をある意味尊敬してしまう。
会話を聞いていた子猫はムッとすると、姫川のリーゼントに飛び乗った。
「おい、乱れちまうだろ」
「ミャウ」
姫川は首根っこをつかんで引き剥がそうとするが、子猫は居心地がいいのかいやいやと首を振る。
姫川は諦めて手をおろし、視線を上げて「もちゃもちゃにすんじゃねーぞ」と言って許した。
「姫ちゃんが動物助けるなんてらしくないよねー」
夏目がオブラートに包むことなく言うと、姫川は失礼だと言いたげに眉をひそめ、頭にのった子猫の頭を撫でた。
「こいつ、神崎みたいだったからな」
「ああ? オレならカラス共を一瞬にして蹴散らしてやるけどな」
「容姿も似てるし」
「どこがだよ」
ヨーグルッチを机に置いて席から立ち上がった神崎は、猫背になって姫川の頭上でくつろいでいる子猫をじっと見つめた。
「ぜーんぜんっ似てねえだろーが」
子猫と目が合うと、
バリッ
子猫は目の前の神崎の顔を容赦なく引っ掻いた。
神崎の鼻に3本の赤い線が入る。
「い゛っでー!!」
神崎は両手で鼻を押さえ、子猫を睨みつけた。
子猫は神崎を天敵と見なしたのか、毛を逆立たせて牙を剥いて威嚇する。
姫川は「おいおい」と止めようとするが、理不尽な攻撃に腹を立てた神崎は手を伸ばして子猫を捕まえようとする。
「このドラネコが!!」
子猫は俊敏な動きでそれを避け、姫川の机に着地した。
「……ニャフフン」
鼻で笑われ、神崎の顔にいくつもの青筋が浮き、引きつった笑みを浮かべた。
「ネコだろうがもう手加減しねえぞこのヤロウ」
コブシを鳴らした神崎は子猫を捕まえようと飛びかかるが、子猫は机から机と飛び移り、神崎は怒声を上げながらそれを追いかける。
クラスメイトのほとんどは巻き込まれないように距離を取った。
「神崎先輩、子猫相手におとなげねーっスよ」
「てめーは黙ってろパー子!」
ナメられるのはたとえネコでも許さない。
それほど神崎の沸点は極めて低かった。
「ミャーッ!」
子猫が飛び移ったのは、自分の机で昼寝をした男鹿の背中で同じく昼寝しているベル坊の顔だ。
「つかまえた!」
「ウミャーッ、ウミャーッ」
子猫の首根っこをつかまえた神崎だったが、子猫は往生際が悪くベル坊の顔に引っ付いたまま離れようとしない。
「観念しやがれ!」
「ミャーッ!」
不意に、子猫はしがみついているベル坊の顔に爪を立ててしまった。
その痛みにはっと起きたベル坊は、瞬きと同時に目を潤ませる。
「みんな離れて!!」
先に危険を察した古市は、男鹿の後ろの席からそれを見て机の下に避難した。
「ビエエエエエエエエッッ!!!」
「「ぎゃああああああっ!!!」」
男鹿、神崎、子猫は泣きわめくベル坊の電撃を食らってしまう。
泣き止んだ頃には、こんがり焦げた男鹿と神崎と子猫が床に倒れていた。
「神崎!」
電撃がおさまったのを見計らい、姫川は神崎を抱き起こして体を揺さぶった。
気が付いた神崎は目を開け、心配そうな姫川の顔を見る。
「大丈夫か!? 頭ショートしてねーか!?」
「……ミャー」
神崎は、猫のような声を出して笑顔を返した。
「……は?」
姫川は困惑する。
神崎の口からは聞きなれない声と、見慣れない笑顔。
それだけでなく、神崎は姫川の首に絡みつき、すりすりと頬を擦り付けた。
誰もがその光景に硬直している。
同じく姫川も。
「あ…、あの…っ、神崎さん…?」
神崎はまた「ミャー」と鳴き、姫川をぎゅっと抱きしめた。
2人っきりでいる時も神崎がこんなに積極的な愛情表現をしてくることなど滅多にない。
電撃を浴びたショックでおかしくなってしまったのではないかと思ったとき、今度は子猫が起き上がった。
「クソ~。ヒデー目に遭った…」
そして、喋り出した。
「は!?」
「「「「「!?」」」」」
クラスメイト全員が仰天する中、子猫はぷるぷると首を振り、姫川に振り返る。
「そもそも姫川、てめーが猫なんざ連れてくるからオレがこんな目に…」
言いかけた途中で、子猫は言葉を失った。
神崎が姫川に露骨に甘えている姿を見て。
「……なんで…オレが……。……え?」
伸ばした手を見て子猫はさらに愕然とする。
可愛らしい肉球。
モフモフの毛。
周りのものすべてが大きく見える。
瞬間、ダラダラと冷や汗が流れた。
「………神崎か?」
喋る子猫の反応を見た姫川はおそるおそる尋ねた。
頷く代わりに、子猫―――神崎は頭を抱え、大口を開けた。
「えぇええええええええ!!!??」
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