神と仏、どちらに縋りますか?
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「姫川ぁ――――っっ!!!」
ピクリとも動かない姫川に、神崎はせり上がる感情のまま叫ぶ。
“ゆるさない。ワタシからともだちうばった、おまえたちを…!!”
マリー人形を中心に、邪気を含んだ風が巻き起こる。
まるで大きな手により、パンクした車が持ち上がり、神崎達に投げつけられた。
ガシャン!!
すんでのところで神崎、邦枝、東条は後ろに飛び、車は地面に打ち付けられフロントを潰した。
「庄次!! かおる!! 夫妻を先に避難させろ!!」
「く…っそ、やっぱこいつも助けるんスね」
陣野は菊江の肩を支え、相沢は気絶した修太郎を肩に担いで自分達の車へと走った。
“にがさねえわよクソニンゲンが!!”
パァンッ、と洋館のガラスが割れ、飛び散る破片の雨が陣野達に襲いかかる。
その前に東条が間に入ってコブシを振るい、巻き起こした風でガラスをはねのけ、地面に落とした。
いくらかのけ損ねて東条の体に浅い切り傷がつけられたが、東条は肩越しに陣野と相沢が久々津夫妻を連れて逃げ切ったことを確認し、ほくそ笑んだ。
ズンッ
「…ぐ…!!」
わずかに気を抜いた瞬間、マリー人形の右手が槍のように東条の右肩を貫いた。
「東条!!」
片膝をつく東条に、邦枝は声を張り上げた。
東条の右肩に手を突っ込んだマリー人形の口が裂け、そこから狂気の笑声を上げる。
“あははっ! つぎはどこにカザアナあけてほしいのよ!?”
「くくく…」
しかし、東条も笑っていたのでマリー人形は笑いをやめる。
“なにわらってんだニンゲン。…!?”
そこでようやくマリー人形は気が付く。
右手が抜けないことに。
“く…そっ、ぬけない…っ!!
引っこ抜こうと奮闘するが、締め付けられるようにマリー人形の手をつかんで放さない。
「でかした東条!!」
神崎と邦枝は武器を手に地を蹴ってマリー人形に向かう。
“や、やめ…っ”
邦枝の横に振るわれた薙刀はマリー人形の胴体を真っ二つに切り分け、神崎は振り下ろしたバットでマリー人形の体を、原型が跡形もなくなるほど粉々に砕いた。
「く…っ」
東条はマリー人形の右手を引き抜き、邦枝に破いた袖で止血してもらう。
「終わったか…?」
「わからない…」
「姫川…!!」
神崎は倒れた姫川に駆け寄り、肩をつかんで起こそうとした。
“ミナゴロシだ”
「「「!!」」」
どこかから声が聞こえた。
はっとそちらに振り向くと、宙に、人形の右目が浮かび、神崎達を見下ろしている。
“てめぇらここで、ミナゴロシだよ。なかまどうしでな”
ギョロリと神崎に目を付けた右目は、神崎に向かって突進し、
「!!?」
その口に入った。
瞬間、神崎の目がカッと開き、首を掻き毟る。
「ぐ…ぅっ、あ…っ、はははははっ!! 思った通り、こいつのカラダ、人形ほどじゃねーが乗っ取りやすいな…!!」
神崎の声で不気味に笑い、目の前の邦枝と東条を睨む。
「神崎…っ」
「まあ、元々ニンゲンのカラダにうまく馴染めねぇから、時間制限つきだ。さっさとおわらせてやる…」
神崎の体でバットを構え、先端を2人に向ける。
邦枝と東条も迎え撃とうとするが、神崎の背後に立った人物を見て目を丸くした。
「そうだ、さっさと終わらせようぜ?」
「!?」
左胸を刺されたはずの姫川が、笑みを浮かべて立っていた。
「な…ぜ?」
たじろぐ神崎に、姫川は左胸の位置にあったものを取り出した。
穴が空いた聖書だ。
「神の御加護…ってやつ? こんなオレでも、一応味方してくれるみてーだな」
聖書を後ろに放り投げ、胸にかけた銀の十字架を見せつける。
すると、神崎の体がピタリと止まり、金縛りのように動けなくなった。
「なに…!?」
「…!」
驚いた顔をしたのは姫川も同じだった。
それから口元を緩ませる。
「まだ…持っててくれたのか…」
手を伸ばし、神崎の胸に垂れ下がる、同じ銀の十字架を手に取った。
「なんだコレは…!?」
「こいつは、体質の問題で悪魔に乗っ取られやすくてな。逆手にとるために、乗っ取られた時、動きを封じるための十字架をやったんだよ」
「ぐ…っ」
呼応するように、十字架同士が引き合う。
「人形に入ってたのは、亡者と悪魔。おまえは亡者の執念にしがみついて亡者を放そうとしなかったし、おまえを堕とそうとすれば、亡者まで救われず堕ちちまうから、ヘタなことはできなかった。だが、もうてめーを守る「ともだち」もいなければ、逃げ道もない」
退路は塞いだのだから。
姫川はリーゼントを下ろし、お祓いの準備にかかる。
「こうやって、人形が壊されたり、祓ったと勘違いさせるために一時的に人間の中に逃げ込むんだろ? たぶん、久々津修太郎の闇に身を潜ませてたか。魔を差すきっかけを与えたのもてめーか?」
言い当てられ、神崎は「くくく…」と体を震わせて笑う。
「ああ。ワタシはただ背中を押しただけだが、あの男は素直に従ってくれたよ。闇に馴染みすぎてワタシが一時的にカラダに避難していることにも気づかないくらいにな…! おまえらさえこなければ楽しみが続いたのに…!」
「そうやって、何百年もかけて人間を不幸にしたのか?」
「その通りだ。人形には魂が宿る、とは言うが、宿ったのは憎しみばかりだ。そうだな、最初はフランスだったか。恋人を他の男にとられてしまった人形職人が、恋人宛てに作られ送ったのがワタシ。数日後、恋人は新しい恋人に殺され、そいつも逃走中に不慮の事故で死んだ」
「そうやって闇ばかり取り込み続けて今に至るってわけか」
「見ろよ…! おかげでこんな立派な魔物になれた…!!」
両腕を広げて再び高らかに笑った。
姫川はそのアゴを右手でつかみ、強制的に目を合わせる。
「あと1000年育ち足りなかったな」
「…!!」
神崎は笑みを貼り付けたまま硬直した。
本当に目の前の男は神父かと問いたくなるほど、その瞳の奥は闇に覆われている。
「主よ、この魔物を、無へ還す」
姫川は詠唱を唱え、神崎の喉に指先で十字をなぞり、唇を重ね合わせた。
「――――っ!!」
内側から魔物が浄化され、神崎が「ごほっ」と口から人形の右目を吐きだすと、姫川は警棒の先端を下に向け、それを砕き割った。
今度こそマリー人形の中にいた魔物は無へ帰し、辺りは静けさを取り戻す。
「ふう…」
ようやく終わったことに安堵した姫川は一息ついた。
「「ふう…」じゃねえよ!!」
があっと立ち上がった神崎は姫川の胸倉をつかんで歯を剥く。
「おお、復活早ぇな」
「意識はずっとありましたから!! おめー、オレが乗っ取られた時の場合は場所選べっつったよな!!?」
「あー、それが原因でコンビ解消になったもんなぁ」
当時の事を思い出す。
高等学校の生徒達が夜な夜な学校に集まって奇怪な行動をとっていると相談を受け、問題の学校に派遣された2人は怪奇の正体である悪魔を突き止め、体育館に追い込んだところを神崎が体を乗っ取られ、正気を取り戻した全校生徒の前であのシーンを見せつけてしまったのだ。
神崎にとってはトラウマとなっている。
姫川がいなければ悪魔と一対一で戦うことはできない。
体を乗っ取られてそれを取り除く相手がいないからだ。
男鹿達にそう判断された神崎は、悪魔とぶつかる可能性のない“梅”ばかりの依頼を与えられるようになった。
「神崎、安心しろ。何も見えなかった」
「見てないから」
東条は腕を組んだまま、背後から、転がっていたタイヤを踏み台代わりにした邦枝の両手で両目を塞がれていた。
邦枝も東条の背中で何も見えていない。
「気ぃ遣うんじゃねえよ!!」
神崎が怒鳴ると、胸倉をつかまれていた姫川が抱きつくように神崎にもたれかかる。
「お、おま、こんな時に…!! !?」
地面に、ぽたぽたと血が滴っている。
左胸に手を触れると、湿った感触があり、触った右手には血が付着していた。
「姫川…!!」
聖書では完全に防ぎきれなかったのだろう。
姫川は強がるように笑いながら「だいじょーぶだいじょーぶ」と神崎の背中をあやすように叩いた。
「大丈夫じゃねえだろ!! 邦枝!! 救急車!! 東条!! おまえも運ぶの手伝え!! それよかおまえも病院行きだ!!」
止血は施したものの、止血に使った袖は真っ赤に染まっていた。
ケータイで救急車を呼ぶ邦枝は、真っ青な顔でそれを凝視して「すみません、もうひとり怪我人が…」と電話先の相手に伝える。
どうしてケガしたかという説明はあとで考えるとして、祓い屋の騒々しい1日は、病院に搬送されてようやく終結した。
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