神と仏、どちらに縋りますか?
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その場が、しん…、と静まり返り、木々の葉擦れの音がざわめいている。
「な…、何を言ってるんですか…」
修太郎は動揺を見せながら、口元に笑みを貼り付けた。
「どういう…」
菊江は耳を疑い、修太郎と神崎を交互に見る。
「もう1度言ってやる。毬江を殺したのは、てめーだ」
2度言われ、修太郎はムキになって言い返した。
「い…っ、言いがかりも甚だしい!! どうして私が…!!」
「動機は簡単だ。くだらねえほどにな。…菊江を手に入れるためだ、そうだろ?」
神崎が親指で後ろにいる菊江を指すと、菊江は「え?」と怪訝な顔をした。
「オレは、毬江から聞いたんだ。いきなり押さえつけられて、「これで菊江はオレのモノだ」って、言われたってな…!! 毬江がマリー人形を見つけた地下室に閉じ込めたのもてめーだ、違うか!?」
「っ…!!」
修太郎はたじろぎ、冷や汗を浮かべた。
次に口を開いたのは姫川だ。
「邦枝が口寄せ中に護符が突然発火したのは、てめーが菊江のライターを使って燃やしたんだ。口寄せを中断させるために。それからオレの車をパンクさせたのも、洞窟の穴に突き落としたのもてめーだ。オレらに真相を突き止めてもらっちゃ困るからな」
「……………!!」
図星なのか、修太郎は唇を噛みしめる。
姫川は構わず言葉を続けた。
「毬江は、菊江のことが心配で何度も家を訪れたんだ。たまに物が動かされたり壊されたりしたが、壊されたのは全部てめーの私物。毬江なりに危険を知らせたかったんだろ」
「どうして…、どうして言葉で伝えようとしなかったの?」
マリー人形は確かに言葉も発していたはずなのに。
その理由も姫川が淡々と答える。
「器である人形の中には、毬江の他に、もうひとりいた。そいつがほとんど主導権を握ってて毬江の好きにはさせなかったからだ」
「……てめーが原因のクセに、全部、毬江のせいにしようとしてたのか?」
神崎は憤怒を含んだ低い声で修太郎に尋ねる。
修太郎は唸りながら頭を抱え、「だって…!!」と血走った目を向けた。
「だって…、菊江はいつも毬江のことばかりで…!! 私が誘っても、「毬江の面倒を見なくちゃ」、「毬江が待ってるから」、「毬江が…」。そればっかりで私のことなど見てくれない…!!」
あの日のことを修太郎は自棄を起こしたように語る。
菊江の家を訪ねた時、菊江と毬江が言い争う声が聞こえ、ドアが開けられてそこから毬江が杖を片手に早足で出て行った。
修太郎は菊江から喧嘩の理由を聞き、内心では2人の仲がようやく崩れたかと思っていた。しかし、菊江はこう言った。
「どうせあの子は帰ってくる。あの子には私しかいない。私も、あの子しかいないんだから」と。
仲直りしている自分達を見越していた。
これでは一生菊江には毬江がついて回ると焦る修太郎に、ついに、魔が差した。
毬江を追いかけ、衝動のままにその細い首に手をかけたのだ。
「私は…っ、オレは、解放してやっただけだ!! 菊江を!! 菊江も言ってたじゃないか!! 毬江のお守りは大変だって!!」
最後に恩着せがましく叫んで狂ったように笑いだし、菊江の顔は絶望に染まった。
毬江を殺した人間に支えられ、励まされ、毬江を忘れようと立ち直って2年間一緒にいたのに、何も、気付くことができなかった。
何も知らずに、毬江が入ったマリー人形におびえ続けていた。
「あたし…、今まで…―――!!」
罪悪と後悔に涙があふれ出る。
「てめぇ…!!」
反省の色もない修太郎に、耐え切れず東条がつかみかかる。
修太郎は鼻で笑った。
「オレを警察に連れて行くか? ムリだ。証拠はどこにもない。おまえ達はどう説明するつもりだ?「死体が「この男に殺された」って言ってました」って言うつもりか? そんなイカれた霊媒師共の戯言を信じるはずがない…!!」
挙句の果てに開き直る態度を見せ、また笑った。
「菊江…大丈夫。邪魔な人形はもういない。これからは2人きりの平和な生活が送れる…。大事に、大事に、人形のように大事に愛でてあげる」
そして菊江は初めて、修太郎の正体を知り、戦慄した。
顔を蒼白にし、それ以上何も聞きたくないと両耳を塞ぐ。
「嫌ぁああ!!!」
「こいつ…!!」
東条はコブシを振るおうとした。
その前に、神崎がその手首をつかんで止める。
「神崎…!! いいのか!?」
「…普通の人間からすれば、死人に口なしは当然だ。だから、生きてるこいつが吐くしかねぇ」
「はははっ、どうやって!? 私はもう何も喋らない…!!」
ずい、と接近する神崎の顔。
その瞳は冷たく、同じ人間を見る目ではなかった。
首にナイフを当てられたような感覚に、修太郎は口を閉じ、喉を鳴らした。
「この先、てめーには生きても死んでも地獄しかねーんだ」
「ぐ!?」
いきなり顔面をつかまれ、修太郎は「やめろ!!」と叫び、両手でそれをつかんでどかす。
「…ひっ!!?」
そして、修太郎の瞳には、不気味な光景が映った。
木々の陰や家の周りからこちらを窺う、黒い影の亡者達。
空中に漂う、闇よりも深い黒いモヤ。
そこから伸ばされた真っ黒な手が修太郎の頬を撫でた。
「ひっ、いいいい!!?」
ひんやりとした温度に修太郎はその場に尻餅をつき、パニックを起こしかける。
神崎は口角をつり上げ、しゃがんで修太郎と目線を合わせた。
「これが、日常でオレ達が見てる光景だ。奴らは喜んでるぜ? とっくに死んでるから構ってくれる奴がいないから、おまえが相手してくれるもんだと思って…、こうして集まってくる」
黒い影達がゆっくりと修太郎に近づいていく。
「やめろ!! く、来るな!! 来るなよぉぉっ!!」
修太郎は半泣きになりながら腕を無茶苦茶に振り回して亡者達を追い払おうとするが、亡者達はその様子が面白おかしく見えるのか、ケタケタと笑いながら修太郎を取り囲み、手を繋いで修太郎を中心にまわりだす。
「ああ、奴らは歌ってるな…。かーごめかーごめー」
毬江がよく口ずさむように歌っていた童謡だ。
「かーごのなーかのとーりーはー」
「いーついーつでーやーるー」
神崎に続いて、姫川と東条も歌う。
「やめ…、やめろおおおおっ!!」
“よーあーけーのーばーんーにーつーるとかーめがすーべったー”
今度は少女の声が聞こえた。
修太郎は硬直する。
“うしろのしょーめんだぁれ?”
恐怖で奥歯をカチカチと鳴らしながら振り返ると、そこには、死んだはずの毬江の姿があった。
亡者達と手を繋ぎ、にこりと無邪気に笑う。
「しゅーたろーおにいちゃんの、まーけ」
次の瞬間、毬江の顔半分が溶けて頭蓋骨が現れた。
「ぎゃあああああっ!!!」
悲鳴が、闇に木霊する。
少しして、東条はしゃがんで、仰向けで口をぽかんと開けたまま気絶している修太郎の頬を枝の先でつついた。
「完全に気絶してるな」
「おまえの一番怖いトコって、生者に対しても容赦ないトコだよな」
「起きたらそいつに、治したかったら警察に自首して罪償えって脅しとしてくれ」
しれっとした顔で神崎は相沢と陣野に頼んでおく。
「え、オレらがそいつ運ぶわけ?」
「こっちにはアシがねーんだよ。車パンクしてるし」
「な…、何したの?」
目を腫らした菊江が修太郎をアゴでさして尋ねる。
菊江の目には、修太郎が何に怯えて悲鳴を上げたのか理解できなかった。
「ああ、こいつにオレの霊力、少し分けてやったんだ。一時的に怪奇が見えるようにな。安全かつ恐怖のズンドコに突き落とすために東条と姫川にも合わせてもらった」
「どん底な」
「東条の神霊に亡者に化けてもらったし」
姫川のつっこみを無視して神崎は説明する。
ちなみに、あらかじめ姫川に伝えてから修太郎を殴りつけようとした東条を止め、神崎が修太郎を睨んでいる隙に姫川が東条に伝えたのだった。
「……神崎」
ようやく起きた邦枝は、先程から神崎の傍に見える人物に目を留めて声をかけた。
神崎は頷いて毬江の骨を邦枝に近づける。
一呼吸してから、邦枝は頭蓋骨に手を触れ、目を閉じた。
「……きくえ…おねえちゃん」
「!!」
毬江が邦枝の体に憑依した。
一度でも体に招けば、あとは補佐がいなくても邦枝はその霊魂を受け入れることが出来る。
「どうしても、一言おまえに伝えたいことがあるんだと」
だから素直に成仏せず、神崎に傍らに立ち続けていた。
「おこっちゃって、ごめんね」
邦枝の目から、毬江の涙が流れる。
どうしても、仲直りしたかったのだ。
「っ…あたしこそ…っ、ごめんね…っ。毬江…!」
嗚咽を漏らしながら、菊江は邦枝の体を抱きしめた。
邦枝の体を借りている毬江はその背中に手を回して応える。
「もう…、タバコ、吸わないから…っ」
「うん…っ」
「また、怒ってほしかったの…っ。やり直したかったの…。あの時みたいに…っ、いつか、また、怒ってくれるって…。だからずっと…」
「うん…」
時間はもう戻ることもできなければ、毬江が生き返ることはない。
しかし、この瞬間、菊江の心を苦しめていた何かが、毬江の小さな手によって取り除かれた。
「きくえおねえちゃん…、今度は…ちゃんと、いい人…見つけてね…。おにいちゃんたちも…ありが…とう」
ガクン、と邦枝の体が項垂れ、目が開かれる。
「……毬江ちゃんは、昇りました」
「…そう」
菊江の口元には微笑みがあった。
「あとは……」
ドス…
「「「「「!!?」」」」」
姫川の左胸にマリー人形の手が突き刺さった。
姫川はこちらを見上げるマリー人形と目を合わせ、うつ伏せに倒れ込む。
その拍子に、姫川がかけていた色眼鏡が地面に落ちて割れた。
誰もがその様子を凝視し、息を呑む。
マリー人形が二足歩行で歩き、ドレスの両端を持ってお辞儀し、顔を上げた。
“さあ、あそびましょう”
.