神と仏、どちらに縋りますか?
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“すごいね、おにいちゃん”
神崎の目には、白骨の横に、ピンクのヘアゴムでポニーテールに結んだ少女が立っているのが見えている。
「ようやく見つけた。散々ふざけたことしやがって…」
“おねえちゃんを連れていこうとしてごめんなさい…。ちょっと、らんぼうだった…かな?”
しゅん、とする少女―――毬江。
やはり妹だけあって、面影が菊江と似ていた。
「乱暴どころじゃねーよ。引きずってたじゃねえか」
“わるぎは…ないの…。マリーが…言うこと聞いてくれなくて…”
神崎の視線が白骨に抱かれたマリー人形に移る。
じ、と神崎を見つめているようだった。
“……おうちにかえりたい…。きくえおねえちゃんに…「怒ってごめんね」って言いたいの…。ちゃんといいたいの…。でも…、ムリ…だよね。だって…、たぶん、わたし……”
自身が死んでいることには薄々気づいているのだろう。
神崎は金属バットを足下に置き、触れられない頭を撫でる。
「ここに落ちちまったのか?」
毬江は首を横に振る。
“記憶がぼんやりで…。家を飛び出したあと…、しばらくして…誰かに押さえつけられて……”
「押さえつけられた?」
“うん…。そのあと…えっと…息苦しくなって…、気が付いたら…、ここにいて…”
神崎の脳裏に疑問がよぎる。
もしかして、毬江は遭難した挙句力尽きたのではなく、誰かに殺害されたのではないか、と。
惨いことに、首を絞められて。
まさかとは思っていた。
邦枝に見えなかったものが自分に見えるはずがないと。
邦枝の体から黒いモヤが抜け出て、自身の胸の中心を通過して見えた映像。
きっと、地下室の棚に置かれたマリー人形の記憶だろう。
毬江が地下室に来てしまった時は、ドアは半開きのままだった。
だが、誰かの手により、閉められてしまう。
マリー人形の視点で半開きのドアから見えたのは、人間の手と、嘲笑うような目。
だから神崎はあの時、久々津夫妻に尋問したのだ。
「…誰に押さえつけられたか、わかるか?」
毬江は記憶をたどっているのか、わずかにうつむいた。
“……あの声……。そう…、確か、あの声は…――――”
「…!!」
思い出して口にする毬江に、神崎は大きく目を見開いた。
「……そうか」
殺されてしまった動機も判明した。
“ねえ、おにいちゃん…、わたし…どうなるの?”
不安げな毬江は見えない目で神崎を見上げた。
大きな可愛らしい瞳なのに、何も映っていない。
神崎は数珠を腕に巻き付け、札を両手に貼り付けてから、毬江の小さな体を優しく抱き上げた。
「ここから連れ出してやるよ。ちゃんと日の当たる場所で眠るんだ」
“でも、マリーが、「行くな」って…”
「そろそろ姉ちゃんを、安心させてやれ」
“……………”
毬江は無言になったが、やがて小さく頷いて神崎の肩口に頭を預け、眠るように目を閉じた。
“おにいちゃん、いい匂いがする…”
そう呟くと、毬江の体が徐々に光となって消えた。
「…終わったか?」
背後から声をかけられて振り返ると、ぐったりとしている邦枝に肩を貸した姫川が壁にもたれかかっていた。
「…まだだ」
まだすべてが解決したわけではない。
「だよな…」
「まずは、ここから出ねえと話に…。!!」
上を見上げ、戦慄する。
穴の上から亡者たちが取り囲むようにこちらを見下ろしていたからだ。
“ケケケ”
“クケケッ”
“逃ガサナイ”
外にいた亡者たちだろう。
誘われるようにこちらに流れ込んできた様子だ。
最早、夜の闇なのか亡者達の闇なのかさえ見極められない。
「マジかよ…っ」
神崎は足下に置いた金属バットを拾ったが、酸欠で手がマヒしていてうまく握ることができず落としてしまう。
「万事休す…。念仏唱えるなら今のうちだぞ、神崎」
見上げ、引きつった笑みを浮かべる姫川。
だが、神崎は金属バットをつかんだ手を数珠で縛り、無理やり自身の手に握らせた。
「仏の元に向かう前に、先に送り出してやらなきゃならねえ魂があるんだ。てめーが神に祈ってろ…」
姫川はくつくつと笑う。
「冗談…。無駄な時間だ」
一度邦枝を寝かせ、首にかけた十字架のネックレスで、神崎のように武器を手に縛り付けた。
迎え撃つ準備は出来ている。
“キャキャキャ!!”
亡者達が穴から飛び降りようとした。
瞬間、突然、洞窟が眩い光に包まれ、亡者達が一斉に塵となって消えた。
「「!?」」
洞窟に自分達とは別の足音が聞こえる。
3人分だ。
それから何かがするすると降りてきた。
ヘビかと思って目を凝らすと、ロープだと確認できた。
「おーい、おまえら、無事か?」
ひょっこりと穴を覗き込んだのは、知り合いだった。
「東条!?」
神崎達と同じ、石矢魔怪奇相談所で働くシャーマン―――東条英虎だ。
その後ろから、東条のもとで補佐を務める陣野かおると相沢庄次も神崎達を見下ろす。
「間に合ったようだな」
「今そっちに行くから動くなよー」
先程亡者たちを一斉に祓ったのは、神霊の力を借りた東条だ。
彼がその手に触れたものは、厄介な亡者や悪霊でないかぎり一瞬で浄化させる力を持つ。
神崎達の居場所を突き止めたのも、この山の神霊に尋ねたからだろう。
「あいつら…、どうしてこんなところに…?」
神崎が降りてくる彼らを眺めながら疑問を口にすると、姫川は「ああ、オレが呼んだ」とあっさり答えた。
「は!?」
いつの間に、と言いたげに姫川を凝視する。
「保険はかけとくべきだろ。古市に、もし夕暮れまでに知らせがなかったら、誰かを要請するよう頼んどいた」
初耳だ。
抜け目ない男である。
少しの間放心の顔をする神崎だったが、
ゴッ!
「つ…~~っ!?」
問答無用に姫川の頭をバットで撲りつけた。
「早く言えやっっ!!」
「オレを誰だと思ってんだコラ! 無計画なてめーの代わりにやってやったんだろが!」
ゴキッ!
仕返しに警棒で神崎の頭上を打つ。
「痛ってーな! このヤロウがぁっ!!」
そこから先は取っ組み合いだ。
殴られては殴り返すの繰り返し。
互いの武器が手から放れてしまっても、コブシでぶつかり合った。
「お2人さーん、そろそろ置いてっちゃうよー?」
相沢に穴の上から声をかけられた時には、いつの間にか相沢と陣野の手によって邦枝と、マリー人形を抱いた毬江の骨が引き上げられていた。
「窒息死するまでやらせておけ」
陣野はロープを回収しようとする。
「「待ったぁ!!」」
熱を上げていた2人だが、命の危機を突き付けられ急いでロープにしがみついた。
洞窟から脱出すると、辺りは真っ暗で、相沢と陣野が懐中電灯をつけて先を歩く。
東条は邦枝を背負い、神崎は布に包んだ毬江の骨を抱え、姫川はマリー人形を抱いてそれについていった。
念のため東条にマリー人形に触れてもらったが、何も入っていないらしい。
「そんなことがあったか…」
途中参加の東条に事情を話すと、東条は毬江の骨を一瞥し、憐れむような目になる。
「許せねえな…。目が見えねえとはいえ、未来はあっただろうが…!」
毬江が誰かの手により殺害されたことを聞いて、静かな怒りのオーラを纏った。
小動物や子ども好きな彼にとっては耐え難い話だ。
「そいつには、これから厳しい罰を受けてもらうつもりだ…」
神崎は宙を睨みながら呟くように言った。
「…見当はついてるのか?」
姫川の問いに、前を向きながら「ああ」と答える。
「おそらく…」
数時間後、山から下りてきた神崎達は空き家に到着した。
「あ…!」
家の前には、ところどころ泥で汚れた菊江がいた。
神崎達が帰ってくるなり、驚いた顔をする。
「無事…だったの?」
「アンタも、無事でなによりだ」
神崎はそう声をかけ、両腕に抱いた毬江の骨を見せる。
「見つけたぜ」
骨を見た菊江はビクッと怯んだが、毬江の胸元に添えられるように置かれた汚れた髪ゴムに目を留めた。
かつて、毬江の誕生日にプレゼントしたものだ。
毬江では綺麗に結べないので、いつも菊江が結んであげていた。
「……っ!! 毬江…っ」
はっと菊江は右手で自身の口を覆い、その場に膝をついた。
「…今まで、どこにいたんだ?」
姫川は菊江を見下ろして尋ねる。
「…あたしの部屋の窓から、庭に毬江の姿が見えて…。思わず飛び出してしまって……」
山中に入ったところで足を滑らせ、道から逸れたところで転んでいたらしい。
その証拠に、折れたヒールを見せた。
「アンタ達とも連絡通じないし、ここでずっと…。…やっと、見つけてくれたのね、毬江を…!」
この日をどれだけ待ちわびたことか、菊江は涙を浮かべた。
「菊江!!」
名を呼んだのは、門からこちらにやってくる修太郎だ。
片手には懐中電灯を握りしめている。
「! どうしてここに?」
仕事に行っていたはずでは、と突然の修太郎の登場に、菊江は涙を拭いながら驚いていた。
「心配で来たんだよ…! こんなに夜遅くまで…」
修太郎は神崎が抱いた毬江を見ると、顔を強張らせる。
「見つけたんですか…?」
「ああ」
「それはよかった…。これで、ようやく供養してやることが…」
「減らず口叩くんじゃねえよ…!!」
露骨に舌打ちした神崎は、鋭く、嫌悪の眼差しを修太郎に向けた。
射殺すような目つきに、修太郎は怯んでこちらに進めていた足を止める。
「ど…、どうしたんですか…?」
「?」
菊江も、どうして神崎が怒りを覚えているのかわからなかった。
神崎と姫川は、隔てるように菊江の前に立ち、修太郎と向かい合う。
「てめーが、毬江を殺したんだろーが!!」
修太郎に指をさした神崎は、怒号を放った。
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