神と仏、どちらに縋りますか?
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警戒しながら神崎達は洞窟に近づき、中へと足を踏み入れた。
足音は、かつん、かつん、と壁に反響して洞窟内に響き渡る。
「邦枝、「う」で止まったまんまだったな」
「まだ続いてるの!?」
言い出した神崎の神経を疑った。
神崎は「当然だろ」と呆れるように返す。
「魔除けだ魔除け」
「はぁ…。……有(う)」
「一文字とかありか!」
投げつけられた姫川はうろたえる。
だが、姫川はあっさりと口にした。
「有為無漏法(ういむろほう)」
「ああっ、それがあった…!」
同じように困らせたかったのに、邦枝は少し悔しがる。
「……う…、うちょうて…じゃなくて……」
危うく「ん」をつけるところだった。姫川と邦枝はカウントダウンを開始する。
「うー…、う…、う……っうおあああああっ!!?」
その時、しりとりの「う」を考えていた神崎は急に浮遊感に襲われ、足下に穴があったことに気付いた。
「「神崎!!」」
驚いて叫んだ姫川と邦枝。
神崎は反射的に淵をつかんで落下を免れた。
「あ…、穴が…っ」
振り返ったが、暗くて底が見えない。
「早く上がってこい」
「足下気をつけなさいよねっ」
姫川と邦枝が神崎の手をつかんで引き上げようとした。
しかし、
「え…」
「!?」
突然背後から、ドン、と背中を突き飛ばされてしまった。
「う…そだろ?」
相手を見る前に3人の体は穴の方へ傾き、重力に逆らうことができず、叫び声を上げながら穴の中へと落下した。
「いつつ…」
底なしと思うほどの暗さだったが、底はちゃんと存在した。
痛みに呻き、姫川は身を起こして頭上を見上げる。
入ってきた穴からわずかに差し込む日差しの光のおかげで、下からだと高さがわかる。
「ざっと見…、10~12mくらいだな」
「早くおりなさいよ…」
下から聞こえた唸り声に姫川は、邦枝と神崎の上に乗っていることに気付いた。
「お、悪い」
「ぐ…、重い…っ」
神崎は2人分の体重に呻きながら訴える。
立ち上がった3人はゆっくりと上を見上げた。
崩れやすそうな崖で、おまけに鼠返しのように上が出っ張っていた。
姫川は冷静に分析する。
「……落ちたら、助けでも来ない限り、脱出は難しいだろうな」
ケータイの電波もなく、助けが来るような場所でもない。
追い打ちをかけるように、余計に呼吸が苦しくなってきた。
「……あまり、息はしないほうがいいぞ。酸素がなくなっちまう」
姫川は右手で自分の口を覆いながら注意する。
神崎と邦枝も両手で口を塞いだ。
「…ねぇ、ひょっとして、毬江ちゃんはここで…」
口寄せで流れ込んできた毬江の恐怖と苦しみを思い出した。
立入禁止の掛札を見ることのできない彼女は迷い込み、このような場所で酸素欠乏で窒息死したからではないか。
「考えられるな」
「…なら、どこかに…」
“ダレカキタ”
“ダレダロウネ”
“コッチニオイデ”
「「「!!」」」
奥から聞こえた声にはっと振り向くと、人型の黒い影達が徐々に集まってきた。
子どもの背丈くらいのものもいれば、大柄のものまで。
“ミテ、キレイナ目…”
“息モシテル”
“血ノ巡リガヨサソウナ肌…”
“ウラヤマシイ体…”
“欲シイ”
“ヨコセ…ッ”
「…そろそろ、逢魔が時か…」
神崎は引きつった笑みを浮かべながら口にする。
時は夕暮れ。
奴らが活動し始める時間だ。
数が多い。
この土地で死んだ亡者達だろう。
「神崎…!」
邦枝が声をかけると神崎は「ああ」と頷き、手持ちのゴルフバッグのファスナーを開けて中身を取り出し、姫川と邦枝に投げ渡した。
姫川は、柄に十字架を刻んだ黒い警棒。
邦枝は、刃の部分に梵字が書き連ねられた布を巻いた折り畳み式の薙刀。
そして神崎は、隙間なく護符を貼りつけた金属バットだ。
3人は横に並んで哀れな亡者たちに武器の先端を向ける。
「次から次へと…。ここまで来たら、とことん付き合うけどね」と邦枝。
「少々乱暴な手だが、強制的に成仏させてやるよ」と神崎。
「神か仏、どっちのもとへ逝きたいかはてめーら次第だ」と姫川。
同時に、音も立てずひょこひょこと踊るような動きで亡者の群れが押し寄せる。
「うらぁっ!!」
神崎は迫りくる亡者たちを次々と金属バットをぶつけ、光の塵と化させ成仏させていく。
同じく姫川と邦枝も武器を当てて亡者たちを祓った。
体はとうの昔に朽ち果て、器もしがらみも持たない亡者たちを死後の世界へ送り届けるのは専用の武器さえあれば容易いが、数も多いうえ、こうして激しく動いている間も酸素が奪われていく。
長期戦は難しい。
「く…っ、はっ、はっ」
眩暈を覚えた邦枝はよろめいて壁に肩をぶつけた。
「邦枝!」
邦枝に這い寄る亡者を神崎が金属バットで祓う。
「苦し…っ、はぁっ、はぁ…っ」
「ゆっくり呼吸を繰り返せ。慌てて吸うと…」
神崎は邦枝を守りながら落ち着かせようとする。
すると、今度は姫川が片膝をついた。
「姫川!」
「くっ」
姫川は警棒を横に払い、真っ黒な手を伸ばした亡者を光の塵に変えた。
「神崎…、キリがねえうえに場所も悪い…っ、はぁっ、援護してやるから…っ、読経でカタつけんぞ! 死んだ人間の対処はおまえの方がいい…!」
息を荒くしながら姫川はまくし立てる。
読経中は無防備になるため、誰かが援護しなくてはならない。
いつもなら夏目と城山にそれを任せるのだが、今この場には苦しげな姫川と邦枝しかいない。
「私なら…、心配しないで…っ」
邦枝は前を見つめ、薙刀を構え直す。
奥歯を噛みしめた神崎は数珠を取り出し、合掌した。
「やるからには持ち堪えろよ!?」
姫川に守られながらの読経は久しぶりだった。
あの事件のことでいざこざはあったが、やはり誰よりも信頼できる。
目を閉じて集中し、経典を唱え始めた。
確認した姫川は神崎に向かう亡者たちを邦枝とともに祓うことに集中する。
“ウケケケッ”
「!!」
神崎に両手を伸ばす亡者を祓うと、背後に近づいた小柄な亡者に気付かず、そのまま背中に抱き着かれてしまう。
その際よぎる、過去のトラウマ。
幼い頃、人には見えないものがはっきりと見えてしまい、周りの一般人にそれを訴え、見下ろされた時の冷めた目。
憐れむような、嘲笑するような、気味悪がるような、そんな目を何度も向けられた。
どうしてこんな奴らのために祓ってやらなければならないのか。
どうせ、悪魔の存在など信じてないクセに。
やらせと思っているクセに。
どうして、どうして、どうして。
「っ離れろコラァ!!!」
自身の闇に取り込まれる前に警棒を振り回して祓う。
道連れにしようとする亡者に触れられると、そうやって闇を見つめさせ、追い込もうとする。
「姫川!」
「平気だ! 神崎の集中力を乱すな!」
神崎は揺らがないように目をぎゅっとつぶっている。
途中でも詠唱を間違えたり止まったりすればまたやり直しになってしまうのだ。
(オレがやらねえと…!!)
「喝!!!」
詠唱の仕上げに最後に叫ぶと、神崎を中心に波紋のように光が広がり、広範囲にいた亡者たちまで光に包まれて消えた。
「…やったか!?」
神崎が目を開けると、そこには力尽きて倒れた邦枝と姫川の姿があった。
「邦枝! 姫川!」
何度も亡者に触れられたのだろう。
2人の体に黒いモヤのものが絡みつき、2人は過呼吸を起こしたように、ひゅ、ひゅ、と呼吸を繰り返していた。
神崎は2人の体に護符を貼り付け、清めの詠唱を唱えて黒いモヤを祓い、その場に膝をついた。
「クソ…ッ!!」
成す術はないのか。
神崎まで眩暈を覚えた時だ。
“かーごめかーごめー
「!!」
“かーごのなーかのとーりーはー”
奥から、歌声が聞こえた。
立ち上がった神崎は誘われるようにそちらに足を向け、ふらつきながら歩を進める。
“いーついーつ出ーやーるー
金属バットを構え、臨戦態勢になった。
次は、自分が邦枝と姫川を守る番だ。
“よーあーけーのーばーんーにーつーるとかーめがすーべったー”
「…!」
“うしろのしょーめんだぁれ?
「……久々津…毬江…」
ゆっくり振り返ると、マリー人形を抱いた白骨死体がそこにあった。
“おにいちゃんの、勝ちだよ”
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