神と仏、どちらに縋りますか?
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かつて菊江と毬江が住んでいた街に向かったのは、姫川、神崎、邦枝、菊江の4人のみだ。
蓮井と花澤達は夏目と城山の二の舞になりかねないので相談した結果残ってもらった。
運転は姫川、助手席に神崎、後部座席には邦枝と菊江が乗っていた。
途中、高速道路を使い、2時間ほど走らせてから高速を降りる。
「ふぅ…」
菊江は車内でも構わず、ライターを使ってタバコを吸っていた。
もう5本目だ。
充満しないようにちゃんと窓を開けている。
「ライター見つかったのか?」
「ええ。主人が見つけてくれたの。ダイニングに落ちてたって」
神崎の問いに煙を吐いてから答える。
「あまり邦枝の近くで吸ってやるなよ。イタコは喉も大事なんだからな」
姫川に注意され、菊江は邦枝を一瞥してから開いた窓に向かってまた煙を吐いた。
「……これで最後にするから」
その町に到着するまで、出発してから3時間もかからなかった。
昼とはいえ、目的地に着くまで警戒していた神崎達だったが、菊江を乗せた車にはさすがにマリー人形も手出しはしないのだろう。
菊江の言った通り、山に囲まれた小さな町だ。
ただ、昔と違い、近隣の町が都市化するにつれ、この町は徐々に衰退してしまったようだ。
住宅街の道ではほぼ老人しか見かけず、車もあまり見かけない。
「たった4・5年で寂れたものね」
大通りを走らせていると、菊江が窓の風景を眺めながら呟いた。
「昔はもう少し活気があったのに…」
当時の事を思い出しているのだろう、懐かしいような、寂しいような表情をしている。
「……家は?」
「2つめの角を曲がって直進。畦道を越えたら、あたしの家がある」
姫川をナビゲートし、菊江はまた黙って窓の風景を眺めた。
2つ目の角を曲がって直進すると、住宅街を抜け、車一台でやっとの幅の、田んぼに挟まれた畦道を見つけて渡り、山道に入ると小さな門が見えてきた。
「止まって」
菊江が言うと、姫川はブレーキを踏んで門を前に止まる。
すると菊江は車から降り、バッグから小さな鍵を出した。
それを閉門の鍵穴に差し込んで門の錠を解き、スライドさせて開ける。
錆びているのか、ぎぎぎ…、と音がした。
それからまた後部座席に戻ってくる。
「いいわ」
再び走る車。
門を抜けると、2階建ての大きな洋館に到着した。
元は、菊江の祖父の別荘だった。
洋館の庭に停車し、神崎達は車から降りる。
「ここか…」と神崎は家を見上げた。
菊江は神崎と姫川の間を通過し、バッグから家の鍵を取り出して玄関のドアを開ける。
「父さんに頼んでもらってきたの」
「だから準備に1時間もかかったのか」
「窓割って入るわけにもいかないでしょ」
先に菊江が中に入る。
埃っぽい匂いとともに懐かしい匂いがした。
神崎達は菊江のあとに続きながら、廊下を渡った。
「…どうだ、邦枝」
一度その身に毬江を憑依させた邦枝は、毬江の感覚を共有していた。
「うん…、この匂い…」
確かに毬江の記憶していた匂いと同じだ。
地下室に立ち寄ると、骨董品が並べられた棚はそのままにされていた。
「ここで毬江ちゃんがマリーと出会ったのね」
暗がりだが、今のところ嫌な気はない。
それから、今はカラッポとなった菊江の部屋、毬江の部屋、書斎、ダイニング、キッチン、浴室をあたったが、変化はなかった。
「…おい」
菊江を毬江の部屋に残し、姫川は神崎と邦枝を隣の菊江の部屋に呼び出した。
「さっき、蓮井からメールが届いた。久々津毬江。現在行方不明となってるが、享年は9歳。先天性の視覚障害者だ。産まれた頃から目が見えなかったらしい。母親は毬江が生まれて2年後に亡くなってる。菊江とは仲睦まじい姉妹だったようだな。父親が出かけてる間は全部菊江がひとりで毬江の世話してたそうだ」
今の菊江からは想像できない姿だ。
どちらかといえば誰かに毬江を押し付けてもおかしくない、と失礼なことを思う神崎。
「毬江が行方不明になってしばらくして、この家から出たようだな。それからしばらくふさぎ込んでたみたいだが、前々から菊江の父親の会社で勤務していた宗田修太郎と2年前に結婚…。婿養子だったか。ちなみに旦那の方は、菊江が引っ越したらついてくるように同じ町に越したらしい」
「悪い意味で言ったらちょっとしたストーカーだよな」
「神崎」
神崎を叱咤する邦枝。
「……………」
姫川がケータイを見つめたまま考え事をしていると、神崎は「くらっ」と姫川のリーゼントをつかんだ。
「いだだっ」
「またそうやってマイワールド突入しやがって。何か言いたげな顔すんなよ地味に気になんだよ」
リーゼントに神経が通っているのか痛がって抵抗しようとする姫川と、両手でリーゼントをつかんで睨む神崎。
それを眺めていた邦枝は小さく手を挙げた。
「あなた達って、より戻したの?」
見様によっては仲が良さそうな2人に悪気なく尋ねる。
それに過剰に反応したのは神崎だ。
「戻してねえよっ!! 変な言い方すんな!!」
「いだ―――っ!! 千切るかコラァ!!」
「もう…、話は終わり? あまり菊江さんをひとり残しておくのも危ないと思うけど…」
呆れてその光景を眺め、ふと不安を覚えた邦枝は一度毬江の部屋で待っている菊江のもとへと戻った。
「……より戻る気ねーの? 正直な話」
「ねーよっ。正直な話!」
猫のように威嚇していると、邦枝が慌てた様子で戻ってきた。
「菊江さんがいない!!」
「「ぁあ!?」」
それから慌てて館内を探し回ったが、見逃しがないように隅々まで探しても菊江の姿は見つからなかった。
「あのバカ…、動くなっつったのに…!」
町に向かったのだろうかと姫川は車を出そうとしたが、
「クソ!!」
車のタイヤはすべてパンクしていた。
ナイフで滅多刺しにしたような跡がある。
「“霊跡”を感じない。人の手でやられたみたいだな…。あの女か?」
“霊跡”とは、霊が悪さをした跡に残る霊気のことだ。
神崎達のような霊力を持った人間にしか見えたり感じたりすることができない。
「ねえ!」
そこで邦枝はあるものを発見して神崎と姫川を呼んだ。
雑草が生えた庭に、踏みしめた足跡が残されてある。
「…菊江さんじゃないかしら…」
「何考えてんだ…」
足跡は、裏の山へ向かっていた。
自分の意思か、マリー人形の罠にでも引っかかったのか。
いずれにしろ、放っておくわけにはいかない。
時刻はすでに午後だ。
「…タイヤはダメだが、これは無事だ」
姫川は車のトランクからゴルフバッグを取り出した。
それには3人にとって大事な物が入ってある。
盗まれていないことがわかってホッとする神崎と邦枝。
ジャンケンをして、神崎がそのゴルフバッグを持つことになった。
3人は意を決し、菊江の行方を捜すために、先頭に神崎、その後ろを邦枝、姫川の順に並んで山の中へと入っていく。
来るのを拒むように、木々が風でガサガサと不気味な葉擦れの音を立てた。
山道は進めば進むほど薄暗くなっていく。
子どもなら途中で泣いて逃げ出すだろう。
「菊江さ―――んっ!」
邦枝は名を呼んだが、返事はない。
「隠れてんのか?」と神崎。
「遠くへは行けねえと思うがな」と姫川。
5センチくらいのヒールを履いていたことを思い出す。
あの靴で、緩やかとはいえ、こんな山道を長く歩いていられるわけがない。
「毬江ちゃん、こんな山道を歩いていったの…?」
「途中で、どういう理由か杖をなくしちまって、右も左もわからず彷徨うことになったのかもしれねーな」
盲目の少女はどんな思いで遭難してしまったのだろうか。
想像するだけでも痛々しく、哀れだ。
どれだけ進んだのだろうか。
気が付けば、今度は緩やかな下り道になってきた。
「!」
「うっ」
「おっと」
神崎が急に立ち止まり、後ろにいた邦枝がその背中に顔をぶつけ、姫川は後ろにたじろいだ邦枝の肩を持って支えた。
「ちょっと、何…?」
邦枝は鼻を押さえ、神崎の向こうを見た。
「!」
“警告 この先 立入禁止”
行く手に立ち塞がるように木と木の間を結んだロープに、赤文字でそう書かれた木板がかけられてあった。
「「「……………」」」
ロープも木板も古びている。
ずっと前からあるものなのだろう。
一目見た邦枝は思わず冷や汗を浮かべた。
目に見える言葉が、こんなにも心をざわつかせる。
神崎は掛札を睨みつけ、一歩踏み出した。
「待って神崎!」
はっとした邦枝は反射的に手を伸ばして神崎の袖をつかんで引き止める。
「あ?」
「ここから先、嫌な気が満ちてるの! 進むのは危険すぎる…!」
邦枝が必死に言うのだから掛札の信憑性が増す。
神崎もチクチクと刺さる嫌な気を感じ取っていた。
「…おまえはここに残れ。あの女は、オレの依頼人だ」
「あ…」
躊躇わずロープを潜って向こう側へと行ってしまう。
それにはぐれまいと姫川も「お先」と邦枝を通過して神崎の背中を追いかけた。
「もうっ、だからアンタ達が関わると…っ」
邦枝も文句を言いながらそれを追う。
「……………」
邦枝はできるだけ2人から離れないようについていく。
見られている。
四方八方から視線を感じた。
道は下りのままだ。
のぼりより長く思えた。
「…っ、息苦しくない…?」
体も重く、呼吸もうまくできない。
背中に霊の気配はないのに、なぜか。
説明したのは姫川だ。
「ずっと下り坂が続いてる…。おそらく、ここから先は窪地になってるんだろうな」
「くぼち?」
神崎は先を進みながら問う。
「へこんでる土地のことだ。ところによっては二酸化炭素がたまりやすく、ヘタすれば酸素欠乏で死に至ることもある。掛札の警告はそういうことか…。大昔からあるなら、ここで何十人死んだんだろーな。富士の樹海には及ばねえだろうが、あちこち地縛霊だらけだぞ」
木々の陰からこちらを窺う黒い影達。
目を合わせないのが得策だ。
日があるうちは大人しいのだろうが、辺りが真っ暗になれば嬉々として仲間に入れようと群がってくるだろう。
神崎達は歩を速める。
「…仏(ほとけ)」
「「?」」
神崎の一言に首をハテナを浮かべる邦枝と姫川。
「仏教用語しりとりだ。次、邦枝、仏の「け」からな」
「ええ?」
「しりとりは魔除けになるんだよ。ほら」
「おまえ何気に自分の得意分野持ってきたよな?」
黙って進むよりはいいだろう。
邦枝は促されるまま、少し考えてから口にする。
「結集(けつじゅう)」
次は姫川だ。
「…盂蘭盆会(うらぼんえ)」
戻って神崎。
「縁起(えんぎ)」
「ぎ? ぎ…、ぎ…」
「10…9…8…」
「カウントダウン付きなの!? ぎ…、行(ぎょう)」
「また「う」かよ。…有為空(ういくう)」
「…有象無象(うぞうむぞう)」
「ちょっと! また「う」!?」
「10…9…」
「えーと、う…、う…」
カウントダウンに急かされながら頭を抱えていると、
「………あ」
「邦枝?」
列から、邦枝がそれた。
先に姫川が気付き、あとから神崎も立ち止まって振り返る。
「こっちに……」
何かに手を引かれるように邦枝がそちらに向かった。
後ろから神崎と姫川も追いかける。
すると、突然、邦枝の姿が消えた。
「きゃあああああぁぁ!!!」
引きずられる音とともに遠くなる邦枝の悲鳴。
神崎と姫川は弾かれたように駆け出し、邦枝の悲鳴を追いかける。
「邦枝!!」
「く…っ!!」
必死に追いかけた2人は、両手を伸ばして木や草にしがみつこうとする邦枝を発見した。
同時に、追いついた2人は、神崎は邦枝の右手を、姫川は左手をつかんで木につかまり踏ん張る。
「う…っ」
しかし、凄い力で引っ張られ、邦枝は痛みで涙を滲ませた。
神崎と姫川は持ちこたえながら邦枝の足首を見ようとしたが、茂みに隠れて見えない。
「チッ!」
舌打ちした姫川は聖水の入った小瓶を取り出し、茂みに向かって投げつけた。
パリンッ、と割れた音が聞こえ、聖水がかかったのだろう、邦枝をつかんでいた何かが離れる。
「「「!!」」」
解放された邦枝の足首を見ると、城山と同じく人形の手の痕が見つかった。
あのまま連れて行かれてたらどうなっていたか、邦枝は背筋を凍らせ、袖で何度も手痕を擦った。
それから立ち上がり、巫女装束に付着した土や落ち葉を払う。
「あっちもいよいよ本気だな…っ」
神崎は茂みの向こうを睨みつける。
「……あそこに来いってことか?」
茂みを掻き分けて進んだ姫川はあるものを見つけた。
続いて神崎と邦枝もそれを目撃する。
ぽっかりと口を開けた洞窟だ。
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