神と仏、どちらに縋りますか?
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気を失った神崎は、ソファーに寝かされて両目に濡れたタオルを置かれ、姫川達は次の手を打ってくるやもしれないマリー人形に構えていたが、マリー人形はそれから朝を迎える頃になっても現れなかった。
日の出とともに、一気に姫川達の緊張が解ける。
「…どうやら…、今日はもう……」
「パネェ疲れたっス…」
花澤は床に倒れ、疲労を露わにした。
邦枝達も胸を撫で下ろしている。
夜や暗がりでなければ、あちらは十分な力を発揮できないはずだ。
「邦枝…、何が見えた?」
毬江を憑依していた邦枝は、その者が生前見た光景や感情を感じることができる。
しかし、邦枝は目を伏せて複雑げな顔をした。
「…どうした?」
「……見えなかったの…。何も…」
ずっと、閉じていた瞼の向こうを何かがよぎるわけでもなく、暗闇が続いていた。
口寄せでこんなことは初めてだ。
顔を上げた邦枝は、自身の喉に手を触れる。
「でも…、死の間際、息苦しくて…、恐怖と悲哀がないまぜになった感情だけが…伝わってきた……」
「……もし、死者が生前盲目だったら…どうだ?」
「!」
ふと思い浮かんだ可能性を姫川が口にすると、邦枝ははっとした。
生前の記憶が見えないのも頷ける。
「問いただした方がいいな…」
今度は久々津夫妻を、と姫川が呼びに行こうとすると、「待て」と声がかけられた。
「神崎…」
神崎は両目の上に置かれた冷たいタオルを取り、身を起こした。
その際頭痛がしたのか、頭を押さえる。
「つ…っ」
「大丈夫なんスか?」
「すっげー頭がガンガンする…」
唸るようにぼやきながら、神崎は懐から数珠を取り出して右腕に巻き付けた。
「尋問するなら、オレも立ち会う…」
*****
「……さて、お疲れのところ悪いが…、話してもらおうか」
姫川は菊江の部屋から久々津夫妻を呼び出し、テーブルの席に座らせた。
修太郎はうつむき、菊江はぐったりと伏せている。
疲弊するのも仕方ないのだが、時間は刻一刻と容赦なく進み続けている。
おそらく次の夜が訪れれば、間違いなく惨状となってしまうだろう。
久々津夫妻も巻き込まれる恐れがある。
神崎は一呼吸置き、向かい側に座る夫婦に右腕をつきつけた。
「嘘偽りはなしだ。正直に答えてくれ。……毬江って誰だ?」
「………妹よ。私の」
顔を上げた菊江は答える。
タバコを一本咥え、吸おうとライターを捜した。
「少し年の離れた…妹。産まれて少しして母が死んだから、妹というより、娘のように…とても…可愛がってたわ…。……悪いけど、火、持ってない? ライターどこに置いたか忘れちゃって…」
「悪いが、オレらは吸わねえんだ」
「……そう。……そういえば…、あの時も…タバコのことが原因で…」
「あの時?」
神崎が聞き返すと、菊江は自嘲の笑みを浮かべた。
「喧嘩したの…。5年前、17の時に、親のマネしてタバコ吸っちゃって…、「タバコはダメ。体に悪いよ」って怒られちゃって…、腹が立って怒鳴ったのが最後…。あのコは怒って家を飛び出して…、そのまま…2度と帰って来なかった…」
「行方不明…」
聞いていた邦枝は呟く。
「きっと今でもどこかで元気にやってるんだと思ってた…。でも…、あのコ、死んじゃったのね…。光を見れないまま…」
「やっぱり、盲目だったのか」
そこで、菊江の部屋に寄っていた姫川はあるものを持ってきた。
菊江の部屋で見かけた、新聞紙に包まれた長い棒だ。
新聞紙を外してみると、視覚障害者用の白杖が出てきた。
「ちょっと、勝手に…!」
「これをどこで?」
咎める菊江に構わず姫川は問う。
「……捜索中に発見されたものよ」
「あの騒動の時、私もいました」
「そっか…。幼馴染だもんな」
修太郎にとっては、血は繋がってなくても毬江も可愛い妹のひとりだっただろう。
「山に囲まれた小さな町だったので、すぐに見つかるかと思ったのですが…。菊江が住んでいたところが山寄りだったのも祟ったのでしょう。山で遭難したんじゃないかと探し回りましたが、一ヶ月探しても見つかりませんでした。代わりに、その白杖が…」
捜索中に雨が降ったこともあった。
そのせいか、当時は、泥まみれの状態で発見されたらしい。
「……あの人形との関係は?」
一度間を置いて神崎はマリー人形のことを尋ねる。
ライターも見つからず、菊江は諦めてタバコを箱に戻してから答えた。
「毬江が見つけたものよ。毬江が…、7か、8つの時だったかしら。誤って地下室に入っちゃって出れなくなってしまった時に見つけたみたい」
その時のことを思い出しながら菊江は語る。
毬江が生まれる前に亡くなった祖父が趣味で集めていた骨董品は、地下に保管されていた。
マリー人形もそのひとつだろう。
家中を探し回っていた菊江は、人形を抱いた毬江を見つけて救出した。
不思議なことに、毬江が地下室のドアには外側から鍵がかけられていた。
「このコ、新しいおともだち。マリーって言うの」。
自分と似た名前をつけたのだろう。
毬江は人形を娘のように可愛がり、菊江も寂しさが和らぐと思ってマリー人形の事は気にも留めなかった。
そして、運命のあの日、「きくえおねえちゃんなんか知らないっ」と毬江はマリー人形を抱いて家から出て行ってしまった。
どうせ、遠くにはいかないだろうと決めつけた菊江は毬江を追いかけず、夜になってから後悔することになった。
「…あたしが、毬江を…殺しちゃったのかな…」
菊江は宙を見つめたまま呟き、うつむいた。
修太郎は慰めるようにその小さな肩を抱く。
「悪いのは、あの人形だよ。きっと毬江を、連れて行ってしまったんだ…」
「あたしが…あの人形を取り上げていれば…」
何を言っても、菊江は自責の念にとらわれてしまう。
「……遺体は、見つかってないんだな?」
神崎は念を押すように尋ね、菊江は苛立った口調で返した。
「だから、行方不明だって言ってるじゃない…」
「……だとしたら、地縛霊になってる可能性が高い」
「地縛霊…?」
「供養されず放置された死者は、自分が死んでいることも理解できず、彷徨っちまう。本来は死んだその土地に留まるもんだが、どうやら、遠出ができる地縛霊のようだ。…元をなんとかしねーとな」
神崎は立ち上がり、久々津夫妻を見下ろす。
「出立だ。その家に案内してくれ。毬江を探し出す」
「い、今ですか!?」
修太郎は突然のことに驚いた声を上げた。
「急を要して悪いな。だが、今晩で決着付けねえと…。あっちも相当オレ達に怒り狂ってる思うからな。今度は手加減もしてくれねーだろうよ」
「…いいわよ」
立ち上がった菊江は頷く。
その目は、何かを覚悟した色をしていた。
「準備するから待ってて。…あなたは、あたしに構わず仕事に行って」
「けど、菊江…」
「忘れたいと思ってたけど…、毬江を見つけたいの…。死んでることがわかって…決心がついた」
「……………」
修太郎は真っ直ぐ見つめる菊江の肩に手を置き、「気を付けて」と口にした。
決まった以上、ぼやぼやしてはいられない。
準備に取り掛かる。
菊江は着替えと荷物を取りに行くために自室に戻り、姫川は車を用意するためケータイを片手に玄関へと向かう。
その際、神崎の手首をつかんで一緒に部屋を出た。
「見せろ」
ドアが閉まるなり、姫川は神崎の右腕の袖をめくった。
「……!!」
神崎の腕には、きつく縛られたかのように、くっきりと数珠の痕があった。
「…仏に対する信仰心が薄れた人間が増えちまったもんだ…。ウソツキは、地獄で閻魔さまに舌を引き抜かれちまうんだぜ?」
神崎は、ベッ、と舌を出す。
苦虫を噛み潰したような顔で。
数珠を右腕に巻いた神崎に誰かが空言を述べれば、数珠が蛇のように神崎の右腕をきつく締め付ける。
一時的に血管がせき止められるほどだ。
神崎はその痛みに耐えながら、久々津夫妻の話に耳を傾けていた。
「……どっちだ?」
「オレの数珠は、罪人を嫌う。今までどれだけ嘘偽りを繰り返してきたんだろうな…。近くにいた時点で、すでに数珠が反応を見せていた。だから…」
どちらがウソを言っているのか、あるいはどちらもウソなのか、神崎に詳細な判断はできなかった。
これ以上尋問しても同じことだろう。
しかし、何か隠されているとわかっているだけでも、姫川には動きやすく思えた。
「…出発までに、蓮井に頼んで久々津夫妻について調べられることは調べておく。おまえは素知らぬ顔でいろ」
「言われなくても…」
トゲのある口調で返した神崎が部屋に戻ろうとすると、姫川は神崎がドアノブをつかむ前につかんだ。
「体調はどうだ?」
「あ?」
「オレが必要ないなら、自分の弱点に気をつけとけ」
「……………」
神崎が、わかってる、と睨むと、姫川はドアノブから手を放して再び口を開いた。
「死者は、人間だから話が通じる奴は多い。念仏で語りかければ耳を傾ける奴もいる。…だが、子どもの霊は違う。善悪の判別がつかなければ、自身の制御もできねえんだ。…今回、必要とあらば地に堕とす、って言ってたな…? 邦枝の口寄せで毬江の存在を知っても、決心は揺るがねえか? 神崎、おまえができなかったら、オレがやる…」
そこで神崎は姫川の胸倉をつかんで引き寄せた。
「みくびんな。天下の恵林気寺の次期当主・神崎一様だぞ。…てめーにそんな汚れ仕事押し付けるほど、堕ちちゃいねーよ。それに、堕とす時は、オレが諦めた時だ。いい加減成仏させてやる」
力強い言葉と不敵な笑みを残した神崎は、姫川の胸倉から手を放して部屋へと戻った。
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