神と仏、どちらに縋りますか?
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日も暮れてきた。
神崎は護符の、姫川は結界の確認をする。
久々津夫妻には昨夜と同じように護符を張り巡らせた菊江の部屋で隠れていてもらう。
「人形が入ってから結界を張れるようにはセッティングしたんだろうな?」
「そっちこそ、護符に脱字はねーだろうな?」
互いのミスを再確認すると、唐突に姫川が、ふ、と笑った。
「な…んだよキメェな」
「半年ぶりじゃねえか? こーゆー会話」
姫川は懐かしげに口にし、ソファーに座って脚を組む。
神崎は「そうだっけか?」と言って護符の再確認をした。
「あの時のこと、まだ怒ってんのか? …まあ、アレのせいで、おまえのところにはほとんど“梅”しか回って来なくなったかもしれねーけどな」
「……そこはどうでもいいんだよ」
「ん?」
「あ゛ーっ、うっせーな! 黙ってろよ! こっちは集中してんのに…」
言いかけている途中で突然、いつの間にかソファーから離れた姫川に後ろから抱きしめられ、動きを止めた。
それから一気に首から頭のてっぺんまで血がのぼって真っ赤になる。
憤りやら羞恥やらがごっちゃだ。
「…こうしてまた一緒に仕事できるのも、神のお導きってやつだろ? あっさり終わるもんかと思ってたら…」
「か…、神なんざ信用してねーだろうが。こっちは仏教だし…。あと不謹慎なこと言ってんじゃねえよ。こっちは重傷人出てんだぞ」
神崎の声は震えていた。
「オレとまた組む気はねえのか? オレと一緒なら、“竹”の仕事がばんばん入ってくるぜ?」
「ねーよっ。てめーと組むくらいならチンパンジーと組むわ! 早く放せよっ。ここをどこだと思ってんだっ」
ようやくフリーズ状態から解凍された神崎は姫川の腕の中で暴れ、すぐに離れた。
「あ」と姫川が伸ばす手を払い落とすと、姫川は拗ねたように口を尖らせる。
「正直…、オレ、おまえとやり直したいんだけど」
「な…っ」
恥ずかしげもない発言に神崎はたじろいで壁に背中をぶつけた。
逃げ場がないのをいいことに、姫川は神崎の顔のすぐ横に手をつける。
いわゆる壁ドンというやつだ。
「おまえだって、オレがいないと色々と困るだろ?」
「~~~っ、てめぇなぁ…っ」
上から目線の言い方が気に入らず、これでもかと睨みつけた時だ。
タバコの匂いがした。
「「!」」
神崎と姫川はダイニングのドアにはっと振り向く。
そこには、やはり無表情でこちらを眺めながらタバコをふかしている菊江が立っていた。
「……あ、続けていいわよ」
私の事なら構わないで、と小さく手を上げる菊江。
「……神崎、オレと……」
「続けるなよっ!!!」
つっこみとともに鋭いミドルキックをかまし、姫川から離れてベランダの傍に寄った。
「アンタも! 勝手に部屋から出てんじゃねえよ!!」
人差し指をさして注意すると、菊江は「悪かったわね」と不機嫌そうな顔をして小さな携帯灰皿に吸い殻を押し付けた。
「トイレと一服がしたかっただけよ。あたし、自分の部屋じゃ吸わないの。それに、この時間なら、あのコはまだ現れないはずよ」
「誤解してるようだが、あいつらは日が沈めば適当に現れるだけだからな。時間厳守してるわけじゃ…」
蹴られた腰を押さえつけ、姫川も説教しようとした時だ。
菊江が目を大きく見開き、携帯灰皿を落とした。
床に散らばる灰と吸い殻。
しかし、それどころでないのか気にも留めず、恐怖で顔を強張らせ、視線はベランダの窓へと向けられていた。
ひゅ、と息を吸い込み、吐きだされたのは絶叫だ。
「いやぁあああああああっっ!!!」
「「!!!」」
神崎と姫川は背後の気配に振り返る。
「神崎…っ!」
マリー人形は、神崎の肩につかまっていた。
ガラス製のブルーの瞳が、神崎を見つめている。
「はい、はんそく」
パァン!!
ダイニングの電灯が突然割れ、暗闇に襲われる。
「うおっ!?」
瞬間、神崎の体をカーテンが縛り、物凄い力で引っ張られてベランダの窓を突き破り、カーテンで包まれたまま欄干の向こうへ放り出された。
「く…っ!!」
「神崎!!!」
姫川はガラスが散った床を走り、ベランダから身を乗り出してカーテンの端をつかみ、神崎も20階の高さから落ちてなるものかと自身を包んでいたカーテンをつかんだ。
真下に頭に巻いていた包帯が落ちていく。
姫川が間一髪つかんでくれたおかげで落下は免れ、宙づりとなった。
「う…ぐっ!! 放…すなよ…!!」
「く…、う…っ!」
神崎はカーテンをのぼり、欄干をつかんでベランダに背中を打ち付けた。
姫川がカーテンを放すと、カーテンは風に乗って飛ばされる。
「はぁっ、はぁっ」
生きた心地がしなかった。
神崎と姫川の額に冷や汗が浮かぶ。
姫川は神崎の背中を見たが、そこにいたはずのマリー人形はいなくなっていた。
今度はどこに行ったのかとダイニングを見ると、
「きゃあああっ!!!」
マリー人形は両手を伸ばし、ゆっくりとした歩幅で、腰を抜かして床に尻餅をついた菊江に近づいていた。
初めて二足歩行を覚えた赤ん坊が、甘えにいくように。
「…―――ちゃん、き…く…ちゃん。き……く、お、ね……ちゃん」
「嫌ぁ!! 来ないで!! いやああああ!!!」
一度、人形の動きが止まる。
それを見逃さず、人形に飛びかかって上から押さえつけた。
「やれぇ!!」
神崎が怒声を上げると、姫川は聖水が入った小瓶を取り出し、神崎とマリー人形を中心に円になるように床に垂らし、十字を切って詠唱を唱える。
神崎はマリー人形が結界に縛られたことを確認してから円陣から出た。
普通の人間には見えないが、マリー人形には円柱型の結界に覆われている。
「うううう~っ!!!」
マリー人形は怒ったように唸りながらカタカタと体を震わせる。
姫川は詰まらないように集中しながら詠唱を唱え続けた。
しばらくして、ようやくマリー人形は完全に動かなくなる。
あくまでも動きを封じる結界なので、姫川は詠唱を止めずにケータイを取り出してメール画面で文字を打って神崎に見せつけた。
「!」
“専門家を呼ぶぞ。イタコに電話”
詠唱中では喋れないので神崎に任せる。
頷いた神崎は、姫川のケータイから連絡を取った。
先に男鹿か古市にかけ合わなければならない。
「もしもし、男鹿か? 神崎だ。持ち主は今詠唱中で口が話せねえんだよ。ああ。捕まえた。んで、イタコをこっちにひとり寄越してくれ。アイツがいい。…できるだけ急いでくれ。姫川の詠唱が途絶える前に」
マリー人形を見て、さらに怒りが湧いた。
昨夜は言うなれば腕試しだったのだろう。
昨日よりも強力な結界を張っているのに、抵抗しようとしている。
最初からマリー人形が本気でかかってくれば、とっくに殺されていただろう。
こちらを見つめるマリーのガラスの瞳には、憎悪が纏っているように見えた。
マリー人形も、痛い目に遭おうが引かない神崎達に苛立っているのだ。
「怒ってんのか…? オレもな、はらわた煮えくり返ってんだよ…っ」
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