神と仏、どちらに縋りますか?
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日も暮れ、あとは派遣社員の仕事だからと男鹿と古市が引き上げたあと、部屋には、神崎、姫川、夏目、城山、菊江、修太郎の6人がいた。
念のために、神崎から菊江には護符、姫川から修太郎には十字架が手渡される。
「神と仏がごっちゃだけど、いいの?」
菊江は護符を見つめながら不安を口にした。
「神を信じているなら十字架と交換してもらえ。こいつみたいに押し付けるわけじゃねーから」
「いつ押し付けたよ? 言っとくが、オレは神父だが、神なんざ信じてねえから」
「あの…、神父さんがそれでいいんですか?」
修太郎は思わず口に出したが姫川は無視してダイニングに聖水を撒いた。
夏目と城山は菊江の部屋の壁やドアにたくさんの護符を貼り始める。
「お2人は、菊江さんの部屋にいてください。マリーに見つからないように護符で護られてますので」
城山の指示に、菊江と修太郎は素直に従い、菊江の部屋へと移動する。
ダイニングには、4人だけとなった。
「よし。城山はマンションのエントランスで待機。夏目は部屋のドアの前で見張っててくれ。…一応おまえらだけは私服に着替えとけよ?」
菊江が嫌がるので。
「えー、法衣の方がやる気出るのに」
「夏目」
「はいはい」
神崎の指示なので城山が代わりに叱咤し、夏目はその場で着替え始めた。
取りに行く時間がなかったので、修太郎の服を借りる。
2メートル越えの城山には少しきついくらいだ。
「では、行ってきます」
「オレ達がいないからって喧嘩しちゃダメだよ?」
「母親かてめーは。仕事はきっちりやるから早く行け」
(喧嘩しない、とは言い返さないんだ…)
内心で呟き、夏目は城山とともにポジションに移動する。
ダイニングには神崎と姫川だけが残された。
神崎はベランダに出て人形が来ないか確認し、姫川はソファーでくつろぎながら呑気にケータイをいじっている。
「…緊張感のねーやつだな」
「なんか言ったか?」
割と小さな声で呟いたつもりが、姫川の地獄耳には聞こえたようだ。
神崎は欄干にもたれ、「別に」と素っ気なく返す。
背中には振り返らなくても姫川の視線を感じた。
居た堪れず、神崎はケータイを取り出して城山と連絡を取る。
“はい”
「そっちはどうだ?」
“今のところは…。ただ、マンションを出入りする人に不審な目を向けられます”
考えると、城山ほどの大柄の男がマンションの前で立ち尽くしていたら誰だって怪しむだろう。
「通報されねえように気をつけろよ」
城山に異変がないのなら、夏目の方も大丈夫だろう、そう考えた神崎。
“そういえば神崎さん…―――”
「? おい、城山?」
ザザッ、と雑音が入り、城山の声がよく聞こえない。
“神ざ…っ、さ…、か…ん、………、ナニシテアソブ?”
「!!?」
突然の子どもの声に驚いた神崎は大きく目を見開いた。
「来たか」
目つきを鋭くさせ、ケータイをしまった姫川はソファーから立ち上がる。
「来るぞ!!」
ベランダからダイニングに移動した神崎は、ベランダの窓を勢いよく閉めて護符を貼りつけた。
同時に、ダイニングの電気が消えた。
「もう入ったのか!?」
夏目と連絡を取ろうとしたが、
“あのあそびにしましょ。ワタシ、とくいなの”
聞こえたのは、あの声だ。
いくらボタンを操作しても言うことをきかず、神崎は床に落とした。
“かーごめかーごめー”
そこから聞こえてくるのは、聞きなれたあの童謡だ。
“かーごのなーかのとーりーはー”
神崎と姫川はその場に背中合わせになり、歌が進むごとに重くなる空気を感じ取る。
肌寒ささえ覚えた。
“いーついーつ出ーやーるー
暗闇の中で視界も少し慣れてきた。
“よーあーけーのーばーんーにーつーるとかーめがすーべったー”
「おい」
「ああ」
確かに、自分達以外の気配が、そこにある。
“うしろのしょーめんだぁれ?”
おそるおそる、2人の視線がそこに移った。
ダイニングの部屋の隅に、写真で見せられたのと同じマリー人形が立っていた。
「いつの間に……」
神崎が呟くと、マリー人形は小さな歩幅で歩きだし、2人の横を通過して何かを探すようにダイニングを歩き回る。
「……夫妻を捜してるようだな…」
姫川は声を潜ませて言った。
久々津夫妻なら、護符が貼られた菊江の部屋で隠れている。
マリー人形にはその部屋が見つけられないのだ。
5分ほど歩き回ったマリー人形は、神崎と姫川に背を向け、閉められたドアの前でピタリと立ち止まった。
「……どこ?」
「「!」」
今度は人形自体が言葉を発した。
すると、身の回りの家具がガタガタと震えだす。
恐怖で身震いするように。
ぐるりっ、とマリー人形の首が180度回り、大きな碧い瞳で2人を見た。
「どこにかくしたのおおおおおぉおぉ!!?」
瞬間、その状態で2人に向かって突進してきた。
怪奇との親しみがない人間なら発狂しているところだが、生業とする2人の判断は冷静だ。
「姫川!!」
「もう張ってる!!」
姫川はその場に片膝をつき、床に手を当てて結界を発動させた。
聖書を唱え、宙に飛んだマリー人形は糸で縛られたかのように空中で動きを止め、その隙に神崎はマリー人形の額に札を貼り付けて経典を唱える。
2人とも、互いの詠唱につられないように集中し、小さく震えるマリー人形の動きが完全に止まるのを待つ。
しばらくして、マリー人形は音を立てて床に落ちた。
「……堕ちたか?」
「……………」
神崎はマリー人形を拾い上げ、“中”にいた何かがいなくなっていることを確認し、姫川に頷いた。
部屋の電気も再び点灯し、空気も正常に戻ったようだ。
少しして、部屋に夏目と城山が駆け込んでくる。
「神崎さん!」
「大丈夫!?」
マリー人形が来訪した間、異変を感じ取った城山と夏目は何度も部屋に入ろうと試みたが、ドアノブさえ回せなかったらしい。
「心配したけど、お祓いは成功したみたいだね」
「さすがです、神崎さん!!」
「当然だろうが。このエセ神父がいなくてもオレひとりで解決できんだよ」
「おい」
誰が結界を張ってやったと思ってんだ、と睨む姫川。
何か言いたげな姫川を無視し、神崎は菊江の部屋にいる久々津夫妻の報告に向かう。
安全確認のため、姫川もそれについていった。
ドアをノックして開けてもらい、神崎は早速、祓ったばかりのマリー人形を見せた。
「や、やったんですか?」
「ちょっと! 持ってこないでよ!」
神崎が人形を見せつけると、菊江は怯えて自室の部屋の隅に逃げる。
青筋を浮かばせた神崎は「ご心配なく。この中にいた霊は祓いましたので」と引きつった笑みを浮かべて安心させた。
「ほ…、ホントに…?」
疑わしい目だ。
神崎達が来るまで除霊に失敗し続けていたので無理もない。
「?」
神崎の後ろから部屋を覗き込んだ姫川は、ベッドの傍らに立てかけられたあるものに目を留めた。
新聞紙に包まれた長い棒のようなもの。
化粧品が並べられた鏡台やシルクのダブルベッドがある菊江の部屋には似つかわしくないものだ。
「この人形、おたくらはどうしたい?」
神崎はただの人形となってしまったマリー人形の処分をどうするか持ち掛けた。
「決まってんでしょ!」
「……燃やしてください」
菊江は即答だったが、修太郎は悩むように視線を彷徨わせた挙句に静かに答えた。
「わかった」
依頼人がそう望むのなら、それに従うまでだ。
「あとでまた仲介人から連絡があると思うから、オレ達は一度引き上げる。…行くぞ」
神崎達4人は、マリー人形を持ってマンションを出た。
念のため、マリー人形の額に札を貼り、ちょうどいいサイズの木箱に入れておく。
「これはオレが預かっておく。明日中には知り合いの人形寺に持って行ってちゃんと供養してもらうからな」
「…トドメを刺したのはおまえだ。勝手にしろ」
姫川はあっさりとマリー人形を神崎に譲った。
そのあと、城山が車をとって戻ってきたので、神崎はマリー人形を入れた木箱とともに後部座席に乗り、城山は運転席、夏目は助手席に座る。
姫川は、執事の蓮井が来るまでマンションの前で待機だ。
「神崎」
城山が車を発進させる前に、姫川は後部座席の窓を軽く叩いた。
神崎は窓を開けて「なんだよ」と露骨に嫌そうな顔をする。
「…気をつけろよ」
「…は?」
突然の忠告に神崎はキョトンとした顔をした。
「あっさりしすぎると思わねえか? 今回は、オレ達の基本形でなんとかやってみせたが、人形の中の正体も悪魔か悪霊か判明してねえのに…。正直な話、失敗すると考えてた」
「はっ。相変わらずネガティブなヤロウだな。オレが確認したら、確かに人形の中はいなくなってたんだ」
一笑した神崎だったが、姫川は真剣だ。
「神崎…」
「仕事は終わった。オレは人形をもらってくが、金はそっちでもらっていけばいい」
冷たくあしらうように返した神崎は、窓を閉めて城山に車を発進させた。
姫川はそれを見送ったが、胸の内は真っ黒な不安が渦巻いていた。
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