神と仏、どちらに縋りますか?
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「なるほど…」
都内を走る車の中で、男鹿から裏話を聞いていた助手席に座る神崎は、依頼書を眺めながら返す。
「ついにオレのところにまわってきたってことか…」
「…先日、有名どころの霊媒師もやられちまったし…。入院半年だってよ」
後部座席に座る男鹿は頭の後ろで手を組みながら明かした。
「命があるだけでもよかったじゃねーか」
「向こうは、祓ってくれるならいくらでも報酬出すって」
「……………」
眉間に皺を寄せたまま黙り込む神崎に、男鹿は失言に気付く。
男鹿の隣に座る夏目は「男鹿君…」と柔らかく叱咤した。
「何度も言うが、オレは…」
「金のために祓うわけじゃない。…知ってる」
何度もそれで気を悪くさせたことを男鹿は思い出した。
「ああ。それと、どっかのアホ思い出すからやめろ」
金に関しては汚い人物が脳裏に浮かび、神崎の目つきがさらに悪くなる。
通りすがりの幽霊も怯むくらいだ。
「神崎さん、到着しましたよ」
車が目的地に到着する。
都内にあるタワーマンションだ。
車から降りた神崎達は空を突き刺すようなそれを見上げる。
「依頼人は、20階の2005号室に住んでる」
「…引っ越しを転々と繰り返してるクセに、高そうなところに住んでるんだな」
神崎は嫌味混じりに呟く。
「昔は、ここよりも高そうな一軒家に住んでたが、事件があってからは痛手の少ないマンションを選んで過ごしてたらしい。…安物アパートとかじゃ、ブルジョアってのは落ち着かねぇんじゃねーか?」
「チッ…、だから、タチの悪い悪霊に憑りつかれちまうんだろが」
4人は並んでマンションの玄関へ向かい、外に設置されてあるインターフォンに部屋番号を打った。
呼び出しボタンを押そうとすると、男鹿のケータイが着信を告げる。
「もしもし? ええ。もう到着しましたが…」
依頼人からだ。
「は!?」
指示があった。
マンションの裏手にある非常口階段を開錠してもらったので、そこから階段を上がってうちまで来てほしいとのことだ。
それを聞いた神崎達も愕然とした。
「ふ…ざけんなよ。なんでオレらが…」
せっかくエレベーターがあるのに、20階までのぼるのがどれだけ大変か。
「世間体を気にしてんじゃない?」
到着した頃には息が上がっていた。
階段を上がった先に待っていたのは、依頼人だ。
偉そうに腕を組み、タバコを吸いながら神崎達を見下ろしている。
短い赤色のワンピースを着た、ショートカットの黒髪の20代前半の女性だ。
見るからにプライドが高そうである。
「…見るからにその風体…。噂通りね。変な噂が立つから、階段をのぼらせたのは正解だわ」
「あ?」
「神崎君、依頼人依頼人」
青筋を浮かべて引きつった笑みを浮かべる神崎を夏目はなだめる。
「事前に言ってくだされば、こちらも気を遣って服装を変えることができたんですがね」
トゲのある口調で言うのは男鹿だ。
こちらも青筋を浮かべている。
「男鹿、おまえまで…」
男鹿は城山がなだめた。
「こっちよ。人目に気を付けてね」
労いも詫びの言葉もなく、神崎達を自分の暮らしている部屋へと案内する。
片廊下なので、風向きで依頼人からきつい香水の匂いがした。
神崎と男鹿はこめかみをピクピクさせながらそれについていく。
「態度最悪だな」
「電話ではネコ被ってたみたいだけどな」
神崎と男鹿は声を潜めてかわす。
案内されたのは、予想通り2005号室。
順番に部屋に上がり、ダイニングにやってきた。
「あ」
そこには、先客が来ていた。
その場にいる全員が目を丸くしている。
神崎の依頼人である女性の旦那の向かい側に座る男は、姫川と、古市だったからだ。
「てめ、姫川…!!」
「おーおー、こいつはどうゆーこった、古市」
「え、あれ?」
男鹿と古市も、打ち合わせたわけではなさそうだ。
「古市、なんでおまえこんなとこに?」
「依頼に決まってんだろ! 男鹿こそ…」
全員が疑問符を浮かべた。
心当たりがあるのは、神崎の依頼人だ。
「……あたしが追加で頼んだの」
タバコの煙をふかしながら言った。
つまり、旦那である久々津修太郎が古市にメールで依頼書を送り、あとからその妻である久々津菊江が男鹿に電話に依頼を出し、改めて相談所のパソコンに依頼書を送り付けたのだ。
「ちょっと待て。旦那が先にウチに頼んだってのは聞いてないし、こういうのは雇われた側同士トラブルを引き起こしやすいから困るんですケド」
男鹿が菊江を睨み、菊江は素知らぬ顔を壁の方へ向けた。
「あら、てっきりそちらで把握しているかと思って」
「古市…」
聞いてない、と男鹿は古市を睨むが、古市は「仕方ないだろ」と返す。
「オレだって、まさか、依頼が被るなんて思わねえし、メールで送られた依頼内容とか現状とか聞いたら、すぐに姫川先輩に頼みに行かないといけなかったし…」
修太郎から依頼を受けた古市は、すぐに依頼書を持って姫川のもとへと向かったのだ。
男鹿に菊江から依頼が来たのは、そのあとである。
「そもそも、請け負った依頼内容は随時ファイルに保存してるのにおまえが確認しないから…!」
「せめてオレに依頼内容伝えてから行けよ! てめーも抜けてんだよ!」
「あの時おまえがパソコンの前で昼寝してたからだろ…!」
「はーい、そこまで」
間に入ったのは夏目だ。
「あっちの雰囲気も悪いのに…」
視線をそちらにやると、神崎と姫川にも険悪な空気が漂っていた。
「引けよ神崎、この件、てめーじゃ手に負えねえよ」
「寝言は寝て言え。人形事なら、てめーの出る幕じゃねえんだよ」
「最初の依頼人はオレを希望してんだよ。あとからずかずか入ってくんな。久々の“竹”がそんなにやりてーか?」
「てめーこそそんなに金が欲しいか?」
「はした金に興味はねえ」
「はっ、カッコつけてんじゃねーよハゲ神父」
「ハゲは本来てめーであるべきだろーがクソ坊主」
これを避けたくて、専門が違う派遣社員を鉢合わせたくなかったのだ。
特に姫川と神崎は犬猿の仲だ。
男鹿はため息をつき、2人の視線をこちらに向けるために手を2回叩いた。
「……こっちのミスもある…。おまえら、今回は協同して仕事しろ」
「「あ?」」
睨み合う神崎と姫川の視線がそのまま男鹿に移る。
「そんな顔すんな。協同なんざ、珍しくもねえだろ。それに、どっちも譲る気ねえんだし…。依頼人は、人数が欲しいからバラバラに頼んだんだろ?」
「ええ」
菊江は素直に頷く。
仕事から帰ってきたばかりなのかスーツ姿のままの修太郎は、困った顔で白髪混じりの短髪の頭を掻いた。
「すみません、家内が追加で依頼されたのは今日知ったばかりで…」
「あなたが変に金を渋るからでしょ。ひとりひとり雇うより、人数がいたほうが心強いわ」
気の強い妻に頭が上がらないだろう。
修太郎は「そうだな」と頭を垂れた。
神崎と姫川は不満げだが、依頼人がそれでいいのなら仕方なく協同に賛成した。
分け前はどうでもいいが、相手より早く祓ってやろうというやる気が見え見えだ。
それぞれ、ガラスのローテーブルを中心にソファーに座る。
「依頼内容はメールで送った通りです。異変は、なくしたはずの人形が戻ってきたことから始まりでした」
「なくした人形?」
姫川が問うと、修太郎は一枚の写真をテーブルに置き、向かい側にいる姫川達に見せた。
ロココ風なピンクのドレスを身に纏い、茶髪の頭には赤いリボンが結ばれてある、古びたフランス人形だ。
「こいつが問題の人形か…」
神崎は写真を手に取り、まじまじと見る。
「……マリーよ」
「人形に名前つけてんのか」
「……………」
菊江はマリー人形の写真を見下ろしたまま、それ以上何も言わない。
「で、この人形が悪さを?」
姫川の問いに答えたのは修太郎だ。
「ええ。最初は悪さといっても、夜な夜な歩き回ったり、物を隠したり、動かしたり、壊したり…、子どものイタズラのようなことをした挙句、最後はどこかの部屋に留まりまして…」
「何度捨てても、燃やしても、すぐにけろっとして現れるのよ。気味が悪くって…。何度引っ越してもついてくるし…。しまいには耐え切れなくなって祓ってくれそうな人たちを呼んだけど…」
どんな念仏も札も効果がなく、それどころか激怒したように雇われた霊媒師たちは次々と謎の事故に遭い、返り討ちに遭ってしまった。
久々津夫妻と比べて度が過ぎている。
霊媒師たちへの被害に、かえって気味の悪さが増大してしまった。
「安い金で中途半端な奴らを雇うから…」
「おい」
神崎は姫川の脇腹を小突いて叱咤する。
「わかりました。その人形は今どこに?」
古市が尋ねると、修太郎は「実は…」と言葉をつまらせる。
「捨てたわよ。今度は海にね。でも、どーせすぐに帰ってくるでしょ」
菊江は開き直るかのように言ってのけた。
だが、新しいタバコにライターの火を点けようとするその手は微かに震えている。
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