猟奇的なシンデレラ。
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夏目と城山は、本気で探していたのかと疑いたくなった。
あっという間に見つけてしまったからだ。
校舎裏で体育座りしている神崎を。
「…神崎さん」
声をかけると、神崎が顔を向けた。
「…よう、池川じゃねーか」
いい笑顔だが、どこかぎこちない。
気のせいか目元も腫れているような気がした。
神崎はポケットからヨーグルッチを取り出し、オレに差し出した。
「飲むか?」
「…ありがとう」
素直に受け取る自分も憎い。
素が出るのを堪え、神崎の横に座った。
「…なにかあった?」
「別に…。ちょっと、ムカつくことがあっただけ」
強がりながら、神崎は目元を手の甲で拭った。
まさかとは思うが、泣いていたのだろうか。
「……オレでよければ、話、聞くけど?」
「…サンキュ。―――でも、もう大丈夫だから」
好きな男に、心配かけたくないからか。
オレの肩を叩き、立ち上がろうとする神崎の手を、咄嗟につかんだ。
「神崎さん! オレと付き合ってほしい!」
それも反射的に出た言葉だった。
考えもなしに。
神崎は驚いて目を見開き、ぽかんと口を開けた。
なにしてんだ、オレは。
直後、ようやく自分のやらかしたことに気付いてしまう。
神崎はオレが姫川だって気付いていない。
これで頷けば、最後に傷つくのは神崎だ。
リーゼントあるなしのオレを両立させることなんて不可能だし、いずれ気付かれてしまうのは目に見えている。
正体が姫川竜也だと知った瞬間、こいつはどんな顔をするのだろうか。
想像したくもなかった。
「え…と…」
自分が告白されたと実感できていないのだろう。
その前にこちらが「冗談だ」と言ってしまえばいい。
躊躇したオレだが、口を開いてそれを発する前に、神崎をつかんだ手に手を重ねられ、言葉をのみこんでしまう。
神崎は、困ったように微笑んでいた。
「突然で驚いちまった…。けどな、悪い。あたし…、他に好きな奴がいるから」
「……………」
あれぇ!!?
オレの思い違い!!?
思わずつっこみそうになったがそれも堪え、「そ…、そうか…」と平静を装う。
だったら、神崎が惚れてる男って誰なのか。
自惚れた自分が恥ずかしい。
オレは羞恥のあまり両手で顔面を覆い、神崎に尋ねる。
「ち…、ちなみに、その人…どんな人? …石矢魔の生徒?」
「ああ」
あっさりと頷かれた。
校内の人間か。
それ以上は教えてくれないかと思ったが、神崎は自分から話してくれる。
「けど、見事にフラれちまった。拒絶までされてよぉ」
「え?」
口元は笑っているが、今にも泣きだしそうだった。
それから誤魔化すように両膝に顔を埋める。
「告白する前にあたしが惚れてること相手にバレちまって…。一番応えたわ…」
「ちょ、ちょっと待て。神崎さんの好きな相手って…」
「…………東邦神姫の、姫川竜也だ」
フルネームで言われ、オレは混乱しかけた。
神崎が惚れてる相手が、オレ?
「けど…、姫川って…」
「噂くらいは聞いてるだろ。あたしといつもいがみ合って、譲り合いもクソもなくて…。あいつは金に物を言わせるような最低な奴だけど…、筋は通すし、決めたことは諦めない…。そこに惚れたのかも…。……それに…―――」
神崎がポケットから取り出したのは、花型のピアスだった。
高価なピンクダイヤで出来ていて、オレはそれをどこかで見たことがあった。
「姫川からもらったピアス」
そうだ、とオレは思い出した。
神崎の誕生日に、からかい半分で購入したそれを手渡したことに。
受け取った神崎は、「誰がつけるかこんなもん!!」と大きく振りかぶって窓から捨てたのだった。
ちなみに、2年の時のことだ。
「捨てたフリしてた」
本人を前に自白する。
「小恥ずかしくてさぁ…。いや、本当は嬉しかったんだ。貰うものって言ったら、ヨーグルッチとか、ごつい指輪とかピアスとかだったから…。ウチは家もごついからな。ああいう女子らしいものって貰ったことなかったから…。女扱いしてくれたのが…、嬉しくて…」
照れ臭そうに笑っている。
本心なのだろう。
「…つけないの?」
神崎は真っ赤な顔で激しく首を横に振った。
「つ、つけられるわけねーだろっ。ほぼ毎日あいつに会ってんのに、絶っ対からかわれるし…、あいつ、鋭いとこあるから、あたしの気持ち…バレるし…!」
すみません、オレも相当鈍感でした。
ずっと嫌われているものだと思っていたから。
「……でも、もう…持ってる必要もなくなっちまった…」
「お、おい!!」
立ち上がった神崎がピアスを握りしめて振りかぶったので、オレは投げ捨てられる前にその手首をつかんで止める。
「放せよ! も…っ、あいつに嫌われちまったんだから…!」
「神崎…!」
「あたしだって! 最低最悪フランスパンなあいつを好きになるなんて思わなかった!! 意識しだしたら止まらなくなって…、顔を見合わせるたびにかまいたくなるし、いつ来るのかと毎日楽しみだったし、何度も「好きだ」って心の中で唱えたし!! けど、あいつの周りにいる女共に比べたら、あたしみたいな極道女、あいつ絶対好みじゃねえし!! 告白のやり方だって知らねえから、ひたすらあたしらしくぶつかっていくしかなくて…!!」
大告白だ。
気持ちに気付いたのはいいものの、対処法がわからず、ずっとオレに歯向かっていくしかなかったのだろう。
不器用な奴だ。
こいつは、少なくとも1年以上もオレのことを想っていてくれたのか。
「…っ、フラれたのに…っ、あたし…、なんでまだあいつのこと好きなのかも…わかんねえよ…っ」
ぼろぼろと涙を流し、神崎はオレの胸に額を当てて泣き始めた。
小さい神崎の身体が、雨に濡れた子猫のように見えた。
「……神崎、右足、ちょっと上げてくれるか?」
「?」
すすり泣きながら、神崎はわけもわからず右足をわずかに浮かせてくれた。
オレはその場にしゃがみ、カバンを手に取ってそこから靴を出して神崎の右足に履かせる。
「……これ………」
神崎は愛用していた靴を凝視し、視線をオレの顔に移した。
「やっぱり、おまえはヒールが似合うな」
「……………」
そろそろ勘付いただろうか。
オレは「ちょっと待て」と神崎を待たせ、ポマードをカバンから取り出してその場でセットしていく。
するとどうだ、出来上がっていくたびに神崎の顔色がみるみると変わっていった。
リーゼントが出来上がれば、学ランのボタンを全部外して中のアロハを見せつけ、色眼鏡をかければいつもの姫川竜也の出来上がりだ。
「ひ…っ! 姫川…!!? は? ちょ、え!? 池川が姫川で…、姫川がリーゼントで…」
「落ち着け」
混乱するのも無理はないが。
「下ろすと、池川になるんだよ。…嫌でもな」
「姫川!!」
おお、もう冷静を取り戻したか。
神崎はオレが何か言う前に手で制し、真剣な面持ちになる。
「さっきの話、聞いてたか?」
「今までにない熱烈な告白、一部始終全部な」
「きゃああああああああ!!!!」
頭を抱えて絶叫する神崎。
顔は火が噴き出そうなほど真っ赤だ。
「死ぬ…!! いっぺん死んでくる!! どこかにダンプ走ってない!?」
「ドライバーに迷惑かけんなっ。だから落ち着いてオレの言い分を聞けって」
走り去ろうとする神崎を羽交い絞めして止める。
だが、神崎はそれさえも聞きたくないのか逃げようと暴れる。
「おまえあたしのこと嫌いなんだろ!? だったらもうほっといてくれよ!! くそっ! 騙しやがって! 遊びやがって!」
「嫌いじゃねえ!! オレもおまえも勘違いしてたんだよ!!」
「……へ?」
ようやく大人しくなってくれた。
一度神崎を放し、こちらを向かせる。
「騙すようなことして悪かった。おまえが誰かに恋してるようだから焦っちまって…。池川に惚れたと勘違いして…、おまえが顔で相手を選ぶ女かと思ったからだ…。―――たぶん、嫉妬もあった」
キョトンとする神崎。
オレの言葉ひとつひとつに意味を見出そうとしているようだ。
「焦る…? ……嫉妬?」
「…オレも、おまえに惚れてるってことだ、神崎」
言葉にすれば、ぼんやりしていたものが消えたようだった。
ああ、そうだ、こいつに惚れてるんだ、オレは。
神崎がオレじゃない誰かを好きになっていることを知って、嫉妬していたんだ。
「…いや、いやいや、ありえないって…。おまえが…」
ふるふると首を振るう神崎は一歩たじろいだが、オレは肩をつかまえて真剣に向き合う。
「ウソじゃねえよ。金しか見てない下品な女より、ちゃんと姫川竜也を見て向かってくるおまえが…、いつからかわかんねーけど、好きになってた…」
「姫川…っ」
嬉しさあまりか、再び涙を浮かべる神崎を、やはり、可愛いと思った。
「改めて言わせてもらう。神崎…、オレと付き合ってくれ」
「…っ、こんな…あたしで…よかったら…っ」
神崎がよく知るオレ本人から告白されたその顔は、池川に見せた時よりも、最高に綺麗な笑顔だ。
「神崎…」
神崎を抱き寄せたオレは、その唇を奪おうとした。
「神崎さん! こんなところに…!」
ゴッ!!
「ふぐっ!?」
校舎裏に、神崎を捜索していた城山と夏目が現れると同時に、オレは腹に重いブローを食らい、腹を抱えて膝から崩れた。
「あ! 貴様姫川!! やはり神崎さんを…!!」
「いくぞ城山!! 夏目!!」
神崎は照れのあまりその場から逃げ出し、正門ではなくグラウンドの方へと猛ダッシュした。
片方がヒールなのに城山と夏目が追いつけないくらい速い。
「くそ、邪魔が入った…」
告白は受けてくれたものの、他の奴らの前では照れ隠しに手が出てしまうのか。
いずれ、神崎の口からあいつらに伝えてもらわなければ。
*****
翌日、オレは神崎の教室に顔を出した。
「な…、何の用だよ」
周りに取り巻き共がいるため、オレを見て平静を装うとする神崎。
さらに、昨日が夢じゃなかったことは神崎の右耳に光るそれを見て判明した。
オレがあげたピアスだ。
「…よく似合ってるな、それ」
右耳のピアスを指をさして指摘すると、神崎の顔が、カァッ、と真っ赤になった。
「う…っ、うっせーな!! 用がねえなら、さっさと帰れ!!」
神崎は机に積まれたヨーグルッチのひとつをつかんでオレに投げつけた。
「!」
片手でキャッチしたオレは、あるものに気付いて口元に笑みを浮かべ、さっさと退散することにした。
「じゃあ、おいとましますかねぇ」
廊下に出ると、神崎から投げ渡されたヨーグルッチのパックの裏面を見る。
そこには、一枚の紙がセロテープで貼り付けられていた。
廊下の窓に背をもたせかけ、それを外して小さな紙を広げると、英数字が書かれてある。
神崎の、ケータイの番号とアドレスだ。
そういえば、オレ達はまだ互いの連絡先を交換してなかったな。
オレがその気になって調べる前でよかった。
早速ケータイを取り出し、アドレス帳に登録してから神崎にオレのアドレスを送った。
今頃、ケータイを握りしめて待っているかもしれない。
付き合い始めたばかりだ。
焦る必要はない。
これから誰もが認める最高な関係を築き上げていこうじゃねえか。
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