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古市と神崎に医務室に連れていかれた、男鹿と姫川。
服もすっかり泥だらけで、肌は傷にまみれ、顔にはスコップで撲られた痕があった。
ほとんどのケガは二葉がつけたものだ。
「オレ今回マジで殺されるかと思った…」
サングラスにヒビが入って視界が悪いのか、何度も指でずらしたりしている。
「あいつは絶対やるぞ。絶対殺る…」
男鹿は「久々に埋められかけた」と肩を落としていた。
「オレがさせねえから安心しろ。ギリギリ殺さないようにな」
「ちゃんと普通の女の子として教育してください」
古市は男鹿の、神崎は姫川のケガを手当てしながら、そんな会話をかわしていた。
2人の腕にも、止めに入った時にできた傷があった。
「痛ってー…」
「見事に泥だらけだな…。リーゼントもほとんど解けかけてるじゃねーか」
「い、いいんだよ…っ」
姫川はもとに戻そうとするが、いつも蓮井にやらせているためうまくいかない。
そのうえ、泥水ですっかり汚れている。
「とりあえず、風呂には入れるか…。替えの服は保育着でいいだろ」
「ですね。オレ、とってきますよ。終わったら今度はオレが男鹿を風呂に…」
「は!? ちょっと待て!! 何着々と話すすめてんだよ!! オレは嫌だからな!!」
姫川は抵抗しようとしたが、神崎の脇に抱えられてしまう。
「てめーはそのナリであの上等なリムジンに乗り込むつもりか? そんな汚れた姿で帰らせるこっちの気にもなれ。オラ、わがまま言ってねーで行くぞ」
「嫌だ!! 嫌だぁ―――っ!!!」
絶叫も虚しく、姫川はシャワー室へと連行されてしまう。
あんなに嫌がっている園児を無理やり風呂に入らせるのはどうかと古市も考えたが、あえて何も言わない。
えりんぎ保育園の存続が危ぶまれても、モンスターペアレントが来ても、素知らぬ顔をしていようと心に決めた。
シャワー室の脱衣所に到着するなり、神崎は内側から鍵を閉め、ズボンと腕の裾をまくってから姫川を脱がしにかかる。
「やめろっ!! 取り返しのつかねえことになるんだよ!!」
姫川はドアから逃げようとしたが、鍵に手も届かず、あっさりと服を脱がされてサングラスを外され、シャワー室の浴槽へ放り込まれてシャワーから温い湯を頭にかけられた。
「ぶ…っ」
「ちゃんと目ぇつぶってろよ。…やっぱりシャンプーハットいるか?」
「……いらない」
「よし」
ここまで来れば観念したのだろう。
姫川は背を向けたまま大人しくしていた。
神崎は手にシャンプーをつけてから姫川の髪を洗いだす。
泥水で汚れていたものの、手入れが行き届いているのか指通りのいいサラサラの銀髪だ。
「つ…っ!」
「おっと悪い。傷まみれだったよな」
防水のバンソウコウを何枚か貼ったものの、痛むらしい。
神崎は、できるだけ泡が肌につかないように慎重に続ける。
「それにしても、おまえ、武器がなくても喧嘩できるじゃねーか。男鹿もけっこう強い方なのに…」
「……そんなこと考えてる余裕なかったし…。もう…、なんか、ムカつくことがごちゃごちゃになって…。思い通りにもならなくて…」
「思い通りにならなくてムカつくのは誰だってそうだ。けどな、それを知って大人になるんじゃねーのか? 金持ちにしろ、貧乏にしろ…。おまえだって、いずれはオレよりデカい大人になるかもしれねーんだ。ガキのうちにわがまま言うのも悪くはねーが、誰かの頭を押さえながら背伸びしたって、成長なんてしねーんだ」
「……………」
「オレは、おまえがここにいる間、おまえに嫌われていようが、見捨てずに筋は叩き込んでやるつもりだ。おまえも、オレの大切な教え子なんだしな」
肩越しに振り返ると、笑った神崎の顔があった。
姫川はふと思う。
今までそんな温かい笑みを向けてくれた者がいただろうか、と。
シャワー室を出て脱衣所に戻ったあと、神崎はバスタオルで姫川の頭を拭き、ドライヤーで長い髪を乾かしてあげた。
「おー、頭も体もキレイ……に………」
そこで初めて正面を向いた姫川に、神崎はぎょっとする。
「……どちら様???」
サラサラになった長髪と、白い肌と、大きな瞳。
リーゼントとサングラスを取ると、あらびっくり、人形のような美少年だった。
「……見たな?」
目の据わった真剣な表情。
目の前にいるのは自分の腰よりも低い子どもなのに、ただならぬ雰囲気に神崎の額に冷や汗が浮かんだ。
「……もしかして、解いちゃマズいもんだったのか?」
「今さら気付いたのかよ。…けど、もう遅い」
姫川がこちらにゆっくりと近づき、神崎はそれに合わせて後ろにたじろぐが、後ろが壁なので逃げられない。それどころか、タオルを踏んでしまい、滑って尻餅をついてしまう。
「お、おい、何する気だ、姫か…」
姫川は無言で神崎に小さな両手を伸ばした。
その頃、男鹿を抱っこしたまま、古市は迎えに来た蓮井とばったり保育室の前で出会い、姫川と神崎がこの場にいない理由を話した。
それを聞いた蓮井は耳を疑うように驚いた表情を浮かべる。
「今…、なんと?」
「いえ、ですから、姫川君が泥だらけになってしまったので、シャワー室に……」
本人が相当嫌がっていたことはあえて伏せたが、蓮井の様子に違和感を覚えて聞き返す。
「あの…、もしかして、お風呂に入れちゃマズイ事情でも…?」
「…ええ。取り返しのつかないことになってしまう前に、シャワー室に案内してください! 神崎様の身のためにも!」
「ええ!?」
いつも冷静沈着な人が取り乱す姿に、古市も危機感を感じて足早にシャワー室へと案内する。
「あの、どうして…。姫川君に何が……」
「実は、姫川家には代々家訓がありまして…」
「家訓?」
「はい。姫川家は先代の頃からリーゼントを生業にしておりまして…」
(リーゼントを生業ってなんだ!?)
古市はつっこみをぐっとこらえ、続きを待つ。
「姫川家の男子は産まれてすぐにリーゼントにされ、もし、姫川家とその執事以外が、リーゼントが解けた姿を目にしてしまった場合……」
「………場合?」
物騒なことだろうか、緊張しながら先を促す古市だったが、途中ではっとした蓮井は、急ぎながらも「いえ…」と微笑んだ。
「坊っちゃまのことです…。古い家訓にそこまでとらわれる方でもないでしょうから……」
「え! そこまで聞いたら気になるんですけど!? 一応聞いてもいいですか?」
「失礼。言いかけました。…もし、坊っちゃまのリーゼントが解けた姿を他人が目にされた場合、その者が坊っちゃまの将来の伴侶にならなければなりません」
「は…、伴侶って…。しかもいつの時代からの家訓なんですか、それ」
2人は脱衣所の前に到着し、話を続けながらドアに近づき、古市はドアノブに手をかける。
しかし、内側から鍵がかけられ、仕方なく手持ちの合鍵を鍵穴に差し込んで開けた。
「あ、ちなみに、それだと気の毒だと思い、本人の意思を尊重した新たな家訓が追加されました。もしリーゼントが解けた姿を見られたうえに、坊っちゃまがその方を伴侶として認めたのなら、自ら口付けを……」
ドアが開いて脱衣所に足を踏み込んだ瞬間、古市と蓮井は硬直した。
そこにいた神崎も同じく硬直している。
「~っ!!」
両頬をつかまれ、姫川にキスされていたからだ。
何度もリップ音を立ててながらされ、神崎も混乱のあまり、両手の行き場を模索していた。
「あいつらなにしてんだ?」
古市に抱えられていた男鹿は指をさして尋ねるが、古市は無言で男鹿の両目をそっと右手で覆い、蓮井とともに茫然としていた。
「……キスしてますけど…?」
「していますね…」
それ以上の言葉が出てこなかった。
*****
「神崎、遊べ」
姫川は、園庭で園児たちと一緒に遊んでいた神崎の目先にボールを差し出した。
「お、おう…」
神崎はぎこちなく頷くと、片手でそれを受け取った。
次の日から、姫川が積極的に甘えるようになってきた。
神崎は姫川と目が合うたびに脱衣所でのことが脳裏をよぎり、居た堪れない気持ちにされたが、けっして姫川を避ける行動はしなかった。
ようやく自分から歩み寄ってきてくれたのだから。
「神崎、チューしろ」
「コラ」
こんな甘え方をしなければ素直に保育士として喜べるのに。
神崎は姫川の額を軽くデコピンしてやわらかく叱る。
その様子を、夏目、古市、城山が屋上から窺っていた。
「ちょっとまだぎこちなさそうだよねー」
「仕方ありませんよ。あんなことあったあとじゃ…」
「本当に、神崎さんと姫川君は将来……」
「わかりません。子どものしたことですし…。蓮井さんも姫川君のご両親に報告すべきか迷ってましたよ。かなり」
「わー、それ見たかったなー。あの人も迷うんだ?」
「そこを気にしてどうする」
城山につっこまれて笑ったあと、夏目は「それにしても…」と呟き、欄干に手を載せる。
「15歳差かぁ…。姫ちゃんが大人になる頃には神崎君もすっかりおじさんだし、姫ちゃんもそれをわかってそうなんだけどな…。他の子たちより難しく考えてそうだし…」
「もうちょっと普通の子どもらしくしていいと教えたのは神崎さんで、そこに惹かれたんだろう。その想いが今のうちだけかなんて、本人にしかわからない…。オレ達はただ、これからの成長ぶりを見守るだけだ」
「城ちゃん大人ー」
真下には、姫川を肩車している神崎の姿がある。
あの様子なら、この先姫川が転園することはないだろう。
そうなればこのえりんぎ保育園も安泰だ。
姫川も、ようやく自分の手で手に入れたい、欲しいものを見つけたのだから。
この小さな手がいずれ大きくなる頃には絶対手に入れてみせる、と心に誓う姫川だった。
「?」
(今、なんか悪寒が…)
肩車されながらニヤリと笑む姫川の顔は見えなかったが、この先の行方を知らない神崎は嫌な予感がしてならなかった。
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