えりんぎ保育園へようこそ。
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次の日の朝、この日は城山に起こしてもらい、神崎は朝の会議に出て園長から転園してくる園児の面倒をしっかり見るよう念を押されたあと、園門の近くで夏目達とともに掃き掃除をしながら親に送られてきて登園する園児たちを迎えていた。
「おはよー」
夏目は愛想よく園児たちを迎え、古市はあわよくば園児の母親に声をかけようとしたが、男鹿にすねを蹴られて阻止される。
そんな中、明らかに浮いた車が園門の前で停車した。
リムジンだ。
「神崎君、アレじゃない? わっかりやすいねー」
「送り迎えにリムジン…」
保育士と園児と保護者達の注目の的だ。
運転席からスーツを来た青年が降り、後部座席のドアを開ける。
「坊っちゃま、いってらっしゃいませ」
「おう」
後部座席から降りてきたのは、アロハシャツを着、目にはサングラスをかけた、銀髪ロングリーゼントの男の子だ。
((((規格外なのが来た!!!))))
神崎、夏目、古市、城山はリムジン以上にその姿に驚きを隠せなかった。
その男の子の執事と思われる青年は神崎達に近づき、礼儀正しくお辞儀する。
「えりんぎ保育園の方々ですね? 初めまして、私は姫川竜也坊っちゃまの執事・蓮井と申します。今日から坊っちゃまがこちらでお世話になるということで、ご挨拶に…」
「こ、これはこれはご丁寧に…」
古市も緊張してお辞儀を返す。
「園長様はどちらに? ご挨拶に伺いたいのですが」
「あ、ああ、オレが案内します」
城山は蓮井を園長室へ案内する。
残された3人はそれを見送った。
「へぇ…。金持ちってやっぱ執事とかつくもんだな。ドラマだけかと思ってたぜ」
「オレ、なんか緊張しちゃった…」
転園してきた園児・姫川竜也は、園舎や園庭を見るなり、舌を打った。
「ちっちぇとこだな。…犬小屋か?」
じろじろと見てくる園児たちには「なに見てんだコラ」と凄む。
金持ちに礼儀正しく蝶よ花よと育てられているかと思われれば、見てくれも性格もタチの悪いチンピラのようだ。
親はどんな教育をしているのか。
姫川はこちらに近づくなり、古市を見上げ、「おまえ」と指をさした。
「え、オレ?」
「オレの人差し指が見えねーのか。…今すぐ馬のように四つん這いになってオレを運べ」
「なにこの子怖いっ!!「四つん這い」とか言った!!」
ちなみにこの園児、まだ5歳になったばかりである。
「どうした? 馬の真似事もできねーのか?」
「…っ」
サングラス越しの冷たい目を見てしまい、古市は園児相手に気圧されてしまう。
「早くも張り倒してやりたくなってきた」と竹ぼうきを握りしめながらぼそりと呟く神崎。
「園門くぐったばかりなのにね」と神崎の手首に手を置いてなだめようとする夏目。
「ぅわっ!」
そこで突然、男鹿が姫川を前から突き飛ばし、尻餅をつかせた。
「男鹿…っ」
「てめー何しやがる」
尻餅をついたまま男鹿を睨む姫川に、男鹿は腕を組んで見下しながら言い放つ。
「古市はオレの馬だ! 勝手に使うな!」
「おまえも何言ってんの!?」
勝手に馬(しかも男鹿用)扱いされ、古市はつっこまずにはいられなかった。
「…そうかよ」
「!?」
姫川は地面の砂をつかむなり、男鹿の顔にかけた。
意表をついた行動に男鹿も目をつぶり、姫川は手頃な石をつかんで立ち上がり、男鹿に殴りかかろうとする。
「男鹿!!」
「コラ」
そこで姫川の手首を後ろからつかんで止めたのは神崎だった。
姫川は驚いて神崎を見上げる。
「ガキのくせに卑怯な手段知ってんな。場合によっちゃ、ケガじゃすまねえぞ」
「なんだよ、説教か? ちりょー費は出してやるし、問題ねーだろ。いくらだ?」
「……………」
「ひきょーの何が悪い? 勝てばなんでもいいんだよ」
姫川は、想像を絶するひねくれた子どもだった。
目に砂が入ってしまった男鹿は、失明しないか心配した古市に抱えられて手洗い場で目を洗われ、医務室で手当てを受けていた。
朝の出来事にも構わず、神崎が担当している保育室・せんと組にやってきた姫川は平然とした顔で、同じ保育室の園児たちの前で自己紹介をしていた。
「ひめかわたつや。夜露死苦」
朝の光景を見てしまった園児たちは、ほとんど怯えた表情をしている。
「……仲良くしてやってくれ」
神崎は隣に立つ姫川に目をやりながら園児たちに言った。
自由時間となると、園児たちは嬉々として外に出て友達と一緒に園庭にある遊具で遊んだり、中で積み木や人形やままごとセットなどで遊ぶが、姫川はひとり絵本コーナーで本を読んでいた。
誰も姫川に話しかけず、むしろ避けている。
孤立には慣れているのか姫川が気にしている様子はない。
神崎はそれを保育室の出入口から夏目とともに窺っていた。
「予想通り、ああなったか…」
「神崎君、実はね…、立ち聞きしちゃった城ちゃんから聞いた話なんだけど…」
「あ?」
「あの子を無事に卒園させたら、えりんぎ保育園の借金を立て替えてもいいってあの執事さんが言ったらしい」
「!!」
えりんぎ保育園は、はっきり言ってあまり良い評判はなく、就園している園児たちもどこの保育園よりも少ない。
しかも、年々減少しているのが今の現状だ。
園長も、顔を怖がられて保育園を追い出されたり、採用されなかった男性保育士たちを拾ってばかりいたので、いつしか、最初はいたはずの女性保育士が次々と辞職し、入職する女性保育士もおらず、この男だらけの保育園が出来上がってしまったのだった。
このままでは、神崎が次期園長として保育園を受け継ぐ前に廃園になってしまうのではないかと存亡が危ぶまれたほどだ。
「……そういうことか…」
せっかく園児が増えたのに、園長の顔が複雑そうだったのはそれが原因だったのだろう。
「…他のヤロウ共にその話は?」
「…まだだけど、園長からうまく説明すると思う。けど、オレから先に言った方がいいと思ってね。あの子、他の幼稚園でも気に食わないことがあったら登園拒否して転園を繰り返してたみたい。親も、なんだかんだで酷く甘やかしてるようでさ。転園先でもそうやって条件出して世話させてたみたいなんだけど…」
「どれも長くは続かなかったってわけか…」
夏目は頷く。
神崎は姫川の親のやることに嫌悪を覚え、露骨に顔をしかめた。
何が、喝を入れてほしいだ、と。
「そういうのを甘やかしっつーんだろうが。自覚ねぇのかその親。足下見やがって…。これだから金持ちってやつは…」
「そうは言ってもさ…。ここも裏では厳しい状況なんだし…」
「それでも、オレはあいつを特別扱いしねーからな。そんな条件つかなくても、あのひねくれたガキの面倒は、オレが見る」
寝坊しようが、園児相手に汚い言葉を使おうが、神崎には保育士としてのプライドがあった。
「姫川っ」
「あ?」
呼び捨てが気に入らなかったのか、姫川は露骨なしかめっ面で本から顔を上げた。
「男なら、中じゃなくて外で遊べ」
「はぁ? 命令してんじゃねーよ。オレがどこにいようが自由だろ。偉そうに言ってると潰すぞ」
「そっちこそ、先生にたてついたらその頭のフランスパンぺしゃんこにすんぞ」
「何がフランスパンだ!! リーゼントってんだよ唇チェーン!!」
リーゼントのことを馬鹿にされると姫川は子どもらしくムキになるようだ。
「あと室内でグラサンかけるな。アロハも派手すぎ」
「オレのポリシーに口出ししてんじゃねえ。つか、ほっとけよ。読書中」
本で顔を隠すようにすると、神崎は呆れてため息が出た。
「馬になれっつったり、ほっとけっつったり…」
「うるせぇ。これ以上構うと、『こくがいついほう』すんぞ」
「難しい言葉は知ってるくせに、そうやって親の力借りねえとなんもできねーのか? 赤ん坊かよてめーは。まだオムツも取れてねーの?」
小馬鹿にした言い方をすると、バンッ、と神崎の顔面に衝撃が走る。
本を投げつけられたからだ。
「じょーとーだこのヤロウ。脳みそニワトリの奴が、さっきから鬱陶しいんだよ…!! いくらで消えてくれるんだ?」
「物を投げるなって…、親から教わらなかったか? クソガキ」
青筋を浮かべた神崎の顔は、当てられた部分が腫れて赤くなっている。
激怒している様子の神崎を見て、姫川は嘲笑した。
「なんだよ、オレ(園児)をぶつのか?」
「そんな一瞬じゃ終わらせねえ。てめーには地獄を見てもらうぜ」
「!」
いきなり両脇をつかんだ神崎に、姫川は思わず顔を強張らせる。
保育室にいた園児たちは手を止め、その光景に釘付けになる。
「で、出るぞ、神崎せんせーのアレが!」
「アレを食らっちゃあいつもおしまいだ!」
「見物だぜ!」
「アレに耐えられた奴は今までひとりもいねえ!」
※全員園児です。ここでの通園が長いほど男気が増します。
全員の反応を見た姫川は危機感を覚えて焦りだす。
(おいおい、まさか、本気で園児相手に暴力を…)
「必殺・笑い地獄!!」
必殺技の名を口にすると同時に姫川の両脇をくすぐりだした。
「っ!! ぎゃはははっ!! や、やめろコラぁあああはははは!! やめっ、やっ、ぎゃはははははははっ!!」
保育室はしばらく姫川の笑い声に包まれた。
*****
降園時間。
姫川のえりんぎ保育園通園初日が終わった。
「またなぁ、姫川ー。明日も来いよー」
リムジンに黙って乗り込む姫川に、神崎は声をかけたが、姫川は無反応だ。
蓮井は神崎に一礼したあと、運転席に乗り込んでリムジンを走らせる。
「坊っちゃま、新しい保育園はどうでしたか?」
「…………最悪だ」
「……では…、また転園なさいま…」
「あんな屈辱のあとでできるかっ!!!」
「?」
サングラスのせいで蓮井には見えなかったが、姫川の目元には笑い泣いた痕があった。
こんなあっさり転園してなるものか、まるで負けて泣き逃げじゃないか、と姫川はコブシを悔しげに握りしめた。
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