小さな話でございます。
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ありえない。
飼い主に追い出された。
こんな寒空の下に。
最後に見た飼い主の笑顔を思い出してみる。
『悪いなー。ちょっと家に人呼ぶから出てってくれるかー? おまえもリア獣してろよ。なーんて』
死ねぃ。
あの気持ち悪さを覚えた笑顔と、飼い主に最大の殺意が湧いたのは初めてのことだ。
オレ自身戸惑っている。
塀を歩きながら、時折吹く冷風に縮こまる。
猫だって寒いんだぞ。
本来はコタツでぬくぬくするつもりだったのに。
有頂天の飼い主様はネコより客人か。
怒りで湯気がたちそうだ。
内心で悪態をつきながら、自然と足が向かう先は、神崎を筆頭に野良ばかり集まる廃車置場(アジト)だ。
はじめとたつやが風邪を引いてないか心配だし、顔だしだけでもしてやるか。
「あ!! まだ来るんじゃねえよ!!」
さすがに泣きそうになった。
赤の他猫が言うなら蹴飛ばしてやるだけで済んだが、その発言をしたのが神崎だからだ。
「……………」
「え、あ、ちが、そういう意味で言ったんじゃ…、泣くなよ、悪かったよ、何があったんだよ、顔上げろよ、ごめんって」
無言でうつむいて肩を震わせるオレに、神崎がおろおろと発言を撤回した。
「おふくろが親父泣かせたー」
「親父ぃ、大丈夫か? 食べかけだけど魚食う?」
たつやとはじめに心配された。
心まで凍てつきそうになったその時に、神崎は慰めるように耳を舐めてくれる。
あったかい舌だな。
「ちょっとパーティーの準備してたんだよ」
「パーティー?」
耳を澄ませてみると、アジトがいつも以上に騒がしい。何か準備をしているようだ。
廃車には、ラメ入りのシールが張られ、キラキラと光るリールや小さな人形、オーナメントボールが飾り付けられてある。
それで今日が何の日か思い出す。
「…クリスマス?」
「そうだ。忘れてたわけじゃねーだろ」
忘れてた。
うちは飼い主がイベント行事に無関心な人間だから。
飾りもテレビで見たものばかりだ。
「オレ達もたまにはってことで。…本当は商店街に出かけてたこいつらがごねたからだ」
商店街に遊びに行っていたはじめとたつやが、町を歩き回るサンタクロースや飾りを見て、興味を持ってしまったのだ。
「他の奴らも興味があったみたいで、多数決で決まった」
ほぼ全員が手を挙げたそうだ。
「出来上がってから招待してやるつもりだったのに、しょうがねえ。手伝ってけ」
「お、おう…」
手伝いは、協力して飾りつけをすることだ。
慣れないことに、廃車から落ちてしまっては笑われてしまう。
でもセッティングは誰よりも正確にできて褒められた。
商店街でたくさん拾ってきたか盗んできたのだろう。
ローストチキンまで用意されていた。
盗み食いしかけた猫達が何匹か神崎から制裁を受けていた。
「親父も」
額に月のシールを貼ったはじめに、星のシールを頬に付けられてしまう。
使用済みなのか、粘着力は弱く、肌を傷つけることはなさそうだ。
「いくぞおまえら!!」
神崎が合図すると、乾電池を入れて使用するタイプの携帯タップに電飾のコンセントを差しこみ、スイッチを入れた。
すると、電飾が色んなカラーにチカチカと光り始め、小さなイルミネーションの完成だ。
他の猫達も喜びの声を上げ、余ったリールを体に巻いたり、オレのようにシールを貼ったり、小さなサンタ帽を被って宴をパーティーを開始した。
オレと神崎は廃バスの上にのぼった。
オレ達の特等席に設置したツリートップ。
作り物ってのは明らかだが、本物の星のように輝きそうだ。
「クリスマスが終わったら、早く片付けねーとな。嫁げなくなるらしい」
「たぶんそれ違う。あと、嫁ぐ予定はねーだろが。オレがすでにもらってんだから」
「バカ」
ぺちっと額を叩かれてしまう。
何か貼り付けられた気がするが、確かめる前に神崎が尻尾を絡ませてきた。
「! …見ろよ、神崎」
見上げると、夜空には星が瞬いていた。
ひときわ輝く星を繋げば、十字架のようだ。
確か、『北十字』だったか。
「…ここからよく一匹で見上げることはあったが…、特別に感じるもんだな」
見上げて口元を緩ませて呟く神崎の横顔を見つめ、オレもだよ、と内心で呟く。
どこの空も同じかと思っていたが、特別な奴が傍にいるだけで、随分と輝きが違うように感じた。
はじめとたつやも、ローストチキンを頬張りながら、寄り添い、同じ夜空を見上げていた。
別の廃車のフロントでは、夏目と城山も同じように見上げている。
他の猫達もつられ始めた。
教会が付近にあるのか、どこかでミサが聴こえた。
酔狂な猫がそれに合わせるように鈴の音を鳴らす。
明日、雪が降るといいな。
額に貼られたハートマークのシールを飼い主に指摘されてからかわれたのは、アジトから朝帰りしたあとだった。
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