小さな話でございます。
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こちらは神崎のいる3-A。
「えー、まだ言ってないのー?」
椅子にまたがって座る夏目の言葉に、指定席で行儀悪く机に両脚をのせている神崎は苛立って顔をしかめる。
「てめーにはカンケーねーだろ」
何気なく聞かれたから正直に答えただけだった。
現在交際中の姫川に、「好き」と言ったかどうか。
「だって付き合ってもう3ヶ月経つでしょ? ヤることも済ませてるわけじゃん。なに? 身体だけの関係?」
バキッ!!
そのコブシの速度は神崎にとっては新記録だ。
「痛い…」
椅子ごと後ろに倒れた夏目は痛みを訴える。
「安心しろ。次は痛みを感じる前にあの世に送ってやる」
血の付着したコブシをティッシュで拭いて座り直す神崎。
同じく椅子に座り直す夏目。
ハンカチで口元の血を拭う。
「だって「好き」だって言ってないんでしょ? それは姫ちゃんがかわいそうだよ。「好き」じゃないの?」
「嫌いじゃねーけど、言ったらあいつ調子に乗るだろ。「もう1回言ってみ?」って。ニヤニヤと気持ち悪い顔しながらよぉ」
なんとなく想像できる。
姫川が妙に余裕を持っているからだろうか。
苛立ちのあまりヨーグルッチを飲もうとする神崎だったが、城山が自販機まで買い出し中のため、もう少し待つしかなさそうだ。
「チッ。城山はまだかよ」
「そうイラつかないで。…まさかずっと言わないつもり? 姫ちゃんは好き好き言ってくれてるんでしょ?」
「それはフェアじゃないよ」と肩を落とす夏目だったが、神崎は眉をひそめて言い返す。
「あいつが軽々しく使ってくるのが悪いんだ。「好き」って伝えるのって、思ってる以上に簡単じゃねえよ」
「ただタイミングがつかめないだkごめんごめんホントごめん!!」
またも見えない速さで胸倉をつかまれ、今度は窓から落とされそうになった。
その時、神崎のズボンのポケットから受信音が鳴り響いた。
夏目の胸倉から手を放してスマホを取り、送信者を確認する。
それから小さくため息をついた。
「…噂をすれば、だ」
夏目は横から画面をのぞき込む。
送信者は姫川だ。
『今からこの前借りた漫画返しに行く。ついでに土産も持ってってやる。ありがたく思え』
恩着せがましく、姫川らしいメールだ。
「漫画?」
「DB全巻貸してやった。久々に読みたくなったっつーから」
「なんて送り返すの?」
「『ついでに7つの玉も持ってこい』って」
小学生のやりとりか、と思わずつっこみそうになった。
付き合っているのか疑うほど甘さの欠片もない普通のやり取りだ。
お節介な夏目は、返信文を打っている神崎の手からスマホを取り上げる。
「あ!!」
数秒のうちに短文を打って姫川に返信した。
「送信♪」
「何しやがる!!」
急いで奪い返した神崎だったが、画面には『送信しました』の文字だ。
「なんて送った!?」
「えへへ」
いたずらっ子の顔をした夏目に嫌な予感を覚え、送信済みメールを確認する。
『好きvvvvvv』
滅多に使わないというか、使ったことがまったくないハートマークの連続だ。
「アホかっ!!!」
すぐに否定文を送信しようとした時だ。
廊下から受信音が聞こえた。
スマホから顔を上げると、開けっ放しの教室のドアからリーゼントの先端が見える。
一度止まってスマホを確認しているようだ。
数秒後、ドサドサーッ、と漫画とヨーグルッチが廊下に散らばった。
「どうした姫川!!」
ちょうど、反対側の廊下から城山が戻ってきたところで、その場面に遭遇したようだ。
急いで姫川に駆け寄り、廊下に散らばった漫画を一緒に拾い集める。
「なっ、なんでもねーよっ!」
リーゼントの先端が屈んだのは見えるのだが、肝心の顔が見えない。
それでも酷く動揺しているのは声と動きで伝わった。
「なんでもないわけがないだろう! 顔が真っ赤じゃないかっ! 熱でもあるのか!?」
「うるせーなっ!! オ…、オレ、用事思い出したから、これ、神崎に渡しといてくれっ!」
拾い集めた漫画と土産のヨーグルッチを、城山にぎゅうぎゅうと強引に押し付ける。
「あ、おい!!」
それから、そこから逃げるように廊下を走った。
「…………神崎さん、さっき姫川が…」
遠くなる足音。
姫川の背中を見送った城山は、両手に漫画とヨーグルッチを持って怪訝な顔で教室に入ってくる。
「……神崎さん? 夏目もどうしたんだ?」
しゃがむ夏目は口元を押さえて悶え、神崎は両手で自身の顔面を押さえて天井を仰ぎ、押し寄せる萌えに耐えていた。
「やだ、姫ちゃん…、カワイイ…」
「…………」
(顔見たかった…)
予想外の反応に、たまには「好きだ」と言ってやるべきか、と考え直す神崎だった。
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