小さな話でございます。
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その日は、悪天候だった。
空はすべて曇天に覆われ、降りだした雨は窓を叩きつける。
次第に雷の音まで近づいてきた。
そんな中、石矢魔は教室でだべっていた。
黒板には白のチョークで書かれた「自習」の文字。
早乙女の授業では珍しいことではない。
各々、好きなようにだべっていた。
このまま自習の時間が過ぎて下校するのかと思っていた、その時だ。
ピシャァッ!!
空が眩しく光り、ゴロゴロと雷鳴が轟くと同時に電気が消えた。
途端に教室がざわめく。
「停電!?」
「なんだ何も見えねえぞ!!」
「神崎さん、どこですか!?」
「痛たっ。城ちゃんウロウロしないで」
「みんな落ち着いて!!」
「うわ誰だ今触ったの!!」
そこで古市は閃く。
「皆さん、ケータイのライトを…!」
ケータイのライトを点け、辺りを照らす。
良案だと他の生徒も自分のケータイやスマホを点けてライトを点灯させた。
神崎は未だにセクハラしてくる人物を照らす。
姫川だ。
ゴスッ!
「何してんだてめぇは…? ずっと黙っているかと思ったら…」
肘鉄を右頬に喰らわせた神崎は、蔑んだ目で姫川を見下ろす。
停電の間、尻を撫でたりつかんだり、裾をたくし上げたり、肌を触ったり、やりたい放題だった。
「最近溜まってて正常な判断ができなかった…」
「闇にまぎれて殺しときゃよかった」
停電が回復する様子はない。
それまで待つかと思っていた時、花澤は手を挙げた。
「せっかく真っ暗なんスから、みんなで怪談しません? パネェ楽しいっスよ、きっと! ひやっとしましょうよ」
そう言って、「ひひひ…」と不気味に笑って雰囲気を出そうとする。
神崎は「せっかくって…」と呆れていたが、このまま真っ暗闇の中でだべるくらいなら、と多数の石矢魔メンバーが参加する。
「ヒヤッとしたいのなら、今から魔境に肝試しに行ってみないか?」
乗り気のヒルダはアランドロンを呼び出し、魔界への入口を開く。
早速、向こう側から怪しげな獣の声や笑い声がいくつも聞こえてきた。
すぐに古市と男鹿が左右からアランドロンを押して閉める。
「それガチなやつでしょう!? 肝潰れますから!!」
「てめーは死人を出してえのか!!?」
なんとか魔界肝試しは中止に。
「えーと、スマホの明かりじゃ雰囲気でないんで、誰かロウソク持ってません?」
「アンタ本当に形から入るわね」
花澤の呼びかけに、大森も呆れたように言う。
「ここにあるぞ」
取り出して手渡したのは、ヒルダだ。
「なんで持ってんだよ!!!」
つっこむのは男鹿だ。
怪しげな儀式でもしているのではないかと勘繰る。
机と椅子を後ろに下げ、カーテンを閉めてロウソクを中心に皆で輪になった。
外の雷雨の音で雰囲気が盛り上がる。
「『世にも奇妙』のBGMでも流しますか?」
花澤はスマホからBGMを流す。
デンデンデ―――ン! デンデンデ―――!
「それ『火サス』だろっ」
「あっれー?」
パパパ! パーパー!
「それもなっ!」
「ムリに雰囲気つくんな、逆に冷めるわ」
神崎と姫川に言われ、仕方なく花澤はBGMを諦める。
「―――で、誰からいくんですか?」
古市が尋ねた。
花澤は「じゃあ…」とたまたま目に留まった男鹿を指さす。
「男鹿っち!」
「おまえじゃないのかよ」
言い出しっぺから言わないとは。
「ちょっと考え中なんでウチはあとでいいっスよ」
「体験談だろ。作ってどうする」
そうつっこむのは神崎だ。
「そうだな…」
男鹿は最近自身が体験したことを話し出す。
「これは最近の話なんだが…」
その夜は、ベル坊の寝つきが早く、風呂に入らず早めに一緒に眠ってしまった。
電気を点けたまま眠ってしまったのがいけなかったのだろう。
午前4時頃に目が覚めてしまった。
電気を消して2度寝しようとしたところで足が止まる。
1階から何かが聞こえてくるのだ。
自室のドアを開け、ゆっくりと階段を降りる。
声は次第に近くなってきた。
話し声ではない、不気味な笑い声。
「うひひ…」
「ぁはは…」
やめようかと考えたが、足は止まらず先へと進む。
今度は悪臭が鼻をついた。
まるで死臭だ。
肌に染み込むような、そんな臭い。
たどり着いた先はリビングの前だ。
閉まったドアの向こう側から声と臭いの原因があることが窺えた。
意を決し、そっとドアを開けた。
キッチンの前に立つ女が、微笑し、何かを作っていたのだ。
声と臭いは、鍋からしていた。
気配に気づき、女が振り返る。
その女の手には、苦悶の表情が浮かんだコロッケがあった。
そして―――…。
「気が付いたら朝で、リビングで寝てた。しかも不思議なことに、その夜の前の1日分の記憶がねぇ…。―――あれは一体なんだったのか…」
石矢魔全員が内心でつっこむ。
(((((男鹿ヨメの壮絶にクソ不味い手料理だろっっっ)))))
その横でヒルダは、自覚がないのか、まるで他人事のように「恐ろしい出来事だな」と素知らぬ顔をしていた。
「坊っちゃま、あとでおやつがありますので」
「ミャッ!?」
取り出した弁当袋から、早速その笑い声と死臭が漏れている。
それから、
「わかりますか? 寝ても覚めても、横を見たらネグリジェを着たオッサンの顔があるんですよ…」
順番が回ってきた古市は、げんなりした顔で自身の怪談を話す。
かれこれ30分くらい経過しただろうか。
気分を悪くした生徒が続出した。
「そしたらあいつ…」
「よし、そこで切ろうか古市君」
夏目が待ったをかけたところで、何かに取りつかれたように口を動かし続けていた古市ははっとする。
ほとんどの生徒の顔が青い。
「おまえって日常が怪談なんだな」
「なんかごめんな」
「いつもいじって…、ごめん」
「やめて!! 余計に虚しくなるから!!」
青春がオッサン色に染まりそうになっている古市に憐れまずにはいられなかった。
「つか、それ、怪談っつーより、相談じゃねーか」
姫川が最もなことを言う。
(オレも語りだしたら相談になっちまいそうだな…)
神崎は姫川を見つめながら静かに内心で呟いた。
金持ちの愛情の注ぎ方は怪談レベルである。
最近は、家中に監視カメラでも仕掛けられているのではないかと背筋を凍らせたこともあった。
「姫川先輩とか、怪談とは無縁そうですね」
「幽霊とか出ても、金で買い取ってそうだな」
古市と男鹿に言われ、姫川はムッと顔をしかめる。
「金で買い取った覚えはねえが、実家に幽霊なら昔からいるぜ」
「「「「「え!!?」」」」」
非科学的なことは信じなさそうな姫川が、猫でも飼っているかのような言い方に全員が注目した。
姫川は懐かしそうに語る。
「ガキの頃からちょいちょい悪さしてくるんだ、これが。もう見えなくなったけど、ガキの幽霊だ」
「幽霊っていうか座敷童っ!!?」
「あいつ元気にしてるかな…」
親戚の子どものような扱いだ。
「服は着物なのに、なぜか同じリーゼントだった」
「リーゼントが保たれてたら姫川財閥も安泰だろうよ」
想像しただけでシュールな座敷童が思い浮かんでしまう。
驚くあまり恐怖は感じさせないが、姫川財閥の根源を知ってしまった。
「そーゆーのじゃなくて、もっとこうゾッとする話とかないんですか」
古市が不満げに言うと、ネタを考えていた花澤がついに口を開く。
「お風呂から上がったら爪が…」
「それは痛い話っ!!」
大森が叫んで両耳を塞ぎ、花澤の後ろから谷村が両手で花澤の口を塞いだ。
「あ。だったら…、これ、知り合いの男の人から聞いた話なんだけど…」
今度は邦枝が話す。
その知り合いは一人暮らしをしていた。
ある夜、午前0時をまわった頃に呼び鈴がなった。
「誰だろう?」
ドアののぞき穴から見ると、白いワンピースを着た綺麗な人だった。
「すみません」
その人はドアをノックする。
「すみません、トイレを貸していただけませんか?」
綺麗な人に頼まれ、男はドアを開けて快くトイレを貸した。
あわよくばこれをきっかけに仲良くなれないかと、下心を隠したまま待っていると、
「ぎゃあああああっ!!!」
数秒後、トイレの中から叫び声が聞こえた。
慌てた男はトイレのドアを開ける。
「どうしました!?」
「便座を上げたら、ゴキブリが……!!」
「「「「「ぎゃああああああああああああ!!!!」」」」」
石矢魔男性陣が一斉に悲鳴を上げた。
逆に語り手がびっくりしてしまう。
「? どういうことっスか? そこまでゾッとする話っスか?」
花澤は話の裏を理解できていないようだ。
神崎は青い顔で教える。
「てめーは用足す時、便座上げるのか?」
「………あ、なるほど」
花澤は、ぽん、と手を鳴らす。
つまり、その綺麗な人は男だったのだ。
「泣いていいですか…?」
古市は号泣している。
「もう泣いてるじゃない。私もそこまで怖がられるとは思わなかったけど」
女性が信じられなくなりそうである。
「確かにゾッとする話だけどよ…」
姫川は、なんか違うだろ、と言いたげだ。
「じゃあ今度は東条が話してよ」
「んあ? オレ?」
眠りかけていた東条に視線が集まる。
東条は欠伸をし、「ん―――」と話題を考えた。
「そうだな…。別に大した話じゃねーんだけどよ…」
期待に応えるために、東条は思い浮かんだものから順番に語っていく。
数十分後…。
「そしたら何度も何度も、同じ廃墟にたどりついちまってよー。地図も間違っているわけじゃねーし、でもお届け先は間違いなくそこみたいで…。どうしようかウロウロしてたら髪の長い女が部屋から出てきてくれて…。「それ…、わたしのです…」って」
一同は、しん…、と静まり返っている。
対して、東条は陽気に、宅配のバイトで起きた体験談について語っていた。
「まあ、変わった人間がいるなって話だけど…。でも、今でも妙に思うんだよなぁ。あの届け物、赤黒い染みみたいなのがべったり付着してたから、気にならなかったのかなって…。オレが気になって後日部屋を訪ねたけど、誰もいなくてもぬけのカラだったし…」
石矢魔女子はひとつに固まり、神崎は姫川の裾をぎゅっと握りしめている。
「あ、あと、これはピザ屋でバイトした話なんだけどよ…」
「もういいです!! 勘弁してくださいっ!!」
ベル坊をしっかり抱きしめた古市が手を挙げてストップをかけた。
これ以上はひとりで夜中のトイレに行けない。
「もう怪談ならぶっちぎり東条先輩が1位っス。怖さパネェ」
花澤は半泣きでまだ震えている。
「東条を越える奴はいるのか?」
神崎が言った時だ。
果敢にも名乗り出る者がいた。
「オレの話を聞いて震えなよ」
東条の話ですっかりちびりかけている下川だ。
膝が笑っている。
「その前にトイレ行ってきなさいよ」
ちびられる前にと大森に促され、(ついてきてもらった)MK5とともにトイレから戻ってきた下川は元の位置に戻り、咳払いをした。
「…これは最近の出来事で、オレが体験した…実話なんだ」
“実話”の響きに何人もが喉を鳴らした。
ロウソクの小さな灯りが揺れ、下川を不気味に照らす。
「ちょうどこのくらいの時間かな…。あれは、夕暮れ時だった…」
辺りが夕闇に染まった頃、下校中の下川は、教室に忘れ物をしたことに気付いた。
別に明日も学校があるのだから、とそのまま帰ってもよかったのだろうが、いつも持ち帰っていたものだけに、傍になければ気になるのだ。
部活中の部員の声は聞こえるが、校舎に人はいない。
石矢魔の生徒は部活しているわけではないので、ほとんどが下校している。
廊下に響き渡る一人分の足音が不気味に聞こえた。
石矢魔の教室が近づいてきた時だ。
何やら呻き声が聞こえるのだ。
声を押し殺しているような。
誰か喧嘩でもしているのか、そう思ったが、声以外争いの音は聞こえない。
下川は静かに教室に近づく。
おそるおそるドアの向こうを見てみると、薄暗い教室の中、影が蠢いているのが見えた。
髪は長く、苦しむような動きだ。
驚いて思わずドアに足が当たってしまった。
影の動きが止まり、こちらを見上げる。
なんと、影には、カッと見開かれた目が4つあった。
こちらをじっと見つめ、恐怖に耐え切れなくなった下川は、絶叫しながら廊下を走り去ったのだった。
「あれは一体なんだったのか…。今でもわからない…。あの席には、何か…、何かいると…―――」
下川がその席を指さした瞬間、ロウソクの火が消えた。
「うわ!!?」
「ななな、なに!?」
「火が…っ!!」
「誰か灯りつけろよ!!」
「ぎゃあああっ!!」
ただでさえ怪談の途中なので、最初の時よりもパニックになっていた。
「あ、明かり…、明かり…!! あ!!」
花澤も震える手でスマホの明かりを点けようとしたが、スマホを誤って床に落としてしまう。
その時、停電がなおったのか、教室の明かりが点いた。
「「「「「!!!!???」」」」」
石矢魔生徒の誰もが愕然とした。
先程まで語っていた下川がそこに倒れていたからだ。
ヒルダ特製のコロッケをすべて口に突っ込まれたまま。
デンデンデ―――ン! デンデンデ―――!
落とした花澤のスマホから、誤ってダウンロードしてしまった『火サス』のテーマソングが流れた。
古市が思わず「タイミング良ッ!!」とつっこむ。
「下川―――っ!!」
碇達が下川に駆け寄った。
「坊っちゃまのコロッケ!!;」
ヒルダはいつの間にか袋の中がカラになっていることに気付き、ショックを受けている。
「こんな話を聞いたことがある…」
色眼鏡を指で上げた姫川は語る。
「この教室は、夕暮れになると悪霊が出るらしい…」
「ああ…。オレも聞いたことがあるぜ。にわかに信じがたい話だが、そいつの姿を見て他人に話そうとした者は、ことごとく酷い目に遭うそうだ…」
今度は神崎まで言い出した。
「ま…、まさか…、下川の奴…」
碇は抱き起した下川を見て恐怖で顔を蒼白にしている。
「おまえらも気をつけな…」と姫川。
「教室の悪霊は、今もこの教室のどこかで…」と神崎。
電気が点いたというのに、石矢魔の生徒達の恐怖はマックスだ。
下校の鐘が鳴り響き、それを合図に、ほとんどの生徒が血相を変えて教室を飛び出した。
教室に残ったのは、神崎と姫川だ。
全員が帰ったのを見届けてから大きくため息をつく。
「まさか、あの時の奴が下川だったとは…。どうりでオレ達の噂が立たないわけだ。オバケと間違えられちゃあな…」
逢引中に誰かに目撃されていたが、相手が誰かわからないままだった。
変な噂が立たないかと神崎はハラハラした気持ちで過ごしていた。
目撃者が判明し、2人の行動は早かった。
最初に神崎が火を吹き消し、姫川がヒルダのコロッケを下川の口に突っ込んで黙らせたのだ。
「思わず最強兵器突っ込んじまったけど、あいつ生きてるよな?」
姫川はMK5によって運ばれた下川を今更気にする。
「いや大丈夫だろあいつは。…死んだら化けて出てくるだろうが」
「やめろよ縁起でもねえ」
ちなみに保健室に運ばれた下川は奇跡的に無事であったが、
「あれ? 今って何月何日?」
「「「「「ひっ…」」」」」
神崎と姫川のやり取りを目撃する前の記憶を全部なくしていたとか。
*****
「…………あの…、神崎? まだ誘ってねえけど、ウチ来るのか?」
「………その…、うん…、行って…やる…」
無意識だが、アロハシャツの裾をしっかり握りしめている。
東条の怪談と、先程の自分達がでっち上げた怪談を自分で言ってて怖くなったのだ。
「とりあえず…、トイレ…」
「よし行こう。すぐに行こう」
のちに、教室の悪霊がトイレにも現れたと噂が立ったとか。
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