小さな話でございます。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
季節は冬。
はっきり言ってクソ寒い。
「うー。寒ぃ。寒ぃ。超寒い…」
気温は一ケタだというのに、隣を歩く神崎は手袋もしてない両手に自分の白い息を吐きかけ、手同士を擦り合わせて自身の手を温めている。
耳と鼻先は真っ赤で、こんな肌寒いのにコートじゃなくて、下はパーカーにその上に学ランだけって勇者だろ。
オレみたいに、コートに薄紫のマフラーと防寒してくればいいものを。
家の奴らもそこらへん注意しろよ。
いくら神崎がバカでも風邪ひいちまうだろ。
「おい」
「あ?」
仕方ないので、オレは自分のマフラーを与えてやった。
「なにこれ」
神崎は首にかけられたマフラーの端をぷらぷらと揺らしながら尋ねる。
「マフラー」
「わかってんだよ! なんでてめーの…」
「てめーの格好を今すぐ鏡で見てみろよ! 見てるこっちが風邪引きそうだぜ! せめてマフラーだけでも巻いとけ! オレはコートだけでも十分あったけーから」
「……………」
オレの温もりが移ったマフラーが温かくて手放さないのか、いつもみたいに「いらねえよ」とツンな発言はない。
調子に乗ってオレは手を差し出す。
「手は…、オレの手で温もれば…」
「いらね」
そこはツンで返すんですか。
「じゃあ…、1日だけ…」
神崎は渋々、オレのマフラーを首に巻き始める。
もう少し長かったら、2人で一緒に巻けるのに。
神崎は絶対恥ずかしがって嫌がるだろうが。
白いため息を吐いて神崎を見ると、
「………なにしてるんですか?」
「あ? マフラーってこうじゃなかったっけ…?」
神崎は、マフラーで首の後ろをリボン結びにしていた。
突然の不意打ちに、オレは一度神崎をその場に待たせて近くの角を曲がり、
(カワイイじゃねえかこのヤロォォォォォォッッッ!!!! オレに早めのクリスマスプレゼントかァァァァッッッ!!!!)
たまたま見つけた赤い郵便ポストに何度も額を打ちつけた。
ちょうど回収に来ていた郵便局員にギョッとされたが、理性も取り戻したところで神崎のところに戻った。
「行くか」
「おまえ、額にあるのコブじゃ…」
怪訝な目を向けられたが、オレは「問題ねえ」と言ってサングラスを指先で押し上げ、神崎にマフラーの正しい巻き方を教える。
その前にこっそり写メったのは内緒だ。
本当はもっと見ていたかったが、他の奴らには絶対見せたくない。
巻き方教えるのもオレだけでいい。
「おまえマフラー巻いたことねーのかよ」
「持ってねえんだよ。悪かったな」
今までどんな寒い冬過ごしてきたんだよ。
後ろ首にマフラーをかけて、垂れた両端を交差させて後ろ首でくくる。
ん?
なんか女子っぽいような…。
自分でやるのと人のでやるのとはイメージが違う。
神崎は満足げに目を細める。
「あったか…」
「そうだろ?」
だから無自覚でその顔はヤメロ。
カワイイのわかってるから。
充分理解してますから。
「あ、そうだ」
神崎はなにを思いついたのか、マフラーを少し上げ、チェーンだけが外に出るように口元を隠した。
「この時期チェーンが冷えて、頬に当たるたびに冷たかったんだよなぁ」
満足げに「これなら冷たくない」とマフラーの下で口を動かす。
「…姫川?」
「いや…っ」
この時オレは近くの電柱に頭を打ちつけていた。
(だったらチェーンを外せばいいじゃないっ!! ってオレは絶対に言わねえぞっっ!!!)
おそろしいぜ、マフラー。
神崎と組み合わさるととことんオレのツボをつきやがる。
つくどころか容赦なく貫いてくる。
これ無事に登校できるかな、オレ。
ようやく聖石矢魔の校舎が見えてきたところで、神崎はオレの袖を引っ張って止める。
「学校行く前にそこの自販機寄ってもいいか?」
「どーぞ」
まだ予鈴まで時間あるしな。
途中の自販機で、神崎は温かい缶コーヒーを買った。
マフラーのお礼なのか、頼んでもないのに、オレのブラックコーヒー(ホット)まで買ってくれた。
「やる」
「お…、おお、さんきゅ……」
その時オレは、コーヒーより、コーヒーを持っている神崎の手に注目した。
解いた、マフラーの片端越しに温かいコーヒーをつかんでいる。
自分の分もだ。
「……おまえ、ソレどういうつもりだ?」
「え? …ああ。オレ、猫手だから、布越しじゃねーと、熱いもの長く持っていられねーんだ」
(猫手ってなに―――!!? 猫舌みたいなもんなのかぁ―――っっ!!?)
オレの心の叫びなどおかまいなしに、神崎は缶コーヒーの蓋を開け、マフラー越しにつかんだまま幸せそうな顔で飲み始めた。
「あったかいなぁ…」
「あったかい通り越して熱い…」
その間、オレはもらったコーヒーで自身を落ち着かせながらも、すっかり沸騰している脳内では、マフラーで可能なあれこれを妄想していた。
マフラー万歳!!
.