小さな話でございます。
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美術の時間となり、早乙女から好きなものを描いてこいとスケッチブックと鉛筆を渡された。
石矢魔クラスの奴らは全員外へ出て、ある奴は屋上へ、ある奴は校舎裏へ、ある奴はグランドへ行って好きなものを捜しにいく。
オレもスケッチブックを抱え、適当に校舎裏の方へ行った。サボってもよかったが、相手は早乙女だ。
課題とか増やしてくるだろう。
適当になにを描こうかグランド近くを彷徨っていたとき、見覚えのある金髪を見つけた。
神崎だ。
鮮やかに彩る紅葉の木の下に座ってなにかを観察しながら鉛筆をスケッチブックにはしらせていた。
紅葉の木を描いているのかと思えば、視線を一点に集中させている。
なにかと思って近づいてみると、ミノムシが木の枝にぶら下がっていた。
神崎は芸術家になりきっているような顔をしてミノムシを描いている。
「ぶっ!!(笑)」
堪えることができずに噴き出すと、神崎は肩越しにこちらに振り返ってオレを睨んだ。
「なに笑ってんだてめー」
「真剣にミノムシ描いてるのが面白くて…(笑)」
スケッチブックの3分の2は使用している。
でかいミノムシの絵が出来つつある。
もじゃもじゃで、一目でミノムシとはわかりづらい。
妖怪みたいだ。
「神崎のことだからヨーグルッチでも描くと思うだろ」
「ヨーグルッチバカだと思われちまうだろ!」
「とっくにヨーグルッチバカだろ」
「ああ!? 口出しすんじゃねーよ。てめーはなに描いたんだ?」
「まだなにも?」
真っ白なスケッチブックを見せると、神崎は「はっ」と笑い、「てめーは毛虫でも描いてろ」と生意気なことを言って視線をスケッチブックに戻した。
オレはその向かい側にある花壇の近くに座り、ようやくスケッチブックに鉛筆の先端をつける。
「…なに描くんだ?」
花壇の方へ向かったからその花でも描くと思ったのだろうか。
神崎はまたオレに視線を向けて尋ねる。
「それ。紅葉」
鉛筆の先で指すと、神崎は紅葉の木を見上げ、「ああ、これか。また面倒なモンを…」と呆れている。
オレにとってはミノムシの方が面倒だと思うがな。
オレは紅葉の木を観察しながら、スケッチブックを縦にして描いていく。
少しだけ静かな時間が流れた。
途中、ざあっと強めの風が吹き、紅葉があいつの周りを舞った。
その光景に思わず息を呑む。
紅葉が、無数の手に見えた。
「神崎…!」
連れて行かれるような、そんな感覚だった。
思わず名を呼ぶと、神崎は半身をこちらに向け、「どうした?」と問う。
焦ったような声だったので、何事かと思ったのだろう。
宙を舞っていた紅葉はどこかへ飛んだり、その場に落ちたりした。
はっと我に返ったオレは、急いで呼んだ別の理由を捜す。
それは地面に転がっていた。
「ミノムシが…」
「あ」
風に負けたミノムシが地面に落ちていた。
神崎はそれに近づき、「どうしよ…」と困った顔をする。
オレが「どこかにつけとけよ」と言うと、神崎は枝の付け根に置いた。
鳥に食べられないか心配するところだが、くっつけるものがなにもないから仕方がない。
「……オレは描けたから先に教室に戻るぞ」
「おう」
それだけ言って神崎はその場を去っていく。
「絵を見せろ」と言われずに済んでよかった。
描きかけだが、自分の絵を見てみる。
紅葉の木と、神崎の後ろ姿。
とても本人に見せられるものではない。
紅葉を見上げ、軽く睨んだ。
季節は早くも秋。
しかもあとひと月で冬だ。
そしてそれを過ぎれば春が来る。
待ったと言って待ってくれるものではないし、こればかりは金の力でもどうにもならない。
神崎が連れて行かれてしまう前に、そろそろオレも腹を決めなければ。
この後ろ姿を、真正面に向かせる力がオレにあるのか今は不安だが、それでも、いつまでもミノムシじゃいられないよな。
オレは立ち上がり、一度は落ちたミノムシを一瞥する。
アレが蛾になる頃には、オレも…。
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