とある家族猫。
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そんなある日、おふくろ達のアジトである廃車置場でたつやとスズメを追いかけて遊び、汚れた白のワゴンの上で休憩していたとき、オレは三毛猫の夏目から聞いた。
「記念日?」
オレが首を傾げると、夏目は思い出し笑いをしながら頷く。
「うん。神崎君と姫ちゃんが出会って、今日でちょうど1年目だってさ。―――で、姫ちゃんが言うには、神崎君と祝い事したかったらしいんだけど、神崎君が面倒臭がったんだよね。それで姫ちゃんすっかり機嫌損ねちゃって…」
だから朝からあんなにどんよりとした空気だったのか、親父。
「なら、オレ達が親父達になにかあげようぜ」
「パス」
たつやは即答だ。
「あ!? なんでだよ!」
「おふくろが面倒臭がってんだったらいいだろ。オレ達がわざわざプレゼント渡す義理はねーし…、本当の子どもじゃねーんだしな…」
冷たくそう言ってたつやは、車から飛び降りてどこかへ行ってしまう。
「な…、なんでそんなこと言うんだよ! たつやのアホ!!」
オレは姿が見えなくなる前に怒鳴ってやったが、たつやは無視だ。
オレあいつのああいう冷めたとこ嫌い。
難しい言葉使って、屁理屈こねるところとか。
オレのこと絶対バカだと思ってる。
頬を膨らませ、苦笑している夏目に尋ねた。
「おふくろと親父がもらって嬉しいもんってなんだ?」
「え? ん―――…」
「神崎さんなら、マタタビが好物だったはずだ」
そこで、大きな白猫の城山が現れて言った。
思い出したように、夏目は「あー」と言う。
「そうだったそうだった。たまに好物(それ)持って姫ちゃんとこに行くよね。何度も見かけてるし、姫ちゃんも好きなんじゃない?」
「オレ達には分けてくださったことがないのに……」
城山の周りの空気が重くなる。
それに構わず、オレは「そのマタタビの木ってどこにあるんだ!?」と夏目に尋ねると、夏目は「確か…」と視線を上げた。
「神崎君が、「神社の裏から取ってきた」って言った気が…」
「神社の裏だなっ」
オレは車のフロントガラスを滑り台のように滑り降り、地面に着地して走った。
後ろから夏目が「あ…っ」となにかを言いかけたが気にかけず、オレは廃車置き場の出入口を目指す。
日が沈む前に戻ってくれば大丈夫だ。
たつやは「プレゼント渡す義理がねえ」とか言ってやがったが、よく考えろあるだろ。
オレ達を見捨てずに拾ってくれたあの2人に、せめて“記念日”って口実で感謝のもの渡すくらいいいじゃねえか。
あいつにはとことん愛想が尽きたぜ。
途中で見放されちまっても知らねえからな。
隣にたつやがいないのは初めてかもしれない。
ずっと一緒だったから。
外に出るときも必ず一緒だ。
オレが外に出ようとすれば、喧嘩してようがついてきたってのに。
住宅街に挟まれた道でふと立ち止まり振り返ってみたが、あいつの姿はない。
すぐにはっとしてまた歩き出す。
「よー、チビ崎じゃねーか」
十字路をきょろきょろしていると、横から声がして顔を向けると、2匹の犬がこっちを見下ろしていた。
真っ黒な犬と、真っ白な犬。
野良犬の男鹿と、飼い犬の古市だ。
おふくろはあまり言いふらすなって言ってるけど、こいつらも親父とおふくろと境遇が同じで、お付き合いしてるらしい。
「チビ崎じゃねー。はじめだ」
オレは男鹿を軽く睨み、口を尖らせて言う。
何度言わせんだよ。
確かにオレとおふくろは本当の親子じゃないが、びっくりするくらいそっくりだ。
ちなみに、親父にそっくりなたつやのことは、「チビ川」と呼んでいる。
「相変わらず生意気なガキだな」
「こんなところでどうしたんだ? たつや君は?」
男鹿と並んだ古市がオレを見下ろしながら尋ね、オレは「フン」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「知らねえよ、あんな奴」
「「?」」
2匹は首を傾げたが、オレは話を逸らすように神社の場所を聞く。
「神社? なに神社だ?」
「あ…」
そういえば詳しい神社の名前も聞かずに飛び出しちまった。
「ま…、マタタビがいっぱいのとこだ!」
犬のこいつらに聞いてわかるかどうか不安だったが、そこで男鹿が「あー」と声を伸ばした。
「そういや、北にある石矢魔神社にマタタビの木があったような…。べろべろに酔っぱらった猫がいたから、たぶんそこだ」
「つれてけよ」
オレがおねがいすると、男鹿は「やなこった」と舌を出した。
「あ゛ー? にゃんでだよっ」
「オレと古市は今デート中だからだ」
「コラ、男鹿、大人げないだろ」
古市は叱咤するが、男鹿は「だって久しぶりじゃねえか」と口を尖らせる。
この2匹、予定通りに会えないこともしばしばあるらしい。
なんせ、片方が飼い犬だからだ。
親父が他人事じゃないみたいに言ってたのを思い出す。
ふと、おふくろと親父を重ねたオレは、「やっぱ一人で行ってみる」と言って2匹の横を通り過ぎた。
「気を付けていけよ」と男鹿。
「迷子にならないよーに」と古市。
ガキ扱いしやがって。
何時間歩いたかはわからないが、道端の猫に道を尋ねながら目的地を目指して歩き続け、たまに公園の水飲み場で水分を補給し、ついに遠くに神社らしき鳥居を見つけた。
「あれか?」と見上げる。
それは長い石段の上にあった。
一段一段が、まだ小さなオレにとって、修行を強要されているようだった。
崖のぼりのような感覚だ。
「んしょっ…、んしょ…っ」
廃車をのぼりおりしてるから慣れたものかと思いきや、長い…。
廃車をのぼるのと違って直角だし。
「ふぅ…」
ようやく頂上に到着し、伏せて一息つく。
振り返ると、さっきまで歩いてきた町が見渡せた。
オレ達のアジトはさすがに見えなかったけど、目立つ建物はよく見える。
そこで思い出すのは、また、たつやのことだ。
あいつにも見せてやりたかった、と。
そんなことを想ってしまったオレは、またはっとして、振り払うように首を振った。
そんなことより、おふくろと親父にプレゼントするマタタビだ。
夕暮れも近くなってきたことだし、急いで持って帰らねえと日付が変わっちまうかも。
小奇麗な社殿だ。
神主がいつも掃除しているのか、石畳には落ち葉があまり落ちていない。
社殿の裏手にまわると、薄暗い雑木林になっていた。
どれがマタタビの木なのか。
きょろきょろと辺りを見渡し、以前に、この時期に小さな白い花を咲かせているのがマタタビだと城山から聞いたことを思い出いながらマタタビの木を探す。
「!」
白い花、ってアレか?
目に留めた木に近づき、見上げて鼻をひくつかせてみると、マタタビの独特な甘い匂いがした。
コレだ。
オレは目を輝かせ、早速とばかりにその木にのぼり始める。
もっと木登りの練習をしておけばよかった。
あと、石段をのぼり終えたあとじゃきつい。
小さな爪で慎重にのぼり、一番低い枝に移ると、何度か飛び跳ねてみる。
「くっ、このっ」
バキッ!
「にゃ゛――――っ!!!」
枝は根元から折れ、オレは真下の茂みに枝とともに落ちたが、その茂みがクッションになって助かり、ケガはしなかった。
がさがさと茂みから出てきて、ふるふると木葉のついた体をふるい落とし、「よいしょっ」とマタタビの枝を口で咥えて引きずりだす。
「♪」
思った以上に長いマタタビの枝を手に入れ、おふくろ達を驚かせるのが待ち遠しくなった。
「待ちなっ!!」
「!」
マタタビの枝を引きずりながら神社の裏手から出ようとしたとき、どこからか鋭い声が聞こえた。
周りを見回すと、目の前に5つの影が現れる。
「おまえ、勝手にオレ達のマタタビの木に手を出したな? ここはオレ達、MK5の縄張りだ!」
現れたのは、5匹の野良猫だ。
なぜか戦隊もののようなポーズをとり、真ん中にいた黒猫がリーダーなのか、そう言った。
「神社のマタタビの木だろうが。誰がとろうが自由じゃねえか。こっちは急いでんだ、空気読め」
「生意気のガキ猫だな。大体、ガキにはまだマタタビの木なんざ早いっつーの」
「これはおふくろと親父にあげるもんだ。どけよっ!」
毛並を逆立たせて睨みながら怒鳴ると、MK5はオレを囲み、にゃにゃと…、いや、にやにやと笑った。
「ガキにはお仕置きが必要だな」
「…っ」
5匹の大人の猫相手だと分が悪い。城山並みにデカい猫が2匹ほどいるし。
オレは小柄だから、奴らの間をすり抜けて逃げることはできるが、せっかく手に入れたマタタビの枝を置いていかなくてはならないことになる。
「フーッ」と爪を立たせて威嚇してみるが、奴らは怯えた様子を見せない。
「かかれぇっ!!」
最初にデカい猫2匹がオレに飛びかかってきた。
「に゛…っ」
たじろいだ瞬間、目の前になにかが飛び出してきた。
「っ!!」
「!?」
オレの代わりに顔を引っ掻かれたのは、たつやだった。
「たつやっ!」
「フーッ!!」
たつやは爪を立たせ、両手で2匹の顔を引っ掻き返した。
「痛てっ!」
「くっ!?」
突然現れたたつやに、MK5は意表を突かれた顔をする。
「はじめに手ぇ出すんじゃねえ…っ!」
「たつや…っ」
もしかして、ついてきたのだろうか。
「なんだこのガキ…!」
「威勢のいいガキだな…。てめーも教育されたいってか!?」
今度は5匹全員が飛びかかってきた。
たつやはオレを後ろに庇うように一歩も引かない。
グシャッ!!
地面に押し潰れるように倒れたのは、MK5の方だった。
その背後には見慣れた4匹がいた。
男鹿、古市、それと東条組だった。
「大人げねえ奴らだな。こんなカワイイちびっ子にお仕置きなんざ…」
東条は片手で潰したMK5の1匹を見下ろして呆れるように言った。
大きなトラ猫で、おふくろの顔なじみだった。
町のはずれでよく他の猫と喧嘩しているっていうから最初は怖い印象だったが、初めて会ったとき、散々デレデレされた挙句、持ち帰られそうになったことがある。
まあ、どちらにしろ苦手な奴だ。
その後ろにいる、こちらも大きな猫2匹。
東条のお付きの相沢と陣野だ。
相沢は常に笑みを浮かべ、若干金色の混じった猫で、陣野はどこか貫禄のある黒猫だ。
「終わったかー?」
普段喧嘩に参加しない古市があとから出てくる。
「おまえら、どうして…?」
その疑問にはたつやが答えた。
「ここはタチの悪い野良猫が溜まってることがあるからな。オレが声をかけたんだよ。いくら雑魚でも、大人の猫数匹にガキのオレらじゃ勝ち目がねえからな…。つーか、情報不足なんだよ、おまえは」
悪態をつくたつやにムカついて「なんだと」と睨みつけたが、たつやの右頬から流れる血を見てはっとする。
さっきオレを庇った時につけた傷だ。
「おまえ、傷…っ」
「舐めときゃ治る。そろそろ親父達も心配する頃だろうし、戻ろうぜ」
そう言って自分の傷を舐めようとするたつやだったが、舌が届かないのか顔をしかめている。
オレは思わず近づいてたつやの顔についた傷を舐めると、たつやは目を見開いて驚いた。
「おい…?」
「おふくろが、親父がケガした時にやってたろ?」
そう言って血が止まるまでたつやの顔を舐める。
「……………」
たつやは黙ったまま、顔を赤くした。
つられてオレも赤くなる。
恥ずかしいのはわかってるけど、それでもオレは舌を休めなかった。
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