電子レンジでタイムスリップしました。
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未来に来てしまった。
確証となったのは、姫川に見せてもらったスマホの写真だ。
卒業した時の、夏目たちと飲みに行った時の、同窓会の時の写真など。
自分の机に腰かけたまま、オレはその写真を順番に見ていく。
オレと一緒の写真が、ひとつもない。
茫然と眺めていると、向かい側の机に座った姫川はオレの手からそれを優しく取り上げ、ポケットにしまった。
代わりに、オレが写真を見てる間に買ってきてくれたホットココアを渡してくれる。
「つまり、こういうことか? オレと喧嘩したあと、家庭科室でココアを温めようと電子レンジのボタンを押した瞬間、10年後に飛ばされてしまった…と」
事情を聞いた姫川はオレと顔を見合わせて確認する。
オレは素直に頷いてから、ホットココアの缶を開けて飲み始めた。
「信じられねえだろ…」
オレだってそうだ。
それでも、姫川は首を横に振って「いいや?」と言う。
「今の神崎より若いしな…」
そう言って小さく笑った。
「…10年後のオレ、老けてんのか?」
「ははっ。対して変わってねーよ。…反応が若いっつってんだ」
「……………」
改めてみると、頭は相変わらずリーゼントのままだが、姫川は大人の空気を纏っていた。
オレが知ってる姫川よりも。
目の前の姫川は28歳。
結婚したっておかしくないんだ。
「……結婚したんだな…」
「ん? …ああ」
姫川は自分の指輪を見る。
金色の指輪。
金持ちのこいつのことだ、きっと純金だろう。
相手の指輪はなんだろうか。
ダイヤがついているのだろうか。
気になるほど、チクチクと針の先でつつかれるように胸が痛い。
「オレら、なんで別れたんだ?」
「ん―――…。あの時かな…。おまえが曖昧な返事したあと…、自然消滅」
「……そうか…」
「神崎…、今だから聞くけどよ…。おまえ、オレが遊び半分で告白したと思った?」
「!!」
はっとして顔を上げると、姫川はまた小さく笑って、「やっぱな…」と呟く。
「おまえも軽い気持ちで付き合って、途中でオレが本気だって焦ったクチだろ。キスできなかったのもそんな理由だ。違うか?」
「……………」
ほとんど当たっている。
やはり大人だ。
なにも返さないオレを見ても、姫川は少しも眉をひそめない。
本人の中では終わったことなのか。
「嫌いじゃ…なかった…」
「ん?」
オレは思わず口走る。
「その…っ、おまえのことは嫌いじゃなかったし…、キスが嫌だったわけでも…っ」
「じゃ、なんで拒絶してたわけ?」
冷めた反応に、オレはムキになって返す。
「初めてだからだ!!」
「…え?」
きょとんとする姫川の顔を見て、カァッ、と自分の顔が熱くなった。
誤魔化すように後頭部を掻くが、目が忙しなく泳いでしまう。
「オレ、付き合ったのはてめえが初めてで…、付き合ったらどうすりゃいいかわからなかったんだよ。ましてや男同士だぞ。家のことだってあるし、先のこと考えんのが怖くなっちまって…。キスなんてしちまったら、「好き」なの認めちまって、てめーから離れられなくなっちまうだろが!!!」
そこで、「あ」と気付く。
そう考えてる時点で、オレ、あいつのこと…。
「神崎…」
はっとしたオレは、右手で顔面を覆い、左手を振った。
「悪い、今さらだよな。忘れてくれ」
「今さらじゃねえよ」
姫川はオレの左手首をつかみ、顔を近づける。
「忘れんな。まだ間に合う」
「姫か……」
姫川の唇が近づいてきた時だ。
不意に視線を感じ取って出入口に目を向けた。
「は…っ!!」
そこには、なぜかエプロン姿のオッサン(アランドロンつったか?)が立っていた。
なんだそれ家政婦のつもりか。
オレと姫川は同じ方向を見たまま一時停止する。
オッサンが言うには、家庭科室で古市の弁当を作っていた時、材料が足りないことに気付いて一旦家まで取りに行き、戻ってきた瞬間、家庭科室に置きっぱなしにしていた電子レンジをオレが使ってしまい、巻き込まれて一緒に未来に来てしまったとか。
「緑色のカップに入れた、アイスココアを温めると10年くらい飛ばされます」
「さらっと非科学的なこと言ってんじゃねえよっ!! 緑のカップ関係あんのか!?」
「懐かしい非常識っぷりだな」
そしてここもやはり大人姫川。
オレより冷静沈着だ。
「お探ししておりました。私は電子レンジにしがみついていたからなくさずに済んだものの、あなたとはぐれてしまいましたかね」
探してくれなければ未来に取り残されたままだったということだ。
神崎はゾッとした。
「元の時代に帰んのか?」
「…ああ」
「そっか…」
オッサンはこっちの様子を気にしながら電子レンジをセットしている。
「神崎、コッチは10年前のオレのためにとっとけ」
そう言って人差し指をオレの唇に押し当てた。
「うっせ」
オレはそれを軽く払いのけ、背を向けて「わかってるっつの」と返してオッサンに近づいた。
「………待ってるからな」
ボタンを押す瞬間、姫川がそう言ったのを聞き逃さなかった。
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