電子レンジでタイムスリップしました。
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冬の終わりの、些細な喧嘩だった。
オレは姫川に空き教室に呼ばれ、迫られた。
窓際に追い詰められ、アゴを軽くつかまれ、唇が近づいてくる。
付き合って2ヶ月半、告白してきた向こうから痺れを切らしてくるころだろうとは思っていた。
だから、告白に頷いたオレがそれを受け止めるのは当然のことだ。
「やめろ」
なのに、オレはその当然のことを拒絶した。
姫川は一時停止し、「またかよ」と肩を落とす。
「おまえオレと付き合ってんの自覚してんのかよ? これで何度目だ?」
文句を言いながらも、無理やりしてこないのはこいつの意外な一面だ。
「お、男と付き合ってんだ。自覚にちょっと時間かかってんだよ」
「もう2ヶ月だぜ? 詳しく言うなら2ヶ月半。そこらへんのカップルでもキスくらいしてるっつの」
おまえが言ってんのは男女のカップルの場合だろうが。
おまえかオレが女だったら、そりゃ早くできたろうに。
こんな複雑な気持ちにもならずに済んだはずだ。
「オレとキスするの、嫌なのか?」
「……わかんねーよ」
キスしたこともねえしな。
そう言ったら笑われそうだから言わねえけど。
「「わかんねー」って…」
姫川が徐々に不機嫌になっていくのがわかる。
こうなると面倒だ。
「もうすぐ授業始まるぞ」
オレは姫川を押しのけ、出入口へと向かう。
「神崎、おまえオレのこと好きじゃねーのかよ」
背後で聞こえたその声に、一瞬目が泳いだが、オレは振り返らずに答える。
「…わかんねえっつってんだろ」
冷風が通る廊下を渡り、教室へと向かう。
肩越しに振り返ってみるが、姫川が来る様子はない。
拗ねたな。
廊下の窓を見ると、今でも雪が降りそうな重い曇天が見えた。
はぁ、とため息をつくと、校舎内なのに白い息が出る。
またやっちまった。
好きなのか好きじゃないのか、キスしたいのかしたくねえのか、何度あいつはオレに確認してきただろう。
オレも、何度曖昧な答えを言ってきただろう。
オレだって、わからないんだ。
あいつに告白された時だって、どうしていいかわからなかった。
あいつのことだから遊び半分で言ってきたんじゃないかと思って、その遊びに付き合ってやろうと頷いた。
それが今ではどうだ。
1ヶ月であいつが遊びじゃないことに気付いて、一人で勝手に焦って、今の状態じゃねえか。
自嘲的な笑みを浮かべ、またため息をつく。
あいつのことは嫌いじゃない。
けど、それが恋人としての「嫌い」かはわからない。
卒業まであと数ヶ月。
オレはこのまま姫川と一緒にいられるのか。
今まで気にしなかった先のことが不安になった。
気晴らしにヨーグルッチでも飲もうかとポケットに手を突っ込んだが、空っぽだ。
「チッ」
ないとなると余計にほしくなる。
教室戻る前に自販機寄ってくか。
オレは階段付近の自販機へと向かった。
「……ない」
金をいれて自販機を見ると、ヨーグルッチのボタンに“売り切れ”の文字が赤く点灯していた。
ガンッ、とコブシでガラスを叩く。
どこのバカだ、ヨーグルッチ買い占めた奴。
殺す。
仕方がないので、ホットココアのボタンに手を伸ばし、人差し指で押す。
ガコン、と下から音がしてしゃがんで取り出した。
「つめたぁ!?」
出てきたのは、アイスココアの缶だった。
「壊れてんじゃねえか!?」
腹が立ったオレは、役立たずな自販機に蹴りを入れた。
ガショッ!!
だが、思いのほかいい蹴りが入り、自販機に足がめり込んだ。
そこで視線を感じてはっとそっちに目を向けると、教室に向かう途中の佐渡原がこっちを見たまま絶句した顔で立ち尽くしていた。
オレは反射的にアイスココアを片手に、その場から逃走すると、はっとした佐渡原が追いかけてきた。
「あ! 神崎君!! 待ちなさいっ!! 自販機どーすんのコレっ!!」
知るか!!
逃げ込んだ教室は家庭科室。
廊下の、佐渡原の足音と「神崎くーんっ」の声が遠ざかったのを見計らい、家庭科室の机の下からひょっこりと顔を出した。
「なんなんだ今日は…。ったく」
おかげで教室に行けなくなっちまった。
「はぁ…」
このまま家庭科室で冷たいココアでも飲みながらやり過ごそうとしたとき、机の上に電子レンジが置かれているのを見つけた。
「…!」
そう何度も嫌なことは起こらないか。
冷たいココアを飲まなくてすみそうだ。
オレは食器が入った棚から緑色のマグカップを取り出し、それに缶に入ったココアを全部注ぎ、電子レンジの中に入れた。
コンセントは見当たらなかったし、最新の電子レンジなのかもしれない。
形もなんか違うし。
そう思いながら、“あたためる”のボタンを押した。
その瞬間、真っ白な光がオレ含め家庭科室を包み込んだ。
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