時代劇に挑戦しました。
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聖石矢魔の出番がやってきた。
審査員は男女の5人。
その後ろには他の学生や一般人が座って劇を見にきていた。
幕が上がると、館内は拍手に包まれる。
ステージは白い紙吹雪が降り注ぎ(協力・恵林気会の組員)、雪山の風景が描かれた幕が垂れていた。
舞台袖から登場したのは、女物の着物を着て化粧をした姫川と、胸に抱かれた二葉だ。
女とも男とも見分けがつかない姫川の今の顔を見て頬を染める男女の審査員。
早くも好評だ。
ねん挫した右脚を引きずきながら歩いている姿が、雪に足をとられているように見えるので違和感はない。
夏目のナレーションが流れる。
“今から、およそ800年ほどまえのお話…。京都の外れにある山の中に、吹雪の中を急ぐ母と子のすがたがありました。母の胸には、一人の乳飲み子が抱かれていました”
「もう乳は飲んでねえぞコラッ!」
「しー…」
胸に抱いた二葉の口を軽く塞ぐ姫川。
ナレーションの夏目は思わず噴き出すのを堪え、話を続ける。
“侍達の二大勢力、源氏と平氏は、各地で激しく戦い、源氏の総大将、源義朝は、ついに平氏の手によって倒されてしまいました。義朝の妻、常盤は、まだ幼いコを連れ、平氏の手のとどかないところへ逃げようとしたのですが…”
そこで、平氏の武士達(恵林気会組員)が現れ、刀を向けて姫川と二葉を囲んだ。
「おまえらぁっ!! 二葉ちゃんになにしとんじゃあ!!」
観客の中にいた武玄が思わず立ち上がって怒鳴る。
「「「「ボ、ボス…!!」」」」
組員達が委縮したとき、まだ出番がない神崎は事情を話すために武玄を羽交いしめにしてそこから退場させた。
それを確認した姫川は小声で「続けてくれ」と組員達を促す。
“とうとう、平氏の武士達に見つかってしまい、平清盛の前につれだされたのでした”
清盛役は、ヤスだ。
どう見ても高校生には見えないのだが、メイクだと思ったのか、審査員の一人が「メイクの腕も見事ですなぁ」と呑気なことを言っていた。
“清盛は、幼い子が源氏の大将・義朝の子であることを知ると、すぐに首を刎ねるようにと命じました。ところが…”
「私の命はいりませぬ。その代わり、どうかこの子の命だけはお助けくださいませ」
姫川はできるだけ裏声でセリフを発した。
「ぶっ!!」と噴き出したのは神崎と夏目だ。
「…よかろう。命だけは助けてやる。だが、その代わり、その子どもの年が7つを迎えた時は、必ず寺へ入れると約束しろ」
顔にも迫力をつけ、ヤスは先程覚えたばかりのセリフを一言一句間違えずに言いきった。
神崎と組員達は思わず唖然としてしまう。
普段の二葉専用機とは思えない。
ここで一度ステージ上の照明が消され、次に登場する人物と背景の用意がされる。
“母の常盤に約束をさせ、親子の命は救われましたが、年月は瞬く間にすぎ、やがて清盛との約束を果たさねばならない時がきました”
ここでようやく大きくなった牛若丸役の神崎が登場する。
神崎と姫川は正坐になり、向かい合わせになった。
「牛若、そなたはもう7つ。寺に入って、立派なお坊さまにならなければなりませぬ」
そう言うと、姫川は袖で口元を隠し、元の地声で牛若のセリフを口にする。
“母上…っ。なぜ離れなければならないのですか…! なぜにでございますか…!?”
(すげぇな。マジで全部覚えてんのか)
感心しながら、それに合わせて神崎は口元を動かし、姫川の膝に泣きすがるような演技をした。
「牛若……」
ここで母が牛若丸をそっと抱きしめるのだが、膝にすがってくるうえに上目づかいをする神崎を見た途端、抱きしめる姫川の腕に力がこもり、神崎は小声で言う。
「おま…っ、しめすぎ…っ」
「母子の別れのシーンだ。ちゃんと熱く抱擁をかわせ」
姫川が耳元で小声で返すと、「真面目ぶってんじゃねーよっ」とまた小声で悪態をついた。
“こうして、7つになったばかりの牛若は、優しい母に別れを告げなければならなかったのです”
「寂しい時は、お父さまが大切にしていた、この横笛を吹きなさい」
名残惜しそうに離れると、姫川は袖から1本の横笛を取り出し、神崎に手渡した。
また照明が落ち、場面は鞍馬寺の山の背景に切り替わる。
“牛若丸が預けられた寺は、鞍馬の山の中、鬱蒼と茂る木立の中にある、鞍馬寺。そこで、牛若丸の厳しい修行生活がはじまりました”
神崎は机の前に正坐して、その上に書かれた紙に筆で執筆しているふりをする。
“ある時、牛若丸が一人で勉強していますと、どこからか、牛若丸をよぶ声がします”
「若様、若様」
“私を呼ぶのは、誰じゃ?”
その背後に登場したのは、編みがさを被った僧の男だ。
神崎はそれに気付き、振り返ってその男と向かい合わせになる。
“牛若丸がキョロキョロとあたりを見まわすと、見知らぬぼうずが座っていました”
「若様、お目にかかれて嬉しゅうございます。わたしは鎌田正近と申す旅の僧。若様、よくお聞きくださいませ。あなたさまは、平氏に滅ぼされた源氏の総大将、源義朝公のお子様ですぞ!」
“えっ、私がっ!?”
「そうです、わたしも義朝公にお仕えした身、義朝公は清盛の手によって殺されたのです。あなた様は、父君の仇をうち、平家をこらしめなければなりません。そして、源氏一門を立て直さなければなりません!」
その頃、舞台袖ではそのシーンを眺めながら、長いセリフを噛まず間違えず口にしている僧役について話していた。
「あの人誰。神崎君のおうちの人?」
「いや、蓮井だ」
「蓮井さん!?」
「呼んでもねえのに来てくれてたから出した」
神崎の家も姫川の家も過保護者が多いようで。
山中の背景に切り替わり、神崎はうずくまって泣くふりをする。
“僧から聞いたことは、なにもかも初めて聞く話でした。牛若丸は、山の中へ走りこんで、一人で涙を流していました。それは、7つの牛若丸が背負い込むには、あまりにも重い運命でした。そんな牛若丸を見ている、一人の烏天狗がいました”
舞台袖から現れた烏天狗役はこちらも恵林気会の組員。
烏天狗の仮面を被っている。
“その烏天狗は、高い木から飛び下りると、牛若丸のそばに立ちました”
「立ってくださ…、立て! 若…っ、小僧! 男がいつまでないておる。さあ、ワシについてこい」
やや違和感はあったが、組員はセリフを言うなり颯爽と舞台袖へと消える。
“言うが早いか、烏天狗はあっというまに姿を消してしまいました”
立ち上がった神崎はキョロキョロと辺りを見回す。
“あれ、どこいっちまったんだ?”
“見ると、そばの木に抜き身の刀が立てかけてあります”
神崎は一度舞台袖に近づき、その刀を城山から受け取る。
“天狗のやつめ、これでとっちめてやる”
すると、烏天狗が神崎の後ろを通り、軽くその頭を叩くとすぐに舞台袖へと消える。
“痛いっ! 誰だ!”
それから何人かの烏天狗が神崎の頭を軽く叩き、舞台袖へと消えると、神崎の見える位置ですぐに「すみません、若っ」と土下座していた。
「小憎、それでは太刀があってもなんにもなりはせんぞ。それそれ、ぐずぐずしておると、またやられるぞ」
馬鹿にするようにナレーション用のマイクを使って言うのは、ヤスだ。
“牛若丸は、今度はしっかり目をすえて、身構えました。よく見ると、たくさんの烏天狗が、牛若丸の周りを取り囲んでいました”
また数人の烏天狗が登場し、刀を構えた神崎を取り囲む。
“な、何者っ!”
烏天狗達は神崎に襲いかかり、神崎も刀を振りまわすがどれもかわされる。
“負けてはならじと、太刀をふりまわす牛若丸でしたが、あちらこちら、めったやたら撲られてしまいました”
その頃、舞台袖では他の組員達がその様子を眺めていた。
「若っ、名演技ですぜ!」
「若のあんなお姿は幼稚園以来か…」
「確か…、『桃太郎』の犬役とか…」
「『白雪姫』の小人役…」
「ボスもよく写真を…」
「その写真、いくらで譲ってくれます?」
ドシュ!
舞台から飛んできた抜き身の刀が、交渉しようとした姫川の後頭部に突き刺さる。
“これではならじと牛若丸は、昼なお暗いくらまの山中で、黙々と剣の修行に励んだのです”
「それっ! 右だ! 左だ! 走れ! とべ! まわれ!」
“烏天狗の指導で、牛若丸の剣の腕はみるみる上達し、それから何日かすぎた、ある月の輝く晩”
“はあっ!”
“鋭く切りこんできた、烏天狗の刀を、牛若丸は打ちとめると、かえす刀で激しく烏天狗に打ちこんだのです”
その場に倒れる烏天狗に、神崎は持っていた刀を掲げた。
“ついに烏天狗を倒してやったぞ!”
“牛若丸の剣の腕は、とうとうテングを倒すまでになりました。その日以来、もう牛若丸に敵う烏天狗は一人もいなくなりました”
烏天狗が神崎の前に跪いて言った。
「若様、私どもがお教えすることは、もうなにもありません。このうえは、立派なお侍になられますよう」
“その烏天狗達も、源氏のことを思う義朝の家臣だったのでしょう。鞍馬山で剣を習った牛若丸は、十五の年に、鞍馬寺からそっと姿を消したということです”
照明が落ち、あの五条大橋が用意される。
“さて、ところかわってこちらは京都。その頃都では、夜な夜な、怪僧弁慶なる者が姿を現し、通行人の刀を奪っては、これを一千本集める祈願をたてているという噂で、恐れられていました”
五条大橋の左端に現れたのは、弁慶の衣装に着替え、薙刀を持った城山だ。
緊張のため、顔が強張り、より一層迫力があった。
後ろでは姫川が「大事な場面だからな。敬語とか絶対使うなよっ。遠慮もすんなっ」と小さく声をかけていた。
「城ちゃんファイトー」と応援するのは夏目だ。余計にプレッシャーがかかる。
“そして今夜が、その一千本目の日でありました。どこからともなく聞こえてくる、澄んだ笛の音…”
五条大橋の右端から横笛を口元に当てて現れる神崎。
だが、舞台袖ではトラブルが発生していた。
夏目がラジカセを何度押しても笛の音色が聞こえない。
「あれ…? 音が出ない…」
「! これ、カセット入ってねーじゃねーか!」
笛の音色が入ったカセットテープ自体が紛失していた。
どれだけ再生ボタンを押しても鳴らないわけだ。
「おいまずいんじゃねえか? 口笛でどうにかなると思うか?」
「姫ちゃん、それは…」
その時、舞台から笛の音色が聞こえた。
「「!!」」
舞台を見ると、目を伏せ、横笛の穴に添えた指を動かしながら横笛を吹いている神崎がいた。
テープの曲とは違っていたが、誰もが思わず耳をそばたてるような優しい音色だ。
吹くことに集中しながら、神崎は橋を渡っている。
はっとした夏目はすぐにナレーションに戻った。
“笛を吹いているのは、あの牛若丸でした”
こちらもはっとした城山は、険しい顔でセリフを口にする。
「な…、なんじゃ、子どもか…。しかし、見事な太刀を持っておる…。この太刀なら、一千本目にふさわしい!」
城山は薙刀を高く掲げ、神崎の前に立ちはだかる。
「その太刀、おいていけ!」
神崎は弁慶の横をスルリと通過した。
城山は眉を寄せ、小声で「絶対避けてください」と言って弁慶のセリフを言う。
「ワシのなぎなたを受けてみよ!」
城山が薙刀を振りまわすと、神崎は笛を吹くのをやめ、振り返ると同時にその薙刀をかわし、橋の欄干に飛び乗り、大きく飛ぶと同時に懐から取り出した扇を投げた。
「ぎゃーっ!!」
それは城山の額にあたり、城山は大袈裟なくらいひっくりかえってしまう。
(オーバーすぎだ。橋壊れたらどうすんだ)
神崎は大きく揺れた橋の揺れによろめかないように耐え、「まいりましたっ」と膝をついた城山を見下ろした。
“弁慶を家来にした牛若丸は、のちに源九郎義経となのって、兄の頼朝と力を合わせ、ついには壇ノ浦の戦いで、平氏を倒すことができたのです”
最後に遅れて来た古市に馬の面を被せて神崎を肩車させ、ナレーションが終わると同時に舞台袖へと去って行き、拍手喝采とともに幕は下ろされた。
「お疲れさまです、若!!」
「お見事でした!」
「名演技っしたよ!!」
「おう」
控え室に戻り、長時間の演技に疲れた神崎は組員からタオルを受け取り、顔の汗を拭いてパイプ椅子に座った。
夏目は台本を手に、拍手しながらその傍らに近づく。
「すごくよかったよ、神崎君。城ちゃんもお疲れ様」
「ナレーションもな」
城山も弁慶の衣装を脱ぎながら言った。
「神崎、あの横笛、マジで吹いたのか?」
姫川が怪訝な顔で尋ねると、神崎は眉を寄せ「当たり前だろ」と口を尖らせる。
「うちの家に、忘年会やら新年会やらで来る、親父の知り合いの芸者に教わったんだよ…」
芸者が吹く横笛に興味を示した、当時幼かった神崎は、毎年家の行事で仕事にくる芸者に教わっていたのだった。
今でもその芸者とは交流がある。
「あの土壇場で役立つとは…。今度礼言っとかねーとな」
「美人なのか?」
「そりゃあ…、ってなに聞いてんだよ」
表情から嫉妬しているのが見てとれる。
面倒な気持ちを抱かれる前に、「今度、オレからおまえに教えてやるよ」と言うと、姫川はまた機嫌を取り戻した。
受賞式の前に古市は「男鹿が心配なんで戻ります」と、持ち帰る小道具を手に市民体育館をあとにする。
コンクールの結果は、トップの最優秀賞とまではいかなかったが、次点の優秀賞を獲得することができた。
*****
次の日、たった1日体を休めただけで復活した男鹿は、古市とともに体育館へとやってきた。そこには、風邪が少し残っているのかマスクを着用している演劇部部長がいた。
男鹿が持ってきた賞を受け取ると、目に涙を滲ませ、男鹿の手をとって喜ぶ。
「ありがとう…!! ありがとう、男鹿君!!」
その様子に、古市は微笑みを浮かべる。
(ほとんど神崎達の活躍だけど…、まあ…、あとで言えば…)
「これ、約束してたの」
「おう」
「!?」
男鹿に手渡されたのは、行きつけのコロッケ割引券(月末まで)だった。
それを見た古市の口元から笑みが消える。
「男鹿…、それは…?」
「コロッケの割引券。今週金がそんなになくてよー。これがあれば今週は乗り切れそうだぜ」
「ダッ」
左手の親指を立てると、頭の上のベル坊もマネをした。
「困った時はお互い様だよ」
演劇部部長も笑顔でそんなことを言っている。
「おま…っ、それ、神崎達知ってんのか?」
そういえば、演劇に出た時の報酬の話は一言も男鹿の口から出ていない。
「いや? 大丈夫だ。あいつらにもオレのコロッケを分けてやらんこともない。こーんなに券があるんだからな」
「屈託ない顔で言うな!! やめとけ!! いくらなんでもそれは殺しにかかってくるから!!」
(こんなことが知れたらオレだってタダじゃ済まない!!)
今回は良い話で終わらせようとして、男鹿の手を引いてその場をあとにしようとした古市だったが、演劇部部長に「ちょっと待って!」と声をかけられ止められた。
「これ、忘れ物だよ」
演劇部部長が古市に手渡したのは、姫川が持っていた小型マイクの片割れだった。
「小道具箱の中に入ってたよ。部活のものじゃないから返しておくね」
「あ、どうも…」
受け取り、掌のそれを見下ろした古市の顔は即座に真っ青になった。
マイクのスイッチがONのままだった。
はっと体育館の出入口を見ると、殺気を身に纏った神崎達が、片手に金属バットを持ってこちらを窺っていた。
姫川の手には、もうひとつのマイクの片割れがあった。
「…聞いてました?」
古市が持っているマイクに呼びかけると、古市の声が姫川の持っているマイクから発せられ、黒い笑顔で頷かれる。
すぐさま古市は男鹿の手を引いて、別の出入口から逃亡をはかった。
惨劇になる前に。
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