時代劇に挑戦しました。

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その日、帰宅しようとした早乙女を寸前で捕まえ、演劇の練習のために体育館を丸一日貸し切りにしてもらえるよう、石動校長に頼んでもらった。


体育館に集まったのは、男鹿、古市、神崎、姫川、神崎が呼びだした夏目と城山、男鹿が捕まえた東条の7人だ。

演劇部の部員数と同じである。


「時代劇っていやぁ…、アレだよな。吉原花魁物語」

「花魁…」


姫川に続き、男鹿も想像する。


「ようこそ、おいでくんなまし」


「わっちと一夜の夢を…」


想像に登場した現実の2人は、急いで姫川と男鹿の真上を、煙を払うかのように手を振った。


「なに想像してんだクソ共っ!!」

「健全な高校生の時代劇だぞ!! そんなもんできるかっ!!」

「「え―――」」

「台本あるんだろうが。勝手に作るな」


神崎は男鹿の手から、演劇部部長から受け取った劇の台本を奪い取り、古市と一緒に読む。


劇のタイトルは『牛若丸』。

体育館の舞台袖に、それに使用される衣装や張りぼてなどの道具が用意されていた。

衣装も精を入れて作られてある。

演劇部にどれだけ気合があったか伝わった。


古市は内容を読み直す。


配役は、主役の牛若丸、牛若丸の母親、数人の坊主、烏天狗、弁慶など。

この役を、たった7人でやらなければならない。

主役はそうだが、他のメンバーも忙しそうだ。


「……………」


神崎は偽の刀を手に振りまわし、男鹿と東条は小道具を漁り、夏目と城山は本格的につくられた橋を見上げ、姫川は「安っぽいな」と衣装にケチをつけていた。

そんな面々を見て、古市の背中に不安が募る。


(たった1日だけでどうにかできるのかよ…。コンクールだぞ…)


とにかく今は時間が惜しい。


「―――で、誰が牛若丸(主役)やります?」


男鹿と神崎が真顔で手を挙げた。


「……牛若丸って知ってます?」


男鹿と神崎は同時に首を横に振る。


「……義経って知ってます?」


またも首を横に振られる。


「同一人物なんですけど」


2人に歴史の知識を求めるのは根本的に間違っていた。

そこで姫川が説明する。


「牛若丸ってのは、平安時代末期の武将で、源頼朝の異母兄弟だ。実名がその義経。幼名が牛若丸。平治の乱で源義朝が死んで鞍馬寺に…」

「姫川先輩、男鹿達が煙上げてます」


この時点で、男鹿、神崎、東条の3人は首を傾げて頭から黒煙をあげていた。

ベル坊なんて肩にのっかったまま熟睡している。


「……色々すっとばして、最後は父親を殺した平氏を討つんだコノヤロウ」

「「「最後だけわかった」」」


投げやりのように説明を終える姫川に、3人は声を揃える。


姫川は古市から台本を受け取り、「童話みたいな『牛若丸』だな」と内容に目を通してこぼす。


「制限時間もありますので、スムーズにすすめないと…。―――で、誰が牛若丸をやるって話ですが…」


男鹿と神崎は再び手を挙げた。


「じゃあ聞きますがっ。明日までに長ったらしいセリフとか空で言えるんですか!?」


古市はほとんど牛若丸のセリフでしめられたページを開いてみせる。

男鹿は露骨に目を逸らし、神崎は「うわ…」とその文字数に引いていた。


「つまり、オレがなにが言いたいかっていうと…」


数分後、牛若丸の衣装に着替えた古市がステージに立っていた。

ウィッグをつけて、髪を長く見せている。


「要は自分が主役やりたいだけじゃねーか」


姫川は呆れている。


「早く練習やりましょーよーっ」


普段はモブな扱いの古市はやる気満々だ。

刀を構えて格好をつけている。


ナレーションは夏目が担当。


最初は、平氏から逃げる母親と、その母親に抱かれた赤子の牛若丸が登場する。

母親と赤子役は、男鹿とベル坊が担当となった。

追い詰める平氏達の役は、神崎、姫川、東条、城山の4人だ。


その場面が終われば、大きくなった牛若丸―――古市が登場する。

セリフも最初は間違いが多くてやり直しになったが、飲みこみは早かった。


背景は鞍馬寺の山。

そこで牛若丸と烏天狗達が戦う場面だ。


「悪いコはいねえがぁあああああっ!!!」

「東条先輩っ!! それ、なまはげっ!!!」


すっかり役に入りきった烏天狗役の東条は、刀どころか素手で古市に襲いかかり、両脇を抱えて振りまわしている。


「やめてえええええっ!! 助けてええええええっっ!!」


「やめろ」


男鹿は背後から東条の頭を刀で軽く叩いて止める。

青白い顔でステージの上に落とされる古市。

目を回している上に、恐怖で体を震わせた。


「見ろ。トラウマもっちまったじゃねえか」


男鹿は「もう大丈夫だぞー」と背中を擦って慰めている。


「このあと、弁慶役の東条と対決だが…」


姫川が台本を読みながら言うと、古市は「ひぃっ!!」と声を上げた。


「牛若丸みたいに見てくれはいいんだけどねぇ…」


主役は向いてないんじゃないかな、と言いたげな夏目。


数分後、主役は姫川に代わった。


リーゼントを下ろして後ろでポニーテールにしている。


「オレかよ…」

「……………」


着替えたての姿を見つめる神崎の視線に気付き、姫川は衣装の付属品である金色の扇を広げてニヤける口元を隠す。


「見惚れてんの?」

「ち…、違ぇよ…」


はっとした神崎はすぐに視線を逸らした。


古市に指名された姫川にやる気はなかったが、セリフはほぼ空で言えるほどの記憶力を発揮させ、烏天狗に襲われるシーンも無難に切り抜け、弁慶との対決のシーンまでやってきた。


ここで使用されるのが、本格的に木材で造られた五条大橋を似せた橋だ。

その上にのった東条は、その場にしゃがんで床に触れる。


「スゲーな…。演劇部だけで作ったのか?」

「東条、さっさと終わらせよーぜ。力んで橋壊すんじゃねーぞ」


橋の右端でスタンバイをしている姫川は、折りたたんだ扇の先端を向けて言った。


「じゃあ、“五条大橋の対決”…、スタート!」


すっかり監督の立場にまわった古市。


姫川は横笛を吹きながら五条大橋を渡る。

本当に横笛がうまく吹けるわけではないので、この時の笛の音色はラジカセだ。


刀狩りをしていた弁慶は牛若丸の刀欲しさに襲いかかるが、ひらりとかわされ、扇をぶつけられて倒されてしまうのが話の流れだ。


ついに対峙する2人、と思われたが、


バキィッ!!


「痛ってええええっっ!!!」


突然、姫川の足下の床が抜けてしまった。


「姫川―――っ!!?」


何事かと神崎は真っ先に駆け寄った。



橋に腐った木材が使用されてしまったのが原因で壊れてしまい、その際に姫川は右足首をねん挫してしまった。

右足首には包帯が巻かれ、氷でアイシングしていた。

東条は一度腐った木材のみを外して、新たな木材と大工道具を使って修理している。


「演劇部の奴ら、インフルから復活したあかつきにはオレが直々に病院送りに…っ」


痛みのあまり立つこともままならず、姫川は保健室から持ってこられた松葉づえを恨みを込めて握りしめる。


「これじゃあ『牛若丸』できないねぇ」


姫川の足を見ながら夏目が言うと、神崎は「じゃあおまえやれよ」と言うが、目立つのが嫌いな夏目は笑顔で「超逃げるよ、オレ★」と返した。


「やっぱりここは古市か?」


城山が言うと、古市は「勘弁してください」と首を横に振った。


「じゃあオレがやるしかねーんじゃねーの?」


そう言って牛若丸の衣装に着替えようとする男鹿だったが、古市は「おまえの記憶力じゃムリだ!!」とぴしゃりと言ってその衣装を取りあげようとする。


「待て。…セリフをどうにかすればいいんだよな?」


そこで姫川は提案を出した。

数十分後、男鹿が着ている和服の襟もとには小型マイクが装着されていた。


“おのれ、烏天狗共! すべて私が討ってくれる!!”


男鹿は口元を動かしているが、その声は古市の声だ。

襟元につけたマイクから発せられ、古市は台本を読みながら対のマイクでセリフを口にしている。


「せこっっ!!」


傍観していた神崎は思わずつっこむ。


「おまえ…、これ一応劇だぞ? カンニングみたいじゃねえかっ!」

「なにが好評だったのか知らねえが、男鹿の壊滅的な棒読みと記憶力の皆無を見ただろ。あいつにはあれぐらいがちょうどいいんだよっ!!」


姫川は言いきった。


「このマイクがあるなら、最初から男鹿でもよかったのでは?」


舞台袖からひょっこりと出てきてそう言う古市に、姫川は眉間に皺を寄せ、松葉杖を投げつけ、古市の顔の横の壁に突き刺す。


「さっき思い出したんだよ!! 討たれてぇか古市っ!!」

「……………」


八つ当たりだ、と古市は目の前の松葉杖を見つめる。


時間は深夜0時を過ぎていた。


*****


高校演劇コンクール当日、会場は石矢魔市民体育館で行われる。


控え室ではセリフの見直しや、演技の練習をする学生たちがいた。

最初に到着したのは、神崎、姫川、夏目、城山だ。睡眠時間も少なかったので、神崎と姫川と城山の目の下には薄い隈があった。

なぜか夏目はいつも通り、美肌のままだ。


「ふわぁ…。男鹿のヤツ遅いな…」


欠伸をして目を擦りながら神崎が言う。


「まさかあいつ、爆睡してねえだろな…」


あり得そうで恐ろしいことを言うのは姫川だ。


「電話してみたら?」

「チッ」


夏目に言われ、姫川は面倒臭そうに舌打ちして自分のケータイを取り出した。


ちょうどその時、古市から着信がかかってきた。


「! 古市…」


呟いたあと、通話ボタンを押して耳に当てる。

遅れたことに文句を言おうと口を開いた途端、古市が慌てたように声を上げた。


“男鹿が倒れましたぁっ!!!”


「「「は!!?」」」


その声は傍らで見ていた神崎達の耳にも届いた。


「倒れたって……」

“高熱で、咳が止まらず、体が軽く痙攣して…”

「それ間違いなく部長にインフルエンザうつされてんじゃねえか!!」

“で、今病院まで背負って運んでます!! すみませんがオレ遅れて行くんでそちらでなんとかしてください!! しっかりしろ、男鹿! もうすぐ病院だからな! 大丈夫か!?”


ブツリ、と古市の方から着信が切られた。

あの古市が男鹿を背負って気遣いながら運んでいるのだ。

男鹿も大ピンチの様子が伝わってくる。


「なんとかしろって…」


姫川は未だにケータイを耳に押し当てたまま呟く。


「さすがの男鹿ちゃんも、インフルにはかなわないかぁ」


全員が呆けるなか、夏目だけが呑気だ。


「しかたねえ…。牛若丸役は東条、弁慶役は城山に…」


ようやく耳からケータイを離そうとしたところで、また着信があった。古市かと思って画面を確認せずにそのまま通話ボタンを押す。


「もしもーし!」

“棟梁が倒れたっっ!!!”

「はぁ!!?」


これまた大きな怒声。

声の主は東条だ。


“すまん! 棟梁がインフルで倒れちまって…、今、棟梁を抱えて病院に連れてってるとこだ!”

「なんなんだ!! そろいもそろって!!」


姫川は苛立ち混じりに怒鳴り返す。


“悪いが、劇に参加できそうにねえ! そっちでなんとかしてくれ! 棟梁! 病院までもう少しっスよ! あ、入れ歯が落ち…”


ブツン、と今度は姫川から通話を切った。


「……………」

「………どーすんだよ?」


無言の姫川に問いかける神崎。


「…たった4人でコンクールに出るとか、恥さらしちまうだけだしな…。バックれるか?」

「しかし…」


真面目な城山は不本意そうだ。


「じゃあ城山、おまえ今から影分身して人数増やしてみろよ」


神崎がムチャぶりを言うと城山は黙りこむ。


「そんな顔すんな。配役は、牛若丸が神崎、ナレーションが夏目、神崎のセリフがオレ、弁慶が城山…なのはいいが、他の役がまわりきらねえんだ。仕方ねえ……」


その時、控え室のドアが開き、ちっちゃな影がこちらにやってきた。


「はじめ―――っ」

「あ!? 二葉!?」


突然現れた二葉は神崎に走り寄ってくると、その右脚にしがみついた。

続いて、ドアから神崎の見覚えのある群れが入ってくる。


「若! 劇に出場するそうで!」

「応援にきやした!!」

「お嬢が駄々をこねるもんですから、ボスも来てますよっ!」


恵林気会の組員達だ。

控室で出番を待っていた他の演劇部もぎょっとしていた。


組員達の数は20人はいる。

受付係も強面の集団に注意できないでいた。


「おまえら、なんでオレが劇すること…」


神崎は話した覚えはなかった。


「あー、オレオレ。一応報告しちゃった」


夏目は「はーい」と手を挙げた。


「てめまた余計な…っ!!」

「いやむしろ助かるだろ」


制裁を下そうとする神崎を珍しく姫川が止める。


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