12年前、とある大激闘がありました。
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神崎達はとあるビルの地下駐車場で身を潜めていた。
「いやだ―――っ!! 触んじゃねえええええっ!!!」
駐車場に響き渡るのは子姫の悲鳴だ。
ヒルダが買い物から帰ってくるなり、男鹿に取り押さえられてしまったからだ。
子姫のリーゼントを崩そうとしている。
「暴れてもムダだ! 大人しくしやがれっ!」
「これじゃ本当にユーカイ犯だ」
傍から見ている古市が呟く。
「解くなぁっ!! オレひとりじゃリーゼント作れねえんだよっ!!」
子姫は入浴を嫌がるネコのように暴れている。
心なしか、男鹿とベル坊が楽しそうだ。
「このリーゼントのせいで目立っちまうだろがっ! 観念しろや! 優しく…解いてやるからよぉ?」
それを視界の端で見ながら、神崎はヒルダが手に提げていた紙袋から買ってきた服や装飾品を取り出し、シンプルな長袖シャツに着替え、帽子を被り、伊達眼鏡をかけ、ピアスを残してチェーンのみを外した。
頬の傷痕はマスクで隠そうかと思ったが、「これ以上顔になにかつけたら不審者」と判断して諦めることに。
「やだやだやだああああっ!! かんざきぃっ、かんざきぃ~!!」
子姫は神崎に手を伸ばして助けを求める。
サングラスをかけてわかりづらいが、おそらく半泣きだろう。
「………男鹿…」
最初はシカトするべきかと思っていた神崎だったが、見兼ねて子姫を抱き上げ、男鹿の魔の手から救い出す。
「こいつも嫌がってんだろ」
「かんざきぃ」
神崎の肩に顔を埋める子姫。
神崎が腕を放してもコアラのようにぴったりとくっついていそうだ。
「けどよ、そいつがそのままだと、変装した意味もねーぞ?」
男鹿がもっともなことを言う。
「……切るか」
すらり、とヒルダが日傘からサーベルを引き抜いた。
「切らせねえよっ!? マジで児童虐待だからソレっ!!」
すると、神崎は子姫を腕にひっつかせた。
そしてキメ顔。
「だっこちゃん。いけるだろ?」
「古いよっ!! 何十年前の流行りですかっ!!?」
つっこむ古市。
「ダ」
ベル坊もマネして腕にくっつく。
「じゃあどうするか…」
そこで神崎はあるものに目を留めた。
服が入ってた紙袋だ。
駐車場から外へ出た神崎達。
神崎が押す自転車のカゴには、紙袋がのせられていた。
そこから飛びだす銀色のモノ。
通行人は怪訝な目を向ける。
(なにあれ)
(フランスパン?)
(銀色のフランスパン?)
(後ろの子、全裸…)
(ゴスロリィ…)
「やっぱちょっとムリあるんじゃあ…」
古市は周りの視線を気にしながら神崎に言う。
「よく見ろ。さっきと比べて大した反応じゃねえだろ。ちゃんと男鹿と男鹿ヨメにも視線が向けられてる。視線が拡散してるだけまだマシだ」
「ちゃんと…ってのもアレですけど」
ニュースにまでなってしまったのなら、素直に子姫の家に帰すこともできなくなってしまった。
お届けするのと同時に警官に捕えられて事情聴取だろう。
なにより、本人が神崎から離れたがらないのも問題だ。
「…しょうがねえ。このまま待ち合わせ場所に向かうぞ」
一方、姫川も変装していた。
歩道に設置されたベンチで優雅に缶コーヒーを飲んでいると、そこへ姫川を追う2人の警官達が声をかけた。
「おいそこのイケメン!」
「この近くで超ロングリーゼントを見なかったか!?」
「いいえ。そんな超素敵な髪型、まったく見てません」
姫川がそう答えると、警官たちはさっさとその前を通り過ぎて追いかける。
姫川は今、リーゼントを下ろし、サングラスをとったイケメンモードになっていた。
服装を変えればいいだけなので、神崎の変装より手間はかからない。
警官が去ったのを横目で確認し、姫川はベンチから立ち上がり、飲みほした缶コーヒーを自販機の横に設置されたゴミ箱に捨て、目的地に向かって早足で歩きだす。
もうすぐで到着だ。
そしたら肉眼で神崎を見つけなければならない。
試しに神崎のケータイに電話をかけてみたが、繋がらなかった。
(マスコミに伝えたのは、たぶんウチの奴らか。警察に言えばガキを殺す、ってベタに言われたわけじゃねーしな…。神崎の奴…、大丈夫か…)
警察に混じって、姫川の家の者までいた。
どちらにも捕まればただでは済まされない。
特に姫川の家に捕まってしまえば、警察に届けられる前に拷問が待っているだろう。
その容赦のなさは自分の家だからこそ理解している。
(ここが過去で、ちっさいオレと神崎が一緒にいるならなにか覚えてるはずだ…! 思い出せ! 6才の記憶を…!!)
姫川は歩を進めながら額に人差し指を当て、懸命に小学生より前の記憶をたどった。
『優しく…解いてやるからよぉ?』
「はあっっっ!!!」
真っ先に思い出したのは悪魔の笑み。
トラウマのせいでそこから先が思い出せない。
歩道橋が見えてきた。
近道を通るためにそこへ上がる。
「!!」
歩道橋の中央には、いつの間にか勝俣が待ちかまえていた。
階段を上がりきったところで立ち止まる。
他人の振りをしてもムダな雰囲気だ。
笑顔と一緒に、敵意を向けている。
「物腰でわかりますよ。あなた、あの時のリーゼントの方ですね」
「…人違いじゃねーか?」
姫川は馬鹿馬鹿しいというように笑った。
「いいえ。そんな失礼なことはいたしません。間違いなく、あなたが誘拐犯です」
「そういう扱いも失礼だぞ…」
実際子姫を誘拐したわけではないが、勝俣の目からはそう映ってしまったのだろう。
言い訳は無用だ。
姫川は右手を後ろにまわし、スタンバトンをつかんだ。
「昔から、洞察力だけは優れていたな…。勝俣」
「お褒めに預るのはそれだけではございません」
勝俣は懐から警棒を取り出した。
その腕前は自分よりも優れていることは知っている。
姫川は撤退しようかと一歩あとずさったが、こちらとあちらの階段からSP達が登ってくる。
挟み打ち。
逃げ場がないこの状況は圧倒的だというのに、勝俣は「手は出さないでいただきたい。この者には少々灸をすえてやらねばなりません…」と姫川を捕えようとするSP達を制する。
「竜也坊っちゃまはどこですか…? もうひとりの仲間と?」
「そうだ」
「おや、素直ですね。そのまま、居場所を吐いてもらいましょうか」
鋭い言葉とともに警棒の先端を姫川に向けた。
姫川もスタンバトンを取り出し、同じように先端を向ける。
「この先はシークレットだ」
「ならば、気は進みませんが力づくで吐き出してもらいましょう」
すると、弾かれるように勝俣は姫川の懐に飛び込み、警棒を振るった。
「っ!」
その動きに驚かされながらも、姫川は顔面を守るためにスタンバトンで受け止める。
それからすぐに電流のスイッチを押したが、電流は流れない。
「!!」
ゴッ!
姫川のアゴに勝俣の肘が直撃した。
「っぐ…っ!!」
その際に唇を切ってしまい、口端から血が流れた。
脳も揺れ、体がよろめく。
バキッ!!
「がっ!!」
勝俣は容赦なく姫川の右側頭部に警棒を食らわせた。
歩道橋の欄干に背をぶつけた姫川はその場に尻をついてしまい、生温かい液体が横顔から流れるのを肌で感じる。
「…っ」
勝俣は姫川を見下ろし、その手に持っているスタンバトンを見た。
「…電流仕込みの警棒…。巷ではそんな物騒な物まで売られているのですか…。ですが残念ながら私の警棒は電流を通さない素材になっています」
「姫川印の…特注品だ…」
「それ以上姫川の名を語らないでいただきたい。大変耳障りです」
「へえ? 姫川財閥のこと、ちゃんと大事に思ってたのか」
姫川は状況に反して小さな嘲笑を見せる。
「当然です。私は誰よりも姫川財閥のことを…」
「じゃあ聞くぞ。ゆみたんと姫川財閥、どっちが大事?」
瞬間、勝俣は石化する。
その反応に、ニタァ、と不気味な笑みを浮かべる姫川。
聞き耳を立てていたSP達は「ゆみたん?」と怪訝な顔をしていた。
「な、なにを言ってるのか…」
平静を装うとする勝俣の顔は冷や汗にまみれていた。
「まだ先の話かもしれねえが…、“○月×日、ゆみたん超カワイイ食べてしまいたいv”」
「!!!」
「“△月○日、ゆみたんゆみたんゆみたん。メイド服もいいがナースも悪くナッシング”」
「やめろ―――っ!!!」
勝俣のキャラが決壊し、姫川に向けて警棒を振り下ろしたが、姫川は寸前で横に転がってそれをかわし、次の文章を思い出しながら口にする。
「“×月×日、ゆみたんへポエムを書いた。ゆみたん…、キミは…”」
姫川は舞台の中心に立つ舞台俳優ように、宙を見つめ、空に向かって話しかけるように口を開いた。
「わあああああああっっっ!!!」
こんな騒ぐ勝俣を見たことがあっただろうか。
SP達は戸惑っていた。
姫川は欄干の上に飛び乗り、ニヤニヤと勝ち誇った顔をする。
「貴様ぁっ!! どこで私の日記を…っ!!?」
「どこって。オレんチだけど?」
「ふざけるなっ!!!」
怒りと羞恥で真っ赤になった勝俣は警棒を振るおうとする。
そこで姫川が先手を打つ。
「ゆみたんとの初チュー日記も発表しまーす。けっこう長いが退屈しない」
「やめてええええっ!!!」
姫川は昔、勝俣が執事を辞めたあと、勝俣の部屋の本棚の後ろから“ゆみたん日記”を発見した。
中を見ると、誰もが赤面するような内容ばかりが綴られていた。
ちなみに、日記に記された“ゆみたん”とは、姫川邸で働いていた美人メイドのことだ。
しばらくして、「いつも一緒にいたい」という隠れて交際していた勝俣の要望に応え、駆け落ちするように姫川の元から去ってしまったそうだ。
姫川も、勝俣が執事を辞めた理由をその日記で知った。
幼い頃から性格の悪い小悪魔姫川は「これでからかってやれたのに…!」と大変悔しがったそうだ。
忘れもしない人の弱みをここで存分に発揮できるとは、本人でさえ予測できなかっただろう。
「勝俣、日記を全部口で公開されたくなきゃ、黙って高見の見物してろ。そうすればガキは悪いようにはしねーから」
「なにを…」
日記は公開されたくないが、あくまで自分は子姫の執事だ。
そんな条件が通るわけない。
捕まえるなら今かと構えるが姫川は指をさして制す。
「信用しろとは言わねえから、つべこべ言わずに、待ってろ。こっちで解決してみせるから」
「……………」
勝俣は迷った。
本気でそう言っているように見えたからだ。
「じゃあな」
「!!?」
姫川はスタンバトンを腰にしまうと、歩道橋から飛び下りた。
勝俣とSP達は全員「あ」と口を開ける。
「飛び下りただと!?」
「なにを考えてるんだっ!!」
「投身自殺!?」
「これでは坊っちゃまの居場所が…!!」
SP達は一斉に歩道橋の中心に集まり、欄干から乗りだして歩道橋の下を見下ろした。
しかし、姫川の姿はどこにも落ちていない。
「あ!!」
SPのひとりが向こうを指さした。
姫川は、宅配トラックの上に乗っていた。
(背中打った…。アクションスターのマネごとなんてするもんじゃねえな)
姫川は背中を擦り、それでも余裕の笑みを向けて勝俣達に手を振った。
SP達は急いでそれを追いかけるが、運転手はそれに気付かずに姫川を乗せたまま距離を拡げて行く。
追いかけるSP達に対し、勝俣は追いかけず、小さくなるトラックを眺めた。
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