12年前、とある大激闘がありました。
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神崎と姫川は2人乗りのまま、大通りを走っていた。
姫川は神崎の後ろでケータイを耳に当て、蓮井が電話に出るのを待っていたが、何度かけ直しても、蓮井の電話に繋がらなかった。
“おかけになった電話番号は…”とそればかりだ。
優秀な執事の蓮井が、主である自分の電話にでないことは初めてだった。
たとえ運転中だろうが、プライベート中だろうが、死に際だろうが、必ず出るだろうと信じていただけに姫川もうろたえている。
「チッ」
蓮井がダメならばと本家のメイドや他の執事に片っ端から電話をかけるが、すべて“おかけになった電話番号は…”と同一人物の声しか返ってこない。
「どうなってんだ…」
まったく通じない。
姫川は舌を打った。
「通じねえのか?」
神崎は自転車を運転しながら尋ねる。
「全然通じねえ。聞きたいこと盛りだくさんだってのに…」
「あの勝俣って執事…、一体何モンなんだ? 姫川の知り合いか?」
「ガキの頃、蓮井の前にオレについてた執事だ。あいつがオレの顔を忘れるはずがねえ…。ねえんだが…、妙だ…」
「妙?」
「今は執事を引退してるはずだし、年はもう40過ぎた中年のおっさんだ。なのに、まったく老けてねーんだよ…」
どう見ても20代後半にしか見えなかった。
「金持ちの執事なんだから、老化対策くらいしてるだろ。もしくは整形?」
「……………」
呑気に言う神崎だが、未だに姫川は腑に落ちない。
「……ん~…」
神崎は唸るような声を出し、前輪を睨んだ。
「今度はどうした?」
「パンクしてるかもしれねえ」
フロントガラスの破片が刺さってしまったのだろう。
進むたびに重くなる前輪。
「自転車ショップに寄るか」
「ここらへんにはねーはずだぜ?」
学校の帰宅路の近辺は把握していた。
この大通りもそのうちの一つだ。
神崎の記憶では、近くに自転車ショップなどなかったはずだ。
「アレは?」
「あ?」
姫川に肩を叩かれて指をさされた方向を見ると、向かい側の通りに“石矢魔サイクル”と看板がかけられた自転車ショップがあった。
「…あ゛!?」
神崎は我が目を疑った。
「な? あっただろ?」
「バカな…」
まるで幽霊を見ているかのような感覚だ。
「なに驚いてんだよ。あってよかっただろ。これで前輪は…」
「あの自転車ショップ…、オレが中坊の頃にデパートに移転したはずだ」
「…は?」
ちなみに神崎の記憶が正しければ、今は仲良し夫婦で営むフラワーショップになっている。
今は落ち着いて前輪の修理を優先することにした2人は、あるはずのない石矢魔サイクルに顔を出す。
店に声をかけて出たのは、頭に十円ハゲのある店主だ。
見た目だけで不良とわかる容姿の2人に、愛想の良い顔で迎え、前輪の修理に取り掛かってくれる。
その間、2人は店の外で待つことにした。
見覚えのある店主に、外に出た神崎は「あの店主の髪、最後に見た時は十円じゃなかった。円盤だった」と青い顔で姫川に耳打ちする。
改めて神崎は町の景色を見渡し、普段通り慣れている道なのに違和感を感じ取っていた。
自転車ショップだけではない。
車道にあるはずの横断歩道は消え、潰れたはずの床屋は存在し、死滅したはずの店主の毛根は復活していたのだ。
神崎の中に嫌な予感がよぎる。
「な、なあ…、もしかしてここって…、過去…じゃねえか?」
神崎は晴れ渡る青空を見上げ、バカにされる覚悟で小さく言ってみた。
背後でその背中を見つめる姫川は、それでも一言も逃さず聞きとる。
ここは素直に「そうかもしれない」と自分が思ったことを口にするべきかと迷った。
「……………」
「……………」
2人の間に気まずい沈黙が流れる。
どちらかがなにか言わなければ動けない。
しかし事実を認めてしまった先を考えるのが恐ろしい。
2人の頭上を旋回するトンビが「ぴ~ひょろ~」と鳴いた。
「……そ…んなわけねえだろ…」
姫川は引きつった笑みを浮かべて答えた。
ムリに言ってるのは伝わったが、神崎は今はそう言ってくれたことをありがたく思う。
「はは…。だよなぁ…」
力なく笑った神崎は姫川に振り返り、フリーズした。
「…? どうした?」
我が目を疑うような顔をしている神崎に姫川は尋ねる。
神崎の視線は姫川のリーゼントに向けられていた。
増えてる。
いつもフランスパンのようだとバカにしているリーゼントの上に、もうひとつ小さなリーゼントが重なっている。
リーゼントに子どもができた、と思った神崎だったが、すぐに「いやいやそんなはずねえ…」と激しく首を横に振った。
「姫川…、おまえ、ゆっくりと後ろに振り返ってみろ」
「……?」
おそるおそる言った神崎に、姫川は首を傾げながらも言われた通りに後ろに振り返り、神崎に背中を向けた。
「…!!?」
姫川の背中に、小さな子どもがくっついていた。
というか、服にしがみついてぶら下がっていた。
いつからくっついていたのか。
姫川はまったく気付いていない様子だ。
「…チッ」
気付かれた子どもは生意気に舌打ちし、姫川の背中から飛び下りた。
その小さな全体の姿を見た神崎は、さらに仰天し、思わずたじろいでしまった。
目には黒いサングラスをかけ、胴体にはアロハを着、頭には銀髪のリーゼントが存在していた。
どう見ても、姫川がそのまま縮みましたと言わんばかりの姿がそこに立っていた。
その子どもは神崎に指さし、あのセリフを口にする。
「いくらだ?」
ただの子どもならよかったが、その姿は他人では済まされなかった。
「………ちっさい…オレだ…」
子どもを見下ろす姫川も硬直していた。
ムリもない。
自分の幼い頃の姿が目の前に存在しているのだから。
神崎はその場にしゃがみ、子どもと目を合わせた。
上から下までじろじろと見つめてから尋ねる。
「おいガキ…、名前は?」
「姫川竜也だ」
即答だ。
神崎と姫川は目を合わせ、やっぱり…、と今いるこの町を過去の石矢魔町と認めざるを得ない状況に追い込まれる。
いやそうはさせまいと、自身のことを充分理解している姫川は、立ったまま、子どもの姫川―――子姫を見下ろしながら質問を投げた。
「誕生日は?」
「4月17日」
「血液型は?」
「B型」
「出身学校は?」
「私立サンマルクス修道学院」
すらすらと答える子姫に、姫川は「ぐ…」と唸る。
傍から見れば大人げない。
それから好きな物、嫌いな物、好きな色、好きな国など小さなプロフィール表が作成できそうなほどの質問をぶつけるが、子姫はこちらも即答していく。
それがすべて自分に当てはまるもので、質問を終えた姫川は頭を抱えた。
(オレだ…)
もはや無駄な抵抗だが、そう思っても口にしない。
「もしかして、あの事故の時に…」
本当に子どもの姫川なら、ベンツと自転車の衝突事故のあと、姫川の背中にくっつけるのはあの時しかない。
神崎の後ろに乗る時に姫川の後ろに飛び付き、どこかの赤ん坊のように器用にぶら下がったのだろう。
神崎の言葉を聞いて、子姫はこっくりと頷く。
「そうだ。ちょうどいいと思って同乗させてもらった。このあと、家に帰ってかったるい勉強したくなかったからな。美人家庭教師だけど」
最後はさりげなく自慢だ。
ここも今の姫川となにも変わっていない。
神崎は目眩を覚えた。
「姫川、おまえ昔からこんなだったのか…」
呆れかえってしまう。
「こんなって言うなよ。それにまだこのガキがオレの子ども時代と決まったわけじゃねーだろが」
「おまえいくつ?」
「6才」
計算すれば、この時代は12年前ということになる。
「もうひとつあるだろ。ここが過去だって証明できる場所が…」
「どこだ?」
そこへ店主に「修理終わりましたよ」と声がかけられた。
自転車ショップの店主は、前輪を修理してくれたうえに、後輪の空気も入れ、カゴの曲がりも直してくれた。
これで1500円。
金を出したのは姫川だ。
神崎がサドルに座って運転し、姫川がその後ろに立って肩につかまり、子姫は、「肩につかまるのは疲れた」と言ってカゴに乗っている。
「これが庶民が乗る…自転車…!」
子姫は感動を覚えていた。
警察でも唖然として言葉を失うほどの3人乗り。
(なんだこの光景…)
神崎もおかしな光景だということは自覚していた。
通行人も異様な3人乗りにギョッと2度見するほどだ。
そんな視線を抜けて到着した場所は、石矢魔高校だ。
校門まえでそれを茫然と見上げる神崎と姫川。
「石矢魔の校舎が…」
男鹿の手によって瓦礫の山にされていた石矢魔校舎が、初めからそこにあったかのように建っていた。
校門のラクガキを見ると、神崎が「一年の時に書いた自分の名前がない」と言う。
日曜日なので誰もいないかと思えば、ちらほらと石矢魔の学ランを着た生徒が見当たった。
普通の学生は休日の日曜日に、なにもない学校に行きたいとは思わないだろう。
しかし石矢魔高校は根っからの不良高校。
不良同士の集会やヒマつぶしなどに使用される。
教師がいても、草食動物のように大人しい教師ばかりなので注意もせずに好き勝手にさせている。
校門前に自転車を停め、神崎と姫川は一応確認のために玄関前でたむろしている5人の石矢魔生徒に声をかけた。
「おい、そこの」
姫川がエラそうに声をかけると、そこにいた不良5人は一斉に「ああ?」とガンを飛ばしてくる。
石矢魔高校に、東邦神姫である神崎と姫川を知らない者はいない。
物怖じのない不良達の反応に、神崎と姫川は、やっぱりオレらのこと知らねえのか、とアイコンタクトをとる。
「おいおいここは保育園じゃねーんだぞ。ガキつれて来てんじゃねえ」
不良のひとりが2人の間に立つ子姫のことを言った。
泣き出すかと思えば子姫は「ああん?」と眉間に皺を寄せて睨み返している。
同じ年頃の子どもなら泣いて逃げ出すほどの迫力だ。
なにがどうしてこんな気合の入った財閥の御曹司が生まれたのだろうかと神崎は見下ろした。
「おまえらの子どもですかー?」
「ぎゃははっ!」
「オレ達の子ども…」
「満更でもなさそうにしてんじゃねーよっ。そんなことより、てめーら、今、何年何月何曜日何時何分地球が何回回ったか教えろやコラ」
これでもかというほど見下した目を向ける。
人に確認をとってもらう態度ではない。
「「「「「ああ゛!!?」」」」」
当然、不良達も怒り、一斉に立ち上がって神崎達につかみかかろうとした。
そして、返り討ちにされる。
「マジか?」
「…はい。ナマ言ってすみませんでした」
2人にボッコボコにされたあと、その場で正座させられた5人から聞きだしたところ、ここは12年前の日曜日の石矢魔町だということが判明した。
(こいつら、オレらの先輩にあたるわけか…)
姫川は複雑な心境だ。
18歳なら、自分達がいた時代では30歳になっているはず。
「東邦神姫って知ってるか?」
「? アイドルグループですか? それともバンド?」
東邦神姫のことも知らない。
不良達から今の時代を聞いたあと、神崎と姫川は校門前で途方に暮れていた。
神崎はポケットを探り、ヨーグルッチを取り出して飲み始める。
「オレにも一本くれ」
「ん」
神崎はポケットを叩き、ビスケットのようにもう1個ヨーグルッチを取り出して姫川に渡す。
タバコのように一服する2人。
「12年前だとよ…」
「ああ」
「12年前ってなにしてた?」
「オレは、今こうして未来のオレと関わってる」
「そっか…。オレ達のことは…」
「6才だからな…。記憶が曖昧だ…」
「だよな…」
「……………」
「……………」
2人が同時にストローをヂューと吸った時だ。
「おいコラッ!!」
2人の足下で子姫が喚く。
「辛気臭ぇことしてんじゃねーよっ! こんな扱い受けたのは生まれて初めてだっ!! オレとあそべよっ!! ジジイみてえにボーッとしてねえでっ!!」
2人は顔を見合わせ、その場にしゃがんで子姫の頬を指先でプニプニとつつき始める。
「ぶっ! なにす…っ、やめろっ」
「この時代のオレが羨ましいぜ…。まさか将来過去に飛ばされるなんて思わねえし…。あー、もっちり…」
「姫川のクセにプニプニしやがって…」
「ふぇっ、やだって…」
傍から見ればイジメだ。
今度こそ泣き出すかと思えば、キレた。
「やめろっつってんだろがっ!! 愚民共っっ!!」
小さなリーゼントに、姫川は鼻を打たれてしまった。
ガチガチに固められたリーゼントは鈍器に等しい。
鼻血が一筋垂れ、姫川はハンカチで拭ったあと、ゆらりと立ち上がって腰からスタンバトンを取り出した。
はっとした神崎はすぐに子姫を抱きしめて庇う。
「落ち着け姫川っ!!」
「どけ、神崎。そのガキは厳しく躾ねえと…」
「このガキ自分だからなっ!?」
すると、子姫は神崎の背中に手をまわし、キュッと服をつかむ。
「…気に入った」
「?」
「いくらで…オレの家来になる?」
なんか、懐かれた。
「よし。躾はやめだ。殺す」
「自分を殺害するなってのっ!!」
まさに自虐。
「よし、こいつコロセ」
「一度黙れダブルリーゼントっ!!」
神崎が怒鳴ると2人は大人しく黙る。
神崎はまた2人のどちらかが余計なことを言いだす前に、子姫を抱っこして口を開いた。
「ここが過去なら、あまり過去の奴と関わらねえほうがいいかもな。ドラ○もん曰く、未来が変わっちまうかもしれねーし…」
「同感だな。ちょっとしたことでだいぶ変わるらしいし…」
「つうことで、帰れ、チビ川」
「ヤだ」
ぷいっとそっぽを向く子姫は、神崎の服をつかんだまま放さない。
神崎は引っ張るが服が伸びるだけだ。
「おい…」
「ヤだ!! 遊べ!!」
「おまえのためにも言ってやってんだぞっ」
姫川も足を引っ張るが、子姫は神崎から離れない。
「い―――や―――だ―――っ!!!」
昔の姫川の方がしぶとかった。
そのうえワガママ。
「う゛―――っ!!」
必死にしがみつくその姿に、神崎はため息をつく。
「おい、おい、姫川、放してやれ」
「あ? 神崎?」
言われるままに放してやると、子姫はキョトンとした顔で神崎を見上げる。
「どうせ帰り方なんてわからねーんだ。ちょっとくらい付き合ってやってもいいだろ」
「おい…!」
「そう睨むなよ。…夕方までなら遊んでやってもいい。それでいいだろ?」
尋ねると、子姫はパッと明るい顔をして何度も頷いた。
姫川は「そんな呑気な…」と呆れたが、神崎の言う通り今は帰る方法がわからない以上、このまま途方に暮れている他はない。
諦めて付き合うことにした。
神崎達は知らない。
その近くの路肩に停車された車から、こちらをじっと窺う視線に。
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