12年前、とある大激闘がありました。
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青空が澄み渡る、ある日の日曜日。
石矢魔町に、青と白のシティサイクルを漕ぎながら、ある場所へと向かっている男がいた。
「♪~」
自転車とともに流れる鼻歌は、彼の好物でもあるヨーグルッチのCMソングだ。
男の名は神崎一。
石矢魔東邦神姫の一人でもある。
同じ東邦神姫の一人、姫川竜也の恋人でもあった。
「おーいナレーション。今更そんなの必要ねえだろ」
ナレーションにひとりつっこみ、神崎は住宅街の広い道を走る。
そこへ背後からクラクションの音が鳴った。
車の邪魔にならないよう端に避けた神崎だったが、車は神崎の隣につくと自転車のスピードに合わせて走る。
「よう。偶然だな」
その白いベンツの後部座席の窓から顔を出したのは、姫川だった。
「! 姫川」
神崎が止まると車も止まる。
後ろから来る車はなかった。
「神崎と自転車の組み合わせって珍しいな。どちらまで?」
「これだこれ」
神崎はポケットから折りたたんだチラシを広げて見せた。
そこにはデカデカと“今日限定! リッチなプレミアムヨーグルッチ発売!!”と記載されていた。
今から行くスーパーにしか売っていない。
「10年に一度出るか出ないかの限定商品だ。だから今急いでんだよっ。今日はてめーの相手してるヒマねえんだ」
冷たく言い放った神崎は、売り切れ前に間に合うためにも自転車をこぎ出す。
去って行く背中を、姫川は逃しはしない。
「つめてーヤツだな…。蓮井」
「はい」
姫川に名を呼ばれただけで自分のすべきことを理解した蓮井は、少しスピードを上げて車を走らせ、神崎の横を通過するとハンドルを切り、器用にも塀と塀の間に横になって神崎の行く手を塞ぐ。
「うおおっ!!?」
キッ、とブレーキをかけて止まる神崎の前に、姫川が車から降りてきた。
「あとは適当に帰るから」
「行ってらっしゃいませ、竜也坊っちゃま」
姫川がドアを閉めると、蓮井は車とともに去って行く。
「オレも行く」
「はあ?」
姫川は平然とした態度で神崎の自転車の後ろに立ち乗りした。
「たまにはデートしようぜ、神崎」
「デートじゃなくて買い物なんですけど」
「デートついでの買い物で」
「デートがついでじゃなくて?」
言い合っている場合ではない。
こっちは急いでいるのだ。
諦めた神崎は姫川を乗せたまま重いペダルをこぎ出した。
2人を乗せた自転車はとある工事現場の前を通過する。
ふとそれに目を留めた神崎は、急いでいるはずなのに自転車を止める。
「………神崎?」
怪訝に思った姫川は神崎の横顔を見つめる。
その表情はどこか寂しげだ。
「……ここ、なにか建つのか?」
「ああ…、なんか、どっかの会社のビルが建つそうだ。…どうした?」
「いや…」
神崎の視線は、工事現場の奥に中央に立つ大きなクヌギの木が立っていた。
ビルが建設されるとなれば、あの木は邪魔だろう。
作業員は木の周りでどうやってどかすか話し合っていた。
切株にされるか、他に移されるか。
「ちょっと思い出のある場所」
「なんだよ。初恋の子に告った場所とか?」
興味を持った姫川は前のめりになり、リーゼントの先で神崎の頭上を軽く叩いた。
神崎は不快そうな声を出す。
「ソレ取り外すぞ」
「外せません」
「そんなキレイな思い出じゃねーよ。けど、おまえ絶対機嫌悪くするから言わねえ」
「は!? どういうことだよ!」
その言葉が引っかかった姫川は、言葉の意味を知ろうとするが、神崎は舌をベッと出して自転車を再び漕ぎだした。
2人を乗せた自転車は、坂道に差しかかっていた。
そのペダルの重さに、神崎は立ち漕ぎを始める。
「重…ッ!? やっぱ降りろてめえ! もしくは交代しろっ!」
「諦めんじゃねーよ。おまえなら最後までやり遂げられる」
「つかオレらからしたら、普通逆だろが」
「逆?」
「彼氏が運転するもんだろ? ……うわ。自分で言ってサブイボ立った」
「じゃあ交代するかっ!」
ちょいデレが見られたので、彼氏扱いされたからには、と姫川は交代をOK。
「自転車似合わねえな(笑)」
リーゼントと自転車。
組み合わせは神崎が噴き出してしまうほど不釣り合いな画だ。
「ほっとけよっ!!」
坂道の頂上で入れ替わり、姫川は地面を蹴って長い坂道をくだる。
徐々に加速化する自転車。
「……姫川? そろそろ緩めた方が…」
車よりも速くなってきた頃に神崎はおそるおそる声をかけた。
姫川はハンドルを握りしめたまま微動だにしない。
バランスだけとっている状態だ。
どこまで加速するか試しているのかと思えば、とんでもない発言が彼の口から飛び出した。
「………その前に…、ペダルってどうやって漕ぐんだ?」
「足で漕ぎますがっ!!?」
突然の発言に神崎は思わずつっこむ。
「ちょ…っ、ええ!? おまえもしかして自転車運転初めて!!?」
「ったりめーだ!! 車orヘリ通学ナメんなっ!!」
生まれて一度も自転車に乗ったことがなかった姫川。
すべての移動手段は車かヘリだ。
自分で乗り物を運転した経験もない。
だが、神崎を後ろに乗せてキャッキャしたかったので、見栄を張ってしまった。
「早く言えよっ!! 今はとりあえずブレーキだ!! どっかに激突するぞっ!!!」
「ブレーキ…!! ってどこだっっ!!?」
「ハンドルについてるだろ!!」
チリリリン♪
「ベルだっっ!!!」
「っ!!」
つっこみと同時に後頭部を殴る。
もう飛び下りて助かるスピードではない。
そこで神崎は、クッションの代わりになるだろうと姫川の背中にひっついた。
嬉しい状況だが、姫川は複雑な気持ちだ。
加速がついた自転車は次の坂道に差しかかったが、先程より上りは短く、すぐ下りになった。
「あ」
しかし、素直に下らず、勢いよく飛び出してしまった。
宇宙人を自転車のカゴに乗せて飛ぶ映画を思い出したが、そんなSF設定は搭載されていない現実を瞬時に思い出し、腹の底にくる浮遊感に2人の顔は蒼白になった。
衝突死か、墜落死か。
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