ぷちヴァンパイア、拾いました。
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「神崎くーん、トリック・オア・トリート~♪」
仕事が終わると夏目は去年と同じく仮装もしてないのにお菓子をねだってきた。
夏目の行動を読んでいたオレはヨーグルッチを1個やる。
お菓子じゃないとか言いだしたら殴ろうかと思っていたが、夏目は「わーい、ありがとー」といい年して子どものように喜んだ。
城山はなにも言ってこなかったが、城山にもヨーグルッチをやった。
すごく喜ばれた。
「そういえば、今日がハロウィンってことは…、姫ちゃん、おうちに帰っちゃうの?」
帰り際、夏目が思い出したように言いだした。
「そうだよ。ようやくあのちっこい生意気な居候ともおさらばってわけだ」
「清々すらぁ」とオレが鼻で笑うと、夏目は寂しげな視線をこちらに向ける。
「神崎君、寂しいんでしょ?」
「はぁ?」
「店長、神崎君が具合悪そうだって心配していたよ」
「……至って丈夫だ…」
平静を装ってても、周りにはバレているようだ。
ようやくこれであいつに血を吸われずに済むって思っても、本音が胸を痛めつける。
あいつが来てからそれほど退屈じゃなくなった。
血を吸われるのもいつの間にか慣れて、風呂も寝るのも一緒で、生意気だが、夏風邪を引いたオレの看病を不器用ながらもしてくれたこともあった。
そうか、もうそんな日なのか。
オレは自覚する。
「ねー。せっかくだからハロウィンも兼ねてお別れパーティーしようよ」
またガキみたいなことを。
「いいっていいって。別れなんてすんなり済ませた方がいいんだよ」
その方が向こうも出て行きやすいだろう。
「え―――」
「じゃあな。おつかれ」
オレは素っ気なくそう言って夏目達と別れ、家路をたどった。
自分のアパートに近づくたびに気分が沈んでいく。
オレはあいつになんて言って別れようか。
向かう間、頭の中でシュミレーションしてみたが、どれもしっくりこない。
この日にバイトを入れるんじゃなかった。
日は完全に沈み、見上げると真っ黄色の満月が空に浮かんでいて、すぐに雲に隠された。
オレと姫川が一緒にいられるのも、あとわずかだ。
「…!」
アパートの前に、見るからに怪しい黒スーツを着た2人組の男達が立っていた。
気のせいか、オレの部屋を見上げているように見える。
「おい。なにか用か?」
不審者を見過ごすわけにはいかない。
声をかけると、2人組はオレに顔を向け、近づいてきた。
デカい。
どっちも城山並の身長だ。
真っ黒なグラサンをかけた奴と、シャレた帽子を被った奴。
ギャング映画で似たようなの見たことあるぞ。
「あの部屋の奴か?」
グラサンがオレの部屋を指さしたので、「そうだよ」と睨みを利かせて答える。
すると、2人は顔を見合わせて頷き、帽子はいきなりオレの襟首をつかんで顔を近づけた。
「おまえ…、小さなヴァンパイアを飼っているだろう?」
ギクリとした。
同時に、去年の姫川の会話を思い出す。
ハンターに狙われた、と。
オレの直感は当たったようで、あっちが勝手に喋ってくれる。
「1年前、オレ達が取り逃がした奴だ。こちらに引き渡してくれれば金を分けてやる」
「あ?」
「おまえのバイト代10年分だと思えばいい。欲しいだろう?」
オレは「はっ」と嘲笑してやる。
「…帰ってパーティーでもしてろよ。ちょうどいい仮装してるじゃねーか」
瞬間、ゴッ、と鈍い音とともに視界が歪んだ。
殴られたのだと理解した時にはその場に仰向けに倒れていた。
突然だったので受け身をし損ねた。
帽子はアゴでオレを指し、「こいつの家の鍵出せ」とグラサンに命令する。
「さ…わんなっ」
オレはズボンのポケットを押さえ、鍵をとられてなるものかと必死で抵抗する。
「このガキ…!」
グラサンはオレにまたがり、顔を殴ってきた。
気絶させて鍵を奪うつもりだ。
オレは左腕で自分の顔をガードし、右手でズボンのポケットをつかんだ。
「ぅ…っ」
せめて反撃できればいいのだが、最初の一撃が重かった。
まだクラクラする。
姫川が騒ぎに気付いて、とっとと魔界に帰ってくれればいい。
オレがこうして時間を稼いでいるから。
満月が雲からゆっくりと顔を出した。
辺りは月明かりに包まれ、状況に反してオレはキレイだと思った。
夜の闇と黒のスーツが同化していたハンター達の姿もよく見える。
ふとグラサンのコブシが止まっているのに気付いた。
オレが気絶したと思ったのだろうか。
だったら、なんで鍵を取ろうとしないのか。
グラサンと帽子はある一点を見つめていた。
「…帰りが遅いと思って迎えに行ったが、すれ違いだったようだな」
聞き覚えのある、はっきりした声だ。
グラサンは慌てるようにオレの上から下りて、帽子と肩を並ばせた。
「夜道には気をつけろって、テレビで言ってたぞ、神崎」
足音はオレの頭の近くで止まり、そいつはオレを見下ろして笑みを浮かべる。
「それがおまえの本来の姿か…」
オレはおかしくて笑った。
もったいないほどの、イケメンだった。
身長もオレよりありそうだ。
姫川も笑うと、鋭利なキバが口元から見え、思わず戦慄してしまった。
手を差し伸べられたので、大きなその手をつかみ、身を起こす。
「見せてやろうと飛んでったのに、帰っちまいやがって…」
「てめーこそ大人しくオレの家で待ってればよかったんだ」
姫川はデカくなっても姫川のままだった。
「やはり戻っていたか…!」
帽子は舌打ちし、懐から堂々と拳銃を取り出した。
銃口を向けられても、姫川は平然と笑っていた。
「戻ったのは姿だけで、魔力はチビの時のまんまだ。…だから神崎…、お菓子をくれねーか…?」
オレの首筋を指でなぞり、オレは「お菓子」がなんなのか理解する。
「大丈夫だ…。死なない程度にいただく…」
信用したオレは頷いた。
向かい合わせになり、姫川は口を開いてゆっくりとオレの首筋に軽くキスして、舌先で舐め、ブツリッ、と皮膚を突き破って噛みついてくる。
「い゛…っ、ぁ…ッ」
痛みは一瞬だった。
「吸血鬼の唾液は麻酔効果がある」と言ってた姫川を思い出す。
これが本当の吸血。
血を吸われる感覚と、肌に当たる吐息、喉を鳴らす音が脳までも痺れさせる。
「んぁ…ッ、あ…っ」
犯されてるわけでもないのに、喘ぎが漏れた。
「ひめか…ァッ」
「神崎…」
オレの腰を支え、口を放した姫川は耳元でオレの名を呼んだ。
それだけで背筋がゾクゾクとする。
なぜ2人組が襲ってこないのか肩越しに見ると、大量の冷や汗を浮かべた2人組は金縛りにでもあっているかのように微動も動かない。
「バケモノめ…」
「こ…、今度はオレ達の血を…」
「てめーらの汚い血なんざ飲めるか。代わりにオレから、イタズラをくれてやる」
姫川は美しくも不気味に笑ってマントを翻すと、姫川の上空に町中のコウモリが集まり、一斉に2人組に襲いかかった。
「ひぃーっ!?」
「ぎゃあああっ!!」
真っ黒な塊に包まれた2人組。
そのままコウモリたちは2人を包んだまま空へ飛び、どこかへ飛んでいく。
「山にでも捨ててこい」
キキキッ、とコウモリたちは返事を返した。
「ひめ…か…」
貧血で立てる状態ではなく、オレは姫川の襟を握りしめた。
すると、姫川はフッと笑い、恥ずかしげもなくオレを姫様だっこしてオレの部屋へと連れて帰った。
電気も点けずに部屋の布団に寝かされたオレは、窓から出て行こうとする姫川のマントを握りしめて止める。
「か…、帰るのか…?」
「…ああ。ようやく戻ったんだ…。家の奴らも心配しているだろう…」
「…………また…、来るよな…?」
このハロウィンの日に。
「ああ。当然だろ。甘い菓子用意して待ってろ…」
笑顔でそう言われ、オレはマントを放した。
すると姫川は「じゃあな」と言って窓から飛び下り、コウモリに化けて月へと飛んで行った。
「来年…」
ハロウィンなのに、七夕のような話だ。
ひとりに戻った部屋が、酷く静かに感じた。
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