小さな話でございます。
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これから就寝しようとしたオレのケータイに1通のメールが届いた。
夏目からだった。
“神崎君が隣町の奴らにつかまった。姫ちゃん、すぐに聖石矢魔学園に来て!”
オレはベッドから飛び起きて急いで私服に着替え、タクシーを拾って聖石矢魔学園に向かった。
不調だったのかもしれない。
そうでなければ、簡単に他の奴らに捕まることなんてありえないのだから。
タクシーの後部座席でオレは神崎のケータイに電話をかける。
わかっていたが、応答はない。
今頃、リンチにあっているのか。
オレは金をちらつかせてタクシーの運転手を急がせた。
到着した夜の聖石矢魔高校は、朝と違って静寂に包まれたそこは、妙な不気味さをかもしだしていた。
校舎の2階の廊下の窓から小さな懐中電灯の灯りが見えた。
おそらく警備員の巡回だろう。
見つかると面倒だ。
「姫ちゃんっ」
「!」
正門の傍には血相を変えた夏目が立っていた。
オレは声を潜めて尋ねる。
「神崎は?」
「こっち…」
夏目は閉ざされた正門をよじ登って越え、オレもそのあとに続く。
そのまま、校舎の近くは通らずに真っ暗なグラウンドを通過した。
月明かりのおかげで視界はいいが、先程の警備員に見つからないように注意しながら駆ける。
連れてこられた場所は、聖石矢魔学園のプールだ。
金網の出入口には当然鍵がかかっていた。
どうするのかと夏目を見ると、夏目は堂々と金網をよじ登り始めた。
本当にここに神崎がいるのか、とさすがに疑問に思い始めたオレだったが、夏目のあとに続く。
不意に、ガシャッ、と音を立ててしまったため、先に向こう側に着地した夏目に「しーっ」と人差し指を口元に当てて注意された。
忍びこんだオレ達2人はプールサイドに立った。
生ぬるい風が吹き、水面が揺れている。
「夏目、神崎はどこに…」
振り返ると、そこには満面笑顔の夏目が立っていた。
「ほら、そこにいるじゃない」
「へ」
すると、いきなり両サイドから肩をつかまれた。
「行くぞ城山ぁっ」
「はい!」
「はぁ!!?」
タイミングを見計らったようにオレに駆けつけてきた神崎と城山。
神崎はオレの両腕を、城山はオレの両脚を抱え、揺らして勢いをつけた。
「「そぉれぇっ!!」」
「うわぁ~っ!!」
ドボーン、とプールの真ん中に大きな水しぶきが上がった。
底まで沈んだオレはその息苦しさに急いで水面上へ顔を出す。
「なんのつもりだ、てめえらあああっ!!」
リーゼントは完全に水に濡れておりてしまい、サングラスはどっかに沈んでしまった。
夏目は愉快に笑いながら、プールサイドでしゃがんでオレを見下ろしながら答える。
「プールでみんなと遊びたかったんだよね」
だからって深夜の学校のプールに忍び込むバカがどこにいる。
ここにいるよ。
見事に神崎で釣られたオレは、間抜けにもこいつの思惑通りに来てしまったことになるのか。
「オレを巻き込むなよ!」
「そーいうなよ、どうせヒマだったんだろ? つーか、寝るとこ?」
その通りだ。
神崎はずぶ濡れのオレを笑いながら、服を脱ぎだした。
オレはその姿をガン見する。
城山と夏目も脱ぎだし、下着姿になって神崎とともにプールに飛び込んできた。
3人分の水飛沫がオレの傍で上がる。
オレは開き直って、一度プールサイドに上がって服を脱いでからまた飛び込んだ。
オレ達4人は仰向きになって、プカプカ浮かびながら夜空を見上げる。
無数の星がよく見えた。
「またなんでプールに行きたいなんて…」
オレは呆れ半ばに夏目に尋ねる。
「みんながプールに行きたがる理由は決まってるじゃん。涼みながらみんなと遊びたいって…。普通の市民プールじゃ人で溢れてるし、侵入も難しいからね…。前者は姫ちゃんが嫌がりそうだし」
否定はしない。
人込み酔いしそうになるし。
そもそも、リーゼントがおりちまうからプールに行こうって思考すらなかったってのに。
「オレも騙されて連れてこられた。まあ、おまえをプールに放りこもうって案を出された時はノッたけどな」
神崎は「傑作だったわー」と笑い混じりに言う。
「それに…、こうやって夏らしい遊びをするのも最後になるかもしれないじゃん? 来年にはみんな卒業しちゃうし…。特に姫ちゃんと神崎君は多忙になりそうだし…」
「おまえは卒業したらどうするんだ?」
城山の問いに、夏目は「そうだなぁ」と軽い調子で言葉を継ぐ。
「適当にどこか就職しようかなぁ。まだ決めてないけど…」
そこでオレは提案を出した。
「そのツラと調子をいかしてホストなんてどうだ?」
「そのツラって…、姫ちゃんに言われたくないよ(笑)」
「誰がどこへ行こうと、また来ればいいだろ。プール」
オレに続き、「そうだな」と神崎は言葉を継ぐ。
「今度は石矢魔のプールで泳ぐか」
「……そうだね」
「おいコラァ!! そこでなにやってる!!?」
その時、金網の向こうから警備員の怒鳴り声が聞こえた。
鍵をガチャガチャと開けている。
「あ、ヤベッ!」
オレ達は急いでプールから出て服をかき集め、最初に入ってきたのと反対側の金網をよじ登って逃げる。
追いかけてくる警備員は3人に増え、オレ達はグラウンドで二手に分かれたのだが、神崎は城山と逃げてしまった。
そしてこちらには夏目がいる。
下着姿のままグラウンドを飛び出し、近くの公園に逃げ込んだ。
夏目は始終笑っていた。
オレはその頭に拳骨を食らわせて黙らせる。
「痛いよ姫ちゃん…;」
「ツラ殴られなかっただけマシだと思え。つーか、コレ、神崎の服じゃねーか」
慌ててかき集めたので、ごっちゃに持ってきてしまった。
「このシャツは城ちゃんのだね」
仕方ないので夏目は城山の服を、オレは神崎の迷彩服に着替え、ケータイであとで合流する場所を連絡する。
下着姿で町をうろうろするわけにはいかないからな。
「あいつ、細い体してるからな…」
へそが見えてしまう。
対して、夏目はだぼだぼしていてちょっとカッコ悪かった。
「姫ちゃん、また行こうよ」
懲りもせずにそんなことを言う夏目に、2度と行くか、といじわるなことを言ってやろうかと思ったが、口元は笑いつつも不安げな目に、オレは正直に言ってやった。
「…来年な」
そう言うと、今度はちゃんと目元も笑わせた。
夏目は不安だったのだろう。
来年、オレ達と一緒にいるかどうか。
オレも確信はなかったが、たぶん、来年も行くのだろう。
しばらくして、オレのシャツを着た神崎とサイズが合わなかったのか半裸の城山がこちらに歩いてくるのが見えた。
来年、急な呼び出しには注意しなければ。
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