恋人の取説。
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翌日、夏目が持ってきたのは一冊の本だった。
数十枚の紙をホッチキスでとめたような手作り感あふれる本だ。
緑の表紙で『神崎君の取説本v』と書かれている。
「おまえコレ、作ってきたのか?;」
「Zz…」
オレに手渡した夏目はそのまま自分の机に伏して眠ってしまっていた。
オレのために夜なべしてくれたようだ。
城山は自分の学ランを夏目にかける。
ありがたく使わせてもらおう。
授業中、オレは最初のページに目を通した。
“神崎君は警戒心がとても強いので、じゃれつきたい気持ちはわかりますが、少しの間そっとしておきましょう。無闇やたらと触ったり、目も合わせてはいけません。そのうち、向こうから寄ってきてくれるでしょう”
その本の通り、オレは1日だけ神崎に寄らなければ話かけもしなかった。
今までにないことだ。
その間、神崎はずっと眠っている夏目を気にかけたり、城山と一緒にヨーグルッチを買いに行ったりした。
オレのこと、なにも気にかけている様子はない。
本当にあてになるんだろうか、この本。
“3日くらい放置しましょう”
その言葉通りに、オレはいつも送り続けるメールもせずに3日ほど神崎を完全に無視する。
すると、3日後、学校の玄関で靴を履き替えていると神崎から声をかけてきた。
「よう、姫川」
「お、おう…」
“声をかけてきたからと言って油断は禁物。かまうと逃げてしまうので、返事を返すだけに留めましょう”
「?」
オレが返事を返して教室に向かうと、神崎が首を傾げたのが視界の端に入った。
“直接エサを与えましょう”
授業が終わり、オレはあらかじめ買っておいたヨーグルッチを神崎の机の端に置いた。
「やるよ」
「……なにか入ってるのか?」
「さぁな」
“話す時、会話は短く”
「……………」
神崎は怪訝な顔をしながら、オレが与えたヨーグルッチにストローをさして飲み始める。
「…美味いか?」
「ん? あ、ああ…」
「そうか」
オレは笑みを向けてそう言ってから、自分の席へと着いた。
ちゅーちゅー吸ってる神崎カワイイ、上目遣いでこっち見てる神崎カワイイ、と神崎不足であるこの時のオレの内心は穏やかではなかった。
抱きしめたくてうずうずしてしまう。
放課後。
“たまに優しく名前を呼んであげましょう”
「…神崎」
「な、なに…?」
夏目と城山とだべっていた神崎は、オレが声をかけると急にビクッと震え、振り返った。
なにこの反応。
「またな」
「あ…、ああ。また明日な…」
オレが手を振り返すと、珍しく神崎も振り返してくれた。
今すぐ駆け寄って「一緒に帰ろう」と言いたかったがガマンだ、ガマン。
つうかいつまでガマンしてればいいのか。
さらに3日後。
神崎の反応がだんだん著しくなってきた。
いつものようにヨーグルッチを机の端に置くと、「姫川」と声をかけてオレを引きとめる。
「…どうした?」
「あ…、いや……」
声をかけたものの、次のことを考えてなかったのだろう。
ただじっとオレを見つめていた。
“近くでじっと見つめている時はなにかをしてほしいサイン。優しく頭を撫でてあげましょう”
オレはおそるおそる神崎の頭を撫でた。
神崎の顔は真っ赤になったが、文句は言われなくなった。
1分以上堪能したあと、オレは「じゃあな」と言って自分の席に戻る。
そろそろオレの理性の方がヤバいな。
右手で触るんじゃなかった。
物をつかむのを躊躇ってしまう。
あのふわふわ、もっと堪能したかった。
放課後の屋上にて、オレは取説を見て復習する。
とりあえずやっとページの半分までクリアしたってところだ。
順調と言っていいのか。
あとどれくらいガマンすれば、オレと神崎はイチャつけるのだろうか。
明後日の方向を見て途方に暮れてしまう。
その時、屋上の出入口からこちらを窺う気配があった。
目が合うとすぐに隠れたが、神崎だ。
「……………」
“隠れている時は出てくるまで待ちましょう”
立ち上がりかけたオレは取説を思い出して止まる。
しばらくして、諦めたのか神崎がこちらにやってきた。
そこでオレもようやく声をかける。
「どうした? 神崎。ひとりか?」
そう言うと、神崎は小さく頷いてオレの目の前で立ち止まった。
「姫川…」
「うん」
「オレのこと…、嫌いになったのか?」
「……うん?」
気のせいか神崎が涙ぐんでいるように見える。
こんな時、どうすればいいんだ。
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