お呼びでしょうか?
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
神崎が現れて、1ヶ月が経過した。
仕事場でも家でも付き纏っているのは相変わらずで最初はうんざりしていた姫川だったが、傍に話し相手ができたことで退屈はしなくなった。
願いを促されるのはいつものことだが、「願い事は?」「なにもねえよ」とただの挨拶みたいなものになってしまった。
これほど長く人間といたことはないので、神崎もその生活に馴染みを覚え始めていた。
「てめーがいると女も呼べねえじゃねえか」
「こっちだって見せつけられてたまるかってんだ」
今では和気あいあいとしたものだ。
*****
ある日、仕事から帰ってベッドにうつ伏せに寝転んだ姫川はふと尋ねる。
「いつも思うけど、おまえ、食事とか睡眠とかどーしてんだよ?」
「食事はコレ」
神埼が指を鳴らすと、宙にヨーグルッチが出現した。
「好きだな、それ…」
「あと睡眠は必要ねえんだ。だから、夢ってのを見たことがない」
格好を変えれば自分限定で普通の人間に見えるが、やはり魔人だ。
新陳代謝もないから風呂に入る必要もない。
意識しなければ物に触れることもできない。
ナイフで心臓を一突きされても死ぬこともなければ痛みすらない。
「神崎、肩揉んで」
「はぁ? だからその願いは…。……サービスだからな?」
疲れた顔をしている姫川を見て、ため息をつき、背中にまたがって背面をゆっくりと揉みほぐす。
「あ―――…、やっぱ上手いな、おまえ…」
思わず口元が綻ぶほどだ。
「そりゃどーも」
「ん―――…」
そのまま眠りにつこうとしたところで、ぐーるぐるぐる…、と音楽が聞こえた。
すると、神崎は姫川から下り、ベッドの端に腰かけたまま指を鳴らし、ヨーグルッチ型のケータイを出現させて通話ボタンを押して耳に当てる。
「もしもしー?」
“あー、神崎君? お勤め御苦労さまー”
電話越しに聞こえたのは、同期の夏目だ。
「おー、夏目か」
仕事中に電話をくれるのは珍しいことだった。
“そっちのご主人様はどうなの? なんか、1ヶ月かかってるけど…”
「これが欲のねえ奴で…」
“もう1ヶ月なんだよ?”
苦笑混じりに返すと、急に電話越しの夏目の声が真剣になる。
言いたいことを察した神崎の口元からも笑みが消えた。
「……あぁ」
何億分の1の確率。
その確率にのって願いを叶えるために、色んな世界をまわる。
それはこの世界だけでなく、何億も存在するパラレルワールドも含まれる。
魔人は思った以上に多忙だ。
“今夜中に願いが決まらないと…、わかってる?”
「…1ヶ月もかかるケースなんて初めてなんだ。一生付き纏うのはムリなのか?」
“ムリだよ。決まらないと、その人間と神崎君に関する記憶を消して戻ってこないといけない”
「記憶を…消す?」
初めて聞く魔人の掟に、神崎は絶句した。
姫川の中で、この1ヶ月の自分と過ごした日々が消えてしまう。
自分でも驚くほど狼狽して黙り込む神崎に、夏目は優しい声色で言った。
“あくまで神崎君との記憶だから、その人間に支障はないよ”
「けど…」
“できれば一刻も早く願いを叶えさせて戻る方がいい。記憶を消してから戻ると、何百年か謹慎処分されちゃうからね”
「……………」
“記憶も戻さずに戻ってくると、魔人失格で良くてどこかの世界に追放されちゃうよ”
続く警告に、神崎は言葉も出なかった。
“時間がない。いい? 今夜中に…”
その時、神崎の手からケータイが取りあげられてしまう。
はっと振り返ると、姫川がケータイの通話を切っていた。
「姫川…っ」
「全部聞いた」
姫川は静かにそう言ってケータイを枕元に放り投げた。
「……………」
「………神崎」
不意に名前を呼ばれ、びくりと神崎の体が跳ねる。
願いを叶えても、叶えなくても、姫川から離れなくてはならない。
それならば、姫川が願いを叶えて記憶も消さずに済ませる方が、神崎の負担も苦しみも少なくて済む。
「最後だ。願いを言え、姫川」
神崎は目を伏せ、絞り出すような声で言った。
「……オレの望みじゃないとダメなんだっけ?」
「何度も言わせんじゃねえ。てめえ自身のためで、てめえが心から願うものじゃねーとダメなんだよ…」
「それを聞いたうえで聞くぞ。神崎は、なにが望みだ?」
「…は? オレ?」
願いを叶えるために今まで色んな人間に出会ってきたが、初めて聞かれたことだった。
魔人は眠らないから「夢」を見ない。
望む側にならない、という意も含まれて在る。聞かれるまで、自分の望みを意識したことがなかった。
「オレは…、その…、おまえと…、もうちょっといたいっつーか…。なんか…、今、そんな気分だ…。これって…、望みに入るのか?」
「ああ。入る」
「……オレの望み聞いてどうすんだよ」
「いや、おまえの気持ちを知りたかっただけだ」
「気持ち?」
姫川の言いたいことが理解できず、神崎は首を傾げた。
姫川は不敵な笑みを浮かべ、
「―――――」
神崎の耳元に、囁いた。
「!!?」
*****
魔人界にて、デスクに座る夏目は珍しく眉をひそませて悩んでいた。
「はぁ…。どうしよう…」
「どうした、夏目」
見兼ねて声をかけたのは、神崎と夏目と同じく同期の城山だった。
先程願いを叶えて帰還したところだ。
デスクから顔を上げた夏目は笑みを浮かべる。
「あ、城ちゃん、おかえり。早かったね。今回のご主人様はどうだった?」
「ああ。すぐに「金が欲しい」と言われた。神崎さんはまだ帰還してないのか?」
それを聞いた夏目は「あはは」と苦笑する。
城山のように、相手がありがちな願いをしてくれればこんな事態にはならなかった。
「神崎君ねぇ…、魔人やめちゃったみたい」
「は!? どういうことだ!? 追放されたのか!?」
同期の突然の辞職に驚きを隠せない城山。
「それが…―――」
夏目はゆっくりとわかりやすく城山に事情を説明し始める。
納得してもらえば、あとは神崎の報告書を書いて提出するだけだ。
1ヶ月分の彼と主人の行動をすべてまとめ上げ、結果報告し、今後の魔人界の課題にしなければならない。
隣の彼の席も、いずれは別の後輩魔人がつくことになるだろう。
一抹の寂しさを感じながらも、夏目は友人の幸せを心から望んだ。
.