狐と狸と踊りゃんせ。
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その日から、神崎はわずかな時間でも神社にやってきては、しめ縄を切ろうと奮闘した。
姫川はただ静かにその様を背中で見守っていた。
日を追うごとに、あれだけ切れなかったしめ縄が、石で徐々に削れていく。
手を傷だらけにしながらも、神崎は胸を躍らせた。
結びの儀の前日も、神崎は一族の目を盗んで姫川のところにやってきた。
しめ縄はもう半分以上切れた。
今夜中に切れるだろう。
「姫川、もうすぐで切れるからな」
障子に背をもたせかけ、石としめ縄を手にて作業を始める。
たまに手を止めては、冷えた手に自分の息を吹きかけた。
「…神崎」
「!」
姫川が珍しくこちらに近づき、障子を挟むように神崎と背中合わせになった。
「どうしてそこまでしてくれる? 今のオレはおまえにあげられるものはなにも持ってねーぞ」
「いらねーよ。オレがおまえを自由にしてやりたいからやってるだけ」
「……………」
「旅に出ても、今度はおまえから会いに来てくれるだろ?」
「…行かねえよ。…つうか、おまえについてきてほしいんだけど…」
「…!!」
神崎は手を止め、肩越しに振り返った。
障子の隙間から、至近距離で姫川の後頭部と背中が見え、すぐに前に向き直る。
「ま…、まあ、おまえがついてきてほしいっつうなら…」
「………うそだよ、バーカ」
姫川は後ろに手を伸ばし、神崎の背中に触れた。
気付いた神崎は、繋いでほしそうなその手を握り返す。
冷たい手だ。
「あ、雪だぞ、姫川」
見上げると、粉雪が降ってきたことに気付いた。
「……神崎、オレ達もっと一緒にいれたらいいのに…」
「……そうだな…。おまえと祭りに行って、出店でとうもろこしとか食べたり、ヘタクソな盆踊りしたり、川原で花火を見上げたり…」
目を閉じた神崎と姫川は、同じことを想像した。
「たとえ100年ぽっちでもいいんだ。神崎と一緒にいたかったなぁ…」
その声が、泣いているように聞こえた。
「バカ言うな。これからはオレが…」
不意に、姫川の手が離れた。
(おまえだけだ。オレに、「生きたい」と思わせてくれたのは…)
同時に、しめ縄がひとりでに、ブツリ、と切れた。
「……姫川?」
返事は返ってこない。
不審に思った神崎は肩越しに振り返る。
社殿には、キツネが横たわっていた。
「…!!!」
障子を開けた神崎はキツネの姿に戻ってしまった姫川を抱き抱えた。
「姫川!!!」
キツネの顔半分には火傷の痕があり、鋭い太刀で斬られたような傷が体に見当たった。
だから、姫川はずっとこちらを振り返らなかった。
瞬間、神崎は悟った。
大木の命と姫川の命は繋がっていた。
つまり、大木が死ねば、姫川も死ぬのだ。
その事実は雷が落ちるまで、姫川自身も気付かなかったことだ。
「ふざ…けんな…」
動かない姫川の顔に、涙が落ちた。
「ふざけんなあああああ!!!」
山に、咆哮が轟く。
神崎は姫川を抱えたまま神社を飛び出した。
人間の町を走り抜け、姫川が言っていた例の山に半日かけて登り、吹雪く山頂でそれを見つけた。
山神の祠だ。
雪の道を、傷だらけの足を引きずりながら祠に近づき、神崎は睨みつけた。
「ここまですることなのかよ…! それとも、オレが“神破り”しようとしたからか!? 姫川と一緒にいたいのがそんなにいけないことなのか!!?」
神崎はその場に膝をつき、涙を流しながら訴える。
「山神も一族も勝手すぎんだよ…!! いたい奴といてなにが悪い!!?」
祠はなにも答えない。
目を背けられているような気がした。
「後生だ…。姫川を返してくれ…!! あいつ、ずっと独りだったんだ…!! あっちで独りにさせたくねえ!! オレだけでも、ずっと傍にいてやりたい!! オレだって、あいつの傍にいたい!!!」
神崎は姫川を抱き抱えたまま頭を下げ、願い続けた。
結びの儀の日を過ぎても。
騒ぎになった一族達は総出で神崎を捜し、数週間が過ぎた頃、神崎は一族の者に見つけられた。
神崎は、姫川とともに、祠の前で眠っていた。
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