狐と狸と踊りゃんせ。
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翌日、神崎は自分の父親である長に呼び出された。
睡眠不足なのか体調がすぐれず歩くのも億劫だったが、長の呼び出しは絶対だ。
神崎は仕方なく重い腰を上げた。
長は人間嫌いのため、見た目は着物を着た大きなタヌキだ。
屋敷の縁側に腰掛け、背後に神崎の気配を感じとり、前にある、枯れ木が並ぶ雑木林を見つめたまま話しだす。
「…またあの神社に行ったのか」
やはりそのことか、と言いたげに神崎は腕を組んだままため息をつく。
「オレの自由時間に口出さねえ約束じゃなかったか?」
「悪いことは言わん。あのキツネと会うのはやめろ」
「“神破り”だからか? 親父達が毛嫌いしているのは…」
「影響を受けて、おまえまで“神破り”されては困るからだ…!!」
地響きのような声とともに、長は肩越しに神崎を睨みつける。
相変わらず、小さな妖なら一瞬で射殺してしまいそうな鋭い眼差しだ。
昔は委縮したものだが、神崎も今では肝が据わり、動揺を見せない。
逆に睨み返し、口から鋭い犬歯をのぞかせた。
「一族が罰受けるのはヤだもんなぁ?」
「当然だ。先代の長達にも泥をぬることになる」
神崎は嫌悪の視線を向け、なにも言わずに長に背を向けて出て行こうとした。
「災いを持ってきてくれるなよ」
「……………」
*****
「珍しく3日ぶりに会えたと思ったら、親父の愚痴の話か」
神崎は木の枝の上で三角座りの体勢でいた。
そのふくれっ面に姫川は失笑する。
「………おまえのこと、知りもしねえクセに…」
「知ろうとするおまえが珍しいけどな。…ここまでオレに構ってきたのは初めてだ」
「…………姫川はずっと…、寂しくなかったのか?」
「そりゃあ、最初は…。たまに他の妖が来たけど、すぐに離れてった。…オレもあまり関わらないようにはしてたんだ。ここから出れないし、並の妖よりも長生きだし、それに…」
「…?」
姫川は目を伏せ、言葉を濁らせた。
それこそ珍しいことだった。
「それに?」と神崎は促す。
「神崎、オレと会って帰ったあと、体の具合が悪くなったりしないか?」
「…!」
心当たりはあった。
ただの疲れや寝不足だけかと思ったが、確かに姫川に会いに行って帰ったあとは妙な脱力感に襲われる。
「…オレは他の妖の妖気を、知らず知らずのうちに吸い取ってしまう。この距離にいてもだ。…山神がそういうおまけをよこした」
りんごあめを渡したとき、姫川が咄嗟に指を引っ込めたのはそういうことだ。
「……………」
「神崎、もうここに来るのはやめろ。誰もが言う通り、オレは「災い」だ」
「……姫川…、オレ、もうすぐ結びの儀をするから」
「…!」
今日はそのことも伝えに来たのだ。
姫川ははっと神崎を見たが、すぐに顔を逸らして「そうか。おめでとう」と素っ気なく、呟くように言った。
神崎は地面に飛び下り、姫川を見上げる。
「だから、その時まで、できるだけたくさんおまえに会いに来る」
「!」
「そのしめ縄だって解いてやるよ!」
「バカか! オレに全部の妖気を吸わせる気か!」
「もうすぐ長になるオレの妖気の量をナメんな! そんな簡単にぽっくり逝ってたまるかってんだ!」
「神崎…」
「また来るからなっ!」
念を押すように、神崎はそう言って鳥居を潜って石段を駆け下りた。
「……………」
姫川は地面に降りて鳥居に近づき、走り去る神崎の姿を見送った。
ふと、鳥居の向こう側に指先を伸ばす。
バチッ!
「…っ!」
向こう側に触れようとしたのは数百年ぶりだ。
目に見えない結界は未だにそこにある。
触れた指を見ると、焦げていた。
「神崎…、なんでそこまですんだよ…」
その日から、神崎は3日に一度は神社に足を運ぶようになった。
大木を人間の農家から盗み出した鎌で切ろうとしたり、しめ縄を噛みきろうとしたり、燃やそうとしたり…。
思いつく限りのことを試してみたが、大木もしめ縄も鉄のように頑丈だ。
失敗に終わるたび、神崎は酷く落ち込み、姫川も「もういい」とは言うが、諦めなかった。
そして、結びの儀と、冬が近づいてきた頃、神崎達の住む山々を暴風と大雨が襲い、姫川を縛る大木に雷が落ちた。
その大木を一目見た神崎は、絶句してしばらく立ちつくした。
しめ縄がされた中間まで真っ二つに裂け、片方は地面に曲がって倒れていた。
大雨が降ったため、炎上も長くは続かなかったのだろうが、周囲には焦げくさい臭いが漂っている。
鼻が曲がりそうになりながらも大木に近づいてみる。
「姫川ーっ!!」
大木のしめ縄を目でたどると、社殿に向かっていた。
神崎は社殿の閉められた障子に近づく。
しめ縄の先はその障子の向こうだ。
しめ縄が邪魔をして閉め切れず、わずかな隙間から覗いてみる。
「姫川…?」
姫川は障子の向こう、社殿の中心にいた。
いつものリーゼントではない。
驚いたのか、こちらに向けられた背中がビクリと震える。
「神崎か?」
姫川は振り返らずに声をかけた。
「なんでそんなところに…」
「雷が当たっちまって…」
「ケガしたのか!?」
神崎が障子に手をかけると、
「来るな!!」
姫川は怒鳴った。
「来るな。ここにいればオレは時期に回復するし、おまえが近づくと無意識に妖気を全部吸いとっちまう」
「……あの大木、死んだんだろ? なのに、しめ縄が…」
神崎はわずかに焦げたしめ縄を撫でる。
姫川は首を横に振った。
「まだだ。大木は弱ってるが、まだ死んでない。しぶてぇこった…」
「……………」
「神崎、放っておいても、大木は死ぬ。オレも解放される。だから、もうオレに関わるな」
「そんな寂しいこと言ってんじゃねえよ、根暗」
神崎は一度そこから離れ、境内に落ちていた手ごろな石を手に戻り、しめ縄を切ろうと左右に動かした。
「神崎…」
そのあと、いくら姫川が止めようとしても、神崎の手は止まることはなかった。
それで1日が潰れてしまい、神崎はいつものように「またな来るからな、姫川」と言って返事も待たずに行ってしまう。
姫川はその去りゆく背中を、障子の隙間から窺った。
「う…っ」
その時、顔の右半分が痛み、右手で押さえつけた。
痛みは昨夜よりも増している。
左手は苦しく締めつける胸を押さえていた。
「まだ…。まだだ…」
床に、右手と顔の間から、血が一滴こぼれ落ちる。
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