狐と狸と踊りゃんせ。
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5年後の夏、神崎は風呂敷を持って神社に顔を出した。
「姫川ー」
大木に声をかけると、姫川は木の枝の上に現れた。
夜だというのに、未だにサングラスをかけている。
「よう、こんな夜遅くにどうした? 門限は?」
「今日はいいんだよ。ほら、食べようぜ」
姫川がいる木の枝に登り、風呂敷の包みを広げた。
中には、りんごあめ、みずあめ、焼きとうもろこし、イカ焼き、大判焼きなどの祭りものが包まれていた。姫川は目を丸くする。
「どうしたんだ、コレ…」
「人間の祭りに混じってもらってきた。他の奴らも好きにやってるから、遅く帰っても問題ねえよ」
神崎はそう言って、りんごあめを差し出した。
姫川は素直にそれを受け取ろうと手を伸ばす。
その際、2人の指が触れ合った。
わずか数秒の接触だったが、姫川はすぐに指を引っ込めた。
「ありがとな、神崎」
だが、すぐに笑顔を浮かべた。
2人は祭りものを食べながら、向こう側の山付近で打ち上げられる花火を見上げていた。
どーん、と木霊もかえってくるほどの轟音だ。
神崎は水あめを食べ、姫川はイカ焼きを食べている。
何十発目の花火が打ちあがり、ふと、姫川が花火の向こうの山を指差した。
「あの山のてっぺんに、何千年も前からある、小さな祠がある」
「?」
突然なんの話かと神崎は水あめを舐めながら、姫川を一瞥し、指された方向を見る。
遠く、向かい側の大きな山。
こちらを見下ろしているような錯覚を覚えた。
「大昔、あそこの偉い神様を怒らせちまったことがある。…その罰がコレだ」
右脚を上げ、右足にくくりつけられたしめ縄を見せ付ける。
神崎は文字通り、狐につままれたような顔をした。
姫川の口から語られた、己について。
このまま永遠に喋らないかと思っていた。
「……なんで、怒らせちまったんだ?」
一度間を置いて、おそるおそる尋ねる。
すると、姫川はイカ焼きの串を指揮者のように振りながら答えた。
「…“神破り”だ。今でもたまにあるだろ」
「…!」
一族の長には許嫁がつきものだ。
その許嫁は、一族の中から山神が選びだす。
それを無下にすることを“神破り”という。
“神破り”を犯した妖は、山神の冒涜、一族の裏切り者とされ、山神から罰を受ける。
罰は様々だ。
神崎が噂で聞いたのは、海の底に沈められた妖や、岩に封じられた妖の話だ。
「今まで自由に生きてきたオレが、一族の長の娘婿に選ばれたんだ。娘の方は満更でもなかったみたいだけど、オレはまっぴらごめんだった」
だから、結びの儀式の前に抜け出し、挙句、一族につかまってしまって山神が大木に縛り付けたのだという。
「“神破り”の者に罰を与えなければ、代わりに一族が災いを受けることになるからな」
「………いつから罰を?」
姫川はその問いに薄笑みを浮かべ、大木に手を添えた。
「…まだこの木が子供のときか…」
少なくとも数千年は経っていることになる。
神崎は唖然とした。
今では同じ年頃に見えるこの男が、自分の100倍生きていることになる。
「その罰を解くには?」
「ん? …この木が死ぬ時までだ。その時がくれば、この忌々しいしめ縄から解放されるらしい」
姫川は枝から投げ出した足をぶらぶらとさせ、しめ縄を揺らした。
「自由になったら、どうする?」
「そうだなー…。気ままに旅をするのも悪くねーな」
「…そっか」
花火が打ち終わり、静寂が訪れるかと思いきや、夜店の方から太鼓の音が聞こえた。
「盆踊りか…」
「神崎、踊れるのか」
「まあな。毎年参加してるし…」
神崎は両腕を前へ左右と動かし、盆踊りの見本を見せる。
「こうか?」
姫川は両腕をバラバラに動かす。
「ぶっ。ヘタクソ(笑)」
「初心者なんだからしょーがねーだろっ。オレ達の時代はそんなシャレたもんはなかったんだからな」
「だからこうしてだな…」
神崎は枝から飛び下りて、実際に踊ってみせ、手つき足つきを教える。
姫川も枝から飛び下り、マネをしてみせる。
「だからこうして…」
「人間って面倒なこと好きだな」
「全員で集まって面倒なことすんのが好きなんだよ」
そして、それは朝方近くまで続けられた。
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