狐と狸と踊りゃんせ。
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50年後、真夏の昼下がり、尻尾を揺らしながら神社の石段を2段飛ばしで駆け上がる青年がいた。
鳥居を潜り、頭上の耳をピクピクと動かしながら例の妖の姿を捜す。
(あいつ、まだここにいるのか…)
あれから50年。
妖にとっては大した月日ではなかったが、あの妖がいつまでもここに留まっているとは限らない。
よからぬ噂があっても、もしものことがある。
「姫川ー!」
会いたい妖の名を呼ぶと、ざぁっと強風が吹き、境内の石畳に落ちていた、大木の木の葉が舞った。
「懐かしい声じゃねえか。…神崎か?」
姿は現さず、声が聞こえる。
老いを感じさせない、あの時と同じ声だ。
「姫川! 約束通り、また来たぞ」
神崎は大木に向かって声をかける。
「待ちくたびれたぜ。…大きくなりやがって。目付きの悪さは変わんねーな」
「うるせーっ。早く出て来い!」
その時、神崎は背後に気配を感じ、フ、と笑って振り返った。
「姫か…わぁ!? 誰っ!!?」
「ん? 姫川ですけど」
50年ぶりに再会した姫川は、なにがあったのか頭をリーゼントにしていた。
人間の装飾品であるサングラスもかけている。
「こんなのが流行ってるらしい」
「おまえ流行とか乗るのか」
「つうか、おまえ今までなにしてたわけ? オレ一応待ってたんだけど?」
少し頬を膨らませた姫川の問いに、神崎はすぐには答えず、姫川とともに大木の枝に腰掛けてから50年前の日のことを話しだした。
神社から帰ったあと、神社に行ったことがバレてしまい、怒った親から折檻を受け、しばらく外に出ることを禁じられていた。
一族の大事な跡取り息子になにかあっては困るからだ。
そして、つい先日、成人の儀を終え、許嫁とともに一族の長を務めるという条件付きで自由をもらった。
「…結婚すんのか…?」
「まだまだ先の話だけどな。けど、言いだした約束は守る」
「今日もその約束のために?」
「おう。おまえが寂しがってないかってな」
「けっ。思いこみの激しい奴だな。もう独りには慣れた」
そう言う姫川の右肩を、隣に座る神崎が軽く叩いた。
加減はしたつもりだったが、突然のことで姫川は枝から落ちかける。
「危ねっ!」
「てめー自身が寂しい奴になってどーすんだ。そういうの、根暗って言うの知ってっか?」
「…っ」
「根暗」。
その言葉が意外と頭にきた。
「フン!」
「おわぁ!!?」
姫川は神崎の肩を故意に突き飛ばし、枝から落とした。
前面を地面に打ち付ける神崎。
「ぅぐ…っ」
「ついこの間まで宙返りもできなかった小便臭ぇ小僧が、オレ様にエラそうにこいてんじゃねえ…うわっ!!」
大木にくくりつけられたしめ縄を引っ張られ、姫川も枝から落下し、背中を地面に打ち付けた。
神崎はしめ縄をつかみ、額に青筋を浮かべたままニヤリと笑う。
起き上がった姫川も青筋を浮かべながら笑みを浮かべた。
「このクソ狸が…っ!!」
「おーおー、熱くなってんじゃねーか、根暗狐…!!」
2人が距離を詰めてコブシを振るったのは、ほぼ同時だった。
その殴り合いは、夕方まで続けられた。
終わった頃には、神崎と姫川はどちらも顔を腫らし、石畳の上に転がっていた。
どちらが先に倒れたかもわからない。
息を荒げ、神崎は半身を起こし、手の甲で鼻血を拭う。
「あ―――…スッキリ…。最近家に振りまわされっぱなしだったからな」
「……オレも…。ケンカなんて、最後にやったのいつか覚えてねえ…」
姫川も半身を起こし、すっかり崩れてしまったリーゼントを手ぐしで直した。
「…あ、ヤベー。そろそろ戻らねえと…」
いくら自由といっても、門限はある。
一族全員に心配をかけてしまってはまた束縛されかねない。
「…大変そうだな」
「まあな」
神崎は立ち上がり、鳥居に向かって走った。
「じゃあな、姫川っ」
「おー」
50年ぶりの再会で、まさかケンカに発展するとは。
昔は軽くあしらわれていた神崎も、コブシもちゃんと届くほど大きくなった。
今度はもう来ないだろうと思って立ち上がり、大木に戻ろうとしたところ、鳥居の向こうから「姫川ーっ」と声がかけられた。
「!」
鳥居を潜る手前で立ち止まり石段を見下ろすと、石段の途中で神崎がこちらを見上げていた。
「また来るからな!」
それだけ言って、石段を駆け下りる。
「……今度は何十年後の「また来る」だ?」
呆れつつも、姫川の口元は緩んでいた。
半年後、
「姫川ーっ」
その半年後も、
「ひーめーかーわー」
神崎は神社に現れるようになった。
神社に顔を出しては、2人は大木の枝の上で他愛のない話をする。
ほとんどが神崎の話だ。
姫川は神社の境内に生えていた木の実を神崎と食べあい、神崎の話に耳を傾ける。
「門限があったり、わざわざ許婚に会いに行ったり、一族をまとめたり、他の一族に挨拶まわりさせられたり…、それって自由って言わなくね?」
「だろー? ……騙された…;」
神崎は木の実を咀嚼しながら宙を睨みつけた。
「そんな忙しい中、オレに会いにきて楽しいか? 休日くらいゆっくり休めよ」
「休んでるだろが。こうやって。愚痴こぼしながら木の実食って、おまえと喋って…」
「おまえ友達いねえのか?」
「愚痴こぼせる相手がいねーんだよ! つうか、姫川もなんか愚痴とかねえのか? いっっっつもオレが言ってる側だろが」
いつも聞いてもらってばかりでは悪いと思ったのだろう。
それを察した姫川は小さく笑った。
「オレは神崎と違って四六時中ヒマだからな。愚痴なんてひとつもねーよ」
そう言って姫川は自分のことはなにひとつ語らなかった。
神崎もなにも聞かなかった。
どうしてずっとここにいるのか、いつからいるのか、なぜ大木にくくりつけられているのか。
自分の一族や他の一族はこの神社に近づこうとするものはいない。
災いがあると恐れられているからだ。
姫川と会うたび、「なぜ」と疑問が膨らむ。
災いを運ぶ男がこんな人間のような笑みを浮かべるだろうか。
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