狐と狸と踊りゃんせ。
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山奥の古びた神主不在の神社。
木製の社殿の横には巨大な大木があり、そこには一匹の妖が住みついていた。
そうとは知らず、長い石段を駆けあがる一匹の子たぬき。
このたぬきも妖だ。
頬には小さな傷痕があり、耳と口を繋ぐチェーンが見当たった。
子たぬきは石段を登り切り、そこから見える山々と遠くの村の景色を眺め、しばらく達成感に浸ったあと、鳥居を潜った。
大木の妖もその子たぬきの存在に気がつき、久々の来客に目を丸くする。
(なんだ、あのガキ…)
木の枝からその様子を見下ろした。
「いてっ」
先程から社殿の前で前転している。
うまく転がれず、顔面を打ったり、膝を擦りむいたり、尻餅をついたりなど、見てて痛々しい。
ただずっと傍観しているだけというのもつまらない。
「そこの狸、なにしてんだ?」
妖は木の枝から飛び下り、ふわふわとスローモーションのように子たぬきの前に下り立った。
紫色の高価そうな着物、銀の長髪に、彫刻のような整った顔立ちの若い青年。
子たぬきは最初酷く驚いたが、その頭に生えた三角の耳と、髪と同じ毛色の尻尾を見て、自分と同じ妖だと気付く。
「に、人間かと思ったじゃねーか!」
見た限り、狐の妖だ。
「人間があの高さから飛び降りれるわけねーだろ、バカだな」
「なんだと!?」
子たぬきは二足歩行に立ち上がり、その狐に殴りかかろうとするが、狐はその額を手で押して突進を阻止する。
子たぬきは必死に手を動かすが、動物の手ではリーチが足りない。
「小僧、ここにはおまえみたいな美味そうな妖を食っちまう、わるーい妖がいるんだぜ? とっとと帰った方がいいぜー?」
狐はニヤニヤとしながら脅してみるが、子たぬきは怖がる素振りを見せない。
「知ってる。だからこそ練習にうってつけだ」
「へぇ、度胸あるじゃねーか? 練習ってなんの練習なんだ?」
「……変化」
人間に化ける術だ。
それを聞いた狐は拍子抜けした顔をする。
「…妖の基本中の基本じゃねーか」
「うっせーな! これがうまくできねーんだよっ!」
子たぬきはジャンプして宙返りしようとしたが、そのまま地面にうつ伏せに倒れる。
「ぐっ」
狐はしゃがんでそれを見下ろし、膝で頬杖をついた。
「つまり、宙返りできねーってわけか。…小僧、名前は?」
「……神崎…」
子たぬき・神崎は、顔を上げて痛む顔を右手で軽く押さえながら名乗る。
そこで神崎は気付いた。
その狐の右足にくくりつけられた、太いしめ縄。
そのしめ縄の先は先程狐がいた大木に繋がっていた。
「そっか。オレは姫川。…その練習、付き合ってやるよ」
練習は日が沈むまで行われた。
姫川は人間の姿になったり、本来の狐の姿に戻ったり、実際に神崎に見せ、コツを指導する。
次第に神崎もうまく宙返りができるようになり、そして、ついに人間の子供の姿へ化けることができた。
「ほ~…」
その姿をじっくりと眺める姫川。
緑色の甚平、金の短髪、目付きの悪い目。
頭には丸い耳、尻にはしましまの尻尾が生えている。
「生意気そうな姿だな。素行が悪そうだ」
「わざとだよ。これならナメられなくていいだろ?」
「大人姿ならゴロツキだな。…さて、変化もうまくいったことだし、母ちゃんが心配する前に家に帰んな。本当にとって食われちまうぞ」
「…姫川、ありがとな…。またここに来ていいか?」
「……………」
姫川はなにも答えない。
「来るからなっ」
神崎はそう言って「またな」と手を振り、元の姿に戻って鳥居をくぐり、石段を駆け下りていった。
姫川はその姿を、石段の上から見送った。
「……関わるべきじゃなかったな…」
ほんの気まぐれが、2人の運命を変えて行く。
これは些細な始まり。
「来る」と自分で約束した神崎が再び現れたのは、それから50年の月日が流れたあとだった。
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