前日の追いかけっこ。
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結局、家に帰ったのが20時すぎになってしまった。
遅めの夕飯をもそもそと食べて自室に戻り、ベッドにうつ伏せに倒れ込み、手に取った枕をボコボコに殴った。
「ありえねえありえねえありえねえありえねえ!!」
街でたまりにたまった怒り玉がすべて枕にぶつけられる。
だが、いくら殴ってもストレス発散にもならない。
枕から綿が飛び出しかける手前で、オレはポケットから携帯を取り出し、蓋を開けた。
「あのコロネ頭!! オレをバカにすんのも大概にしやがれっ!! 中身がチョコかカスタードか絞り出してやろうかっ!!」
怒りのままに今日のことを電話で尋ねるつもりだった。
その時だ。
バンッ、と窓になにかがぶつかった。
「!?」
石じゃなさそうだ。
ベッドから降りたオレは、おそるおそる窓に近づき、外側の窓際に落ちたものを見る。
青と白の四角いパック。
毎日見ているため、見間違えるはずがない。
ヨーグルッチだ。
窓を開けたオレはそれを拾い、辺りを見回す。
「なんでヨーグルッチがこんなところに…」
開封もされていない。
「!」
表面に太文字でなにか書かれてある。
“裏口から出ろ”
エラそうに書かれてあったが、裏口で誰かが待っているのなら行ってやろう。
相手は知り合いか、オレに恨み持つ奴か。
オレは縁側から庭に出て、そのまま裏へと回り、裏口から出た。
向かい側の家のブロック塀に誰かが背をもたせかけていた。
きっとヨーグルッチを投げた奴だ。
誰か確認しようと近づき、オレは言葉を失った。
電柱の外灯に照らされたその姿は、ヨーグルッチだった。
いや、ヨーグルッチの着ぐるみ!?
オレは家の中に戻ろうかとしたが、そいつに手首をつかまれる。
「放せよっ!! てめぇ大声上げてウチの奴ら呼ぶぞっ!!」
ヨーグルッチをバカにした罪で。
「ノンノン。連れてくるように言われてるんだから」
ヨーグルッチが喋った。
しかも聞き覚えありぞ、この声。
「おまえ下川だろ」
「な、なにを言ってるんだい!? オレはヨーグッナイだぜ!?」
慌てて、ビッ、とピースを額に当てた。
「手つきぃっ!! なんだヨーグッナイって!!」
まるで、パパとバレたサンタのような慌てっぷりだ。
「どういうつもりか知らねえが、遊んでほしいなら明日にしろや。今日はそういう気分じゃねえし、遊び通り越して殺害しかねないからな」
「ひっ」と怯えた様子を見せた下川だったが、オレが戻ろうとすると果敢にもオレの行く手を塞いだ。
「それじゃ困りますって! 時間に遅れたら先約殺害予告された人に…!」
「時間って…」
「とにかく騙されたと思って」
ヨーグルッチ姿の下川はとことこ走り、すぐ近くにいた自分のバイクにまたがり、オレにヘルメットに投げ渡した。
「? つうか、それで来たのか? よく捕まらなかったな」
余裕さ、とあのうざいポーズをとる。
「あと、それ、目あるのか?」
「あるけど、実はすごく見にくい」
「絶対事故るなよ」
到着したのは、学校だ。
ここになにがあるのか尋ねようとしたが、オレがバイクから降りた途端、下川はバイクでどこかへ走り去ってしまった。
深夜の学校は不気味だ。
突然連れてこられたので、ライトひとつ持っていない。
「!」
正門に足を踏み入れたとき、地面になにかが点々と続いているのを見つけた。
ヨーグルッチの道だ。
これを辿れってことか。
せっかくなので、もらっていこう。
わざわざ拾いながらそれを辿って行く。
玄関をくぐり、廊下を歩き、階段をのぼり、オレの両手というか両腕がヨーグルッチでいっぱいになっていく。
予想はついていたが、たどりついたのはオレ達の教室だ。
「くそっ。前見えねえ」
オレの両腕にはヨーグルッチのピラミッドができていた。
足下は見えるが、前が見えない。
扉は開いているようだ。
教室に入ると、背後からクスクスと小さな笑い声が聞こえた。
「本当に全部持ってくるとはな」
「!」
驚いて肩越しに見えると、姫川がそこに立っていた。
「ちょうど時間だな」
電気が点いたと思いきや、
パアン!!
「うわっ!!」
いきなりクラッカーを鳴らされ、尻餅をついてしまう。
当然、持っていたヨーグルッチも落としてしまい、オレはヨーグルッチに埋もれた。
「わっ、大変!」
「神崎先輩大丈夫っスかー!?」
掘り出されたオレは電気の点いた教室を見る。
クラス全員がそこにいた。
合わされた机の上には豪華な料理とケーキが並べられてある。
「「「「誕生日、おめでとうございまーす!!」」」」
「…誕生日?」
はっとした。
携帯の画面を見ると、ちょうど0時。
6月1日。
「これ、私達から…」
「いつまでもバカヅラさげてないで、ちゃんと受け取りなさいよ」
「あ、これ、オレと男鹿からです」
「欲しがってたって聞いて」
未だにポカンと口を開けているオレに、邦枝達にプレゼントを渡された。
「!」
パー子と谷村からは花束、邦枝と大森からは服、古市からはピアス、東条からはCDを渡される。
全部、姫川と一緒に買った品物だ。
「これ…」
パー子はそっとオレに教えた。
「実は、これ全部、姫川先輩と一緒に選んだものなんスよ。神崎先輩の好みや欲しがってたもの詳しいんで…」
「じゃあ…、あれって…」
全部オレのために他の奴らと買いに行ってたってことか。
それぞれの時間に合わせて。
いや、待て待て、ひとつ見逃せないことがある。
オレは立ち上がって夏目に近づき、問い詰めた。
「夏目…、その…、用事ってなんだったんだ?」
「姫ちゃんに、ヨーグルッチケーキのレシピをもらったんだよ。このケーキ、オレと城ちゃんと作ったんだよ。美味しそうでしょ?」
ヨーグルッチケーキ…。
見た目はショートケーキだ。
そんなレシピがあったのか。
ああ、あの封筒に入ってたわけだな。
夏目はオレの耳元に口を寄せ、囁いた。
「姫ちゃんに手を重ねたことなら気にしなくていいよ。神崎君が尾行してるのわかっててやったことだし」
瞬間、オレはフリーズした。
喫茶店でバレたのだろうか。
夏目は頭の中を読んだのか、言葉を続ける。
「花澤さんのところから」
「…!!」
最初からだ。
オレが「用事がある」と言ってから、姫川を追いかけている間、同じく尾行されていたのだ。
「おい夏目、神崎になに言ってんだよっ」
姫川は苛立ち混じりにこちらに近づき、オレと夏目の間に入って剥がした。
姫ちゃんが浮気すると思う? と夏目が笑顔を向ける。
全員がケーキの周りに集まり始め、姫川も「早く」と言ってオレの背中をポンと軽く叩く。
オレはケーキに近づき、ケーキに立てられた18本のロウソクの火を、今日の恥ずかしい経験ごと吹っ飛べと火を吹き消した。
そして、改めて「おめでとう」の拍手が送られた。
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