前日の追いかけっこ。
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その日は普段の登校日と同じ、大した変化はない日だと思っていた。
まず、変化の違いに気付いたのは朝っぱらからだった。
家の野郎どもの様子がどこかおかしい。
オレに対してよそよそしいのだ。
あの親父でさえ。
全員、オレと目を合わせないようとしないし。
オレが「なんだ?」と聞いても、「なにがですか!? なんのことですか!?」と慌てて聞き返されてしまう。
こういう反応、以前にも経験したことがあるような気がした。
それが思い出せない。
デジャヴというやつか。
結局、モヤモヤした気持ちのまま、学校へ行くことに。
家を出て待ち合わせ場所に到着しても、オレは奇妙な感覚を覚えた。
特に城山に対して。
「かかか、神崎さんっ! こんばんは!!」
「今は朝だボケ」
(わかりやすい奴だな)
夏目はいつも通り、なにを考えてんのかわからない笑顔で「おはよー」と挨拶してきた。
「…城山…」
「はいっ!?」
まだなにも聞いてないのに、声が裏返ってやがる。
「オレになにか隠してんだろ?」
直球で言った瞬間に城山は大量の汗を流した。
こいつにオレの秘密事を言ったりするのはよそう。
「……その…っ、姫川が…」
「姫川?」
なんであいつの名前が出てくるんだよ。
「城ちゃん」
夏目は城山の肩を叩き、声をかけると、城山ははっとした顔になり、「いえ、なにも隠してません」と頭を下げ、「ただ…」と言葉を継ぐ。
「ただ?」
オレが促すと、城山の目がわかりやすいほど泳いだ。
継ぐ言葉が見つからないのか。
オレが訝しげに見つめていると、夏目は笑い混じりに言いだした。
「くだないことだよ。姫ちゃんが女の子に浮気する夢、見ちゃっただけなんだよねー?」
「は?」
「夢でも後ろめたいよねー」
夏目は城山の顔をのぞきこむ。
「あ…、ああ…。すみません、そういうことなんです」
「バカかっ。たかが夢くらいで大袈裟な奴だな。あいつが浮気しようが知ったこっちゃねーよ」
つうかなんでてめーがそんな夢見るんだよ。
見るならオレだろうが。
自分自身につっこみ、途端に恥ずかしくなった。
そんな話も終わって学校に到着し、教室のドアを潜ると、気のせいか一瞬だけクラス全員がこちらを見た気がした。
「神崎先輩おはよーございまーす!」
パー子が駆け寄ってきて挨拶してきた。
後輩らしいことしてくるのは今のところこいつだけか。
古市は日によってだ。
オレの視線はパー子から席に着いている姫川に移る。
こちらには見向きもせず、右手で携帯を打っていた。
メールでも送っているのか、株の確認でもしているのか。
「浮気」。
不意にあの夢の話がオレの頭の中に浮上した。
あいつ、オレと付き合う前はけっこう女遊びしてたらしいからな。
今でもその女どもと連絡とっててもおかしくねえか。
オレは込み上げてくる苛立ちを吐き出すようなため息をつき、自分の席に着席した。
気にしてない。
気にしてないがたまにはオレの方から誘ってみるか。
佐渡原が授業をしている最中、オレはノートにシャーペンを走らせ、そのページだけ破き、距離が出るようにと消しゴムを入れてくしゃくしゃに丸め、姫川に投げつけた。
うまく机にのったそれを、姫川は携帯をいじる手を止めて開く。
“放課後付き合え”
姫川はこちらを一瞥し、すぐに裏側に文字を書いて投げた。
それを右手でキャッチしたオレは紙を開く。
“今日は用事”
オレは裏返して空いてるところに書いて投げる。
“用事ってなんだ?”
省略。
“用事は用事”
“ふざけんな、きっちり理由説明しろ!”
“大した用じゃねえって”
“だったらオレの相手しろや!! 珍しく誘ってやってんだろが!!”
“嬉しいけどムリ 今日ムリ カタツムリ”
「くだらねえんだよっ!! 死ねぃっっ!!」
「死ねってなんだ!!? どう言ったらいいんだ!!?」
「いくらなんでもカタツムリはヒデェぞっ!! オヤジか!!?」
「デケー声で言ってんじゃねえよっ!! ちょっとやっちまったって思っちまったよっ!!」
思わず席から立ち上がってオレ達は怒鳴り合っていた。
消しゴムを投げつけると、ノートを投げ返される。
佐渡原は「2人とも…;」と声はかけてきたが止めはしない。
ならば遠慮なく、とオレ達は授業が終わるまで怒鳴り合い投げ合いを繰り返した。
後片付けは当然オレ達がやるしかない。
邦枝にも促されてしまう。
こんなに散らかすんじゃなかった。
後悔しながら自分の文房具を拾っていると、オレは自分の机に落ちていた折りたたまれた小さなメモ用紙を発見した。
姫川のだろうか。
オレは振り返って姫川の背中を確認する。
あいつは「どーしてオレが…」とブツブツ言いながらとこちらにしゃがんだ背を向けていた。
気になったオレは机の下でこっそりとそれを開いてみた。
“放課後、裏門の前で”
姫川の字じゃねえな。
女が書いたような丸字だ。
(……女…)
いつ渡されたのか。
ひょっとしたらこのクラスにいる奴かもしれない。
*****
放課後、気になったオレは、「用事がある」と言って夏目と城山を先に帰したあと、裏門へと移動した。
門の近くにある茂みに身を潜め、姫川が来るのをじっと待つ。
先に姫川が来た。
携帯を取り出して時間を確認したのか、「早かったか」と呟く。
そして少し遅れてそいつは現れた。
「姫川先ぱーい」
「遅くなりました」
「!?」
ひとりだけかと思いきや、パー子と谷村じゃねえか。
「じゃあ行くか」
そう言って珍しく車も使わず、街へと向かっていく。
オレは気付かれないように距離を置きながらそれを追いかけた。
到着した街は、買い物を終えて服屋から出てくるカップル、ショーウィンドウの前で楽しげに喋る友達同士、家族と一緒にレストランに入る子どもなどがいた。
この時間帯はやっぱり人が多いな。
しばらくして、3人は花屋に入っていった。
「花屋…?」
3人は中で花を選んでいる。
さすがに小さな店に入ると尾行していたことがバレてしまう。
オレは斜め向かい側の路地に隠れて店内を窺った。
会話は全然聞こえず、不安が募る。
なんだか楽しげに話しているから尚更だ。
店から出てきた姫川の右手には、色鮮やかな黄色のチューリップの花束が握られていた。
それを向かい合ったパー子に手渡す。
パー子は優しい笑みを浮かべ、谷村は姫川に一礼した。
その光景を見てしまい、チクリと胸にトゲが刺さった気がした。
そのままどこかに行くのかと思いきや、やがてパー子と谷村は姫川と一言二言会話したあと、背を向けて帰っていった。
オレは携帯を開き、画面に映る時計を見た。
16時20分。
学校を出てから1時間も経過していない。
携帯から顔を上げて見ると、姫川はパー子達が帰った方とは反対の方に手を挙げた。
姫川が手を挙げた方向に振り返ると、邦枝と大森の姿を見つけた。
「はぁ!?」
3人は合流したあと、肩を並べて歩いて行った。
「どういうことだ」
パー子と谷村の次はあの2人かよ。
おいおい、どんだけ唾つけてるんだ。
大森、レッドテイルは色恋沙汰禁止だろ。
邦枝、てめーには男鹿がいるじゃねえか。
声をかけたいがそうもいかず、オレは再び尾行する。
しばらくして姫川達がシャレたブティックに入り、オレは向かい側のファーストフード店の窓からそれを窺っていた。
100円のハンバーガーを口にしながら、ブティックの店内に見える姫川を睨みつける。
腹に食べ物を入れればイライラが収まるかと思ったが、そうはいかない。
邦枝はオシャレな服を手に取り、「これは?」「これは?」と姫川に見せつけては尋ねている様子だ。
大森は「姐さん、こっちの方がいいんじゃ…」と言っているように見える。
姫川は首を横に振ったり、考える仕草をしている。
ようやく買う服が決まり、店員にそれをラッピングしてもらって店を出た3人。
邦枝と大森は「じゃあ…」と手を振って、青と白のボーダー柄でラッピングしてもらったそれを持って、店の前で姫川と別れる。
あれは姫川にあげるものじゃないのか。
姫川は帰っていく華音の背中に手を振ったあと、反対の方向に振り返った。
「まさか!?」と嫌な予感が的中する。
今度はどこぞの女かと思えば、男鹿と古市がやって来た。
「姫川先ぱーい」
(どういう組み合わせ!!?)
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