すべてオレです
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石矢魔特設クラスにて、姫川は教室に足を踏み込んで早々、信じられない光景を目の当たりにしていた。
一度教室を出て頬を軽く叩いてから、改めて教室に入るほどだ。
やはり同じ光景が広がっている。
「どう…なってんだ…こりゃあ…」
「見てわかんねーのか。椅子とりゲームだ」
その質問に答える男鹿。
だが、姫川が求めていた答えとはまったく違う。
確かに目の前の光景は椅子取りゲームだ。
問題なのは、それをやっている5人組だ。
「ぐーるぐるヨーグルッチー♪」
迷彩服を着た気弱そうな神崎が少し離れて歌っている。
それに合わせて神崎の席の周りをくるくると回る4人。
ヨーグルッチカラーのジャージを着ている神崎、ヤクザの親分が着ていそうな着物を着ている神崎、学ランをきっちりと着ている神崎、夏服を着ている神崎だ。
歌が止まると同時に全員が座ろうとする。
学ランの神崎が先に着席したが、着物の神崎が足蹴りを食らわせて椅子から落とし、席を奪った。
「フン、オレ様がいただいた」
「ちょっと待て、反則だろ!」
文句を言いだしたのは、夏服の神崎だ。
立ちあがった学ランの神崎も責める。
「そうだ。最初にオレが座ったはずだ。譲ってもらおう」
「もーどうでもいい。これで何回目だと思ってんだ」
ヨーグルッチを飲みながら口を尖らせるジャージの神崎。
「ちょっと…、ケンカ…やめようぜ…」
若干怯えながらなだめようとする迷彩服の神崎。
「ああ? なんだ。この神崎さんに文句垂れる気かてめーら。窓から落とされてーか!?」
「オレも神崎さんだよ!」
「オレもな」
「オレも」
「オ…、オレも…」
そう、教室には神崎が5人いた。
「なんで神崎が5人いるかって聞いてんだよっ!!」
姫川は見兼ね、男鹿の机を強く叩いた。
すると、5人の神崎含めクラス全員がそちらに注目する。
姫川は構わず男鹿の胸倉をつかんで問い詰めた。
「説明しろよ、男鹿!」
「そうやって真っ先にオレに聞くの、やめろ」
簡単に説明すると、魔界の菓子を食べたのが原因だ。
流れは、神崎は学校に行く途中、迷子になったラミアの道案内をしたら、「あげるわよ。いらないなら捨てていいからっ」とツンデレ発言とともに、色鮮やかなキャンディーをもらったのだ。
学校に来るまでそれを舐めていた神崎は、教室に到着すると同時に5人に分裂したそうだ。
観察してわかったことだが、全員性格が違うらしい。
それは夏目が教えてくれた。
迷彩服で、怯えた顔をしているのが、気弱い気弱崎。
みんなより一歩引いた位置にいる。
夏服で、表情豊かなのが、素直な素直崎。
思ったことは真っ先に言う質だ。
ジャージで、ヨーグルッチを飲んでいるのが、人一倍食い気のある食い気崎。
食い気はあるがやる気は薄い。
学ランで、知的な顔つきなのが、真面目な真面目崎。
常識や社会のルールには忠実。
そして、着物で、目付きが悪くエラそうなのが、気の強い強気崎。
常にオレ様男子な、元祖神崎。
「姫川ラブ崎とか、淫乱な色気崎はいねーのか?」
「殺すぞ変態フランスパン」
「変態は同感だ」
冷たい視線を向ける、強気崎と真面目崎。
本人よりも温度が低く感じられ、姫川は傷つき、一歩たじろいだ。
まさか人間が食べると分裂する菓子だとは思っていなかったのか、ヒルダがラミアに連絡してくれたが、ラミア本人にもどうすることもできないらしい。
それを聞いても、それぞれに人格に分裂した神崎達は、真面目崎以外困っている様子ではなかった。
だったら別々に暮らして別々の神崎でいたらいいじゃん、的な空気だ。
「出席確認の時、どうする気だ。オレも神崎、おまえも神崎。ややこしいじゃないか」
「べっつにー。だったら真面目崎って呼ばせとけばいいだろが」
「適当な奴だな!」
「だってオレ神崎さんだし? それともてめーのことは粗末崎って呼べばいいか? な、お粗末」
「…っ!」
真面目崎と強気崎が睨み合いを始めた。
気弱崎は「教室でケンカするなよ…」とおろおろとしている。
「なるほど。神崎先輩の性格が分裂すると簡単にケンカに発展するのか」
古市は冷静に分析する。
「はぁ…。ずっとこのままかよ…」
姫川がガックリと項垂れると、その頭を優しく撫でる手があった。
顔を上げると、素直崎がそこにいる。
「その…、元気だせ? おまえにはオレだけいればいいだろ」
そう言って笑顔を向けられ、首に絡みついてきた。
「素直崎…」
「姫川は顔もいいし、頭いいし、金持ちだし、誰もが羨むオレの自慢の彼氏だ。そんな姫川にふさわしくなるようにオレだって日々頑張ってんだ。花嫁修業ってやつをな。それに今のオレなら本人より姫川のこと大事にできる自信あるぜ」
素直崎は神崎のデレの部分だ。
腕を組み、姫川の顔をじっと覗きこみ、不安げな顔に切り替える。
「姫川はオレじゃ嫌か?」
「嫌じゃ…ねえ…」
「そうか。じゃあオレをおまえの家に置いてくれるな? つうか置け」
笑顔を取り戻した神崎はそう言ってクラスのみんなの前でキスしようとした。
「そこ! 教室でイチャつくな!」
真面目崎のもっともな一言。
教室の騒ぎを扉から窺う佐渡原は「あいつ( 真面目)が残ればいいのに」と呟いた。
「ちょっと待てよ。姫川の家に住むのはオレだ。実家に4人はムリだからな。親父が腰抜かしちまう」
そう言いだしたのは意外にも、未だにヨーグルッチを飲んだままの食い気崎だった。
続いて真面目崎が挙手する。
「食い気崎に同意だ。誰かひとりが実家、誰かひとりが姫川の家、そして残りがバラバラにどこかで生活しないといけない。オレは本人の真面目な部分だ。ヤクザに向いていない。だから、姫川、効率的に考えておまえの家が住みやすいんだ。泊まらせてくれる礼に家事全般はオレがやるから、オレを住まわせろ」
「オ…、オレだって、あんな物騒なところ…、帰れねえよ…。姫川はオレのこと…守ってくれるよな?」
そこで気弱崎も名乗り出た。
精一杯の勇気なのだろう。
目が涙目だ。
どうした状況か。
姫川は困惑していた。
そこで夏目が姫川に尋ねる。
「姫ちゃんはどの神崎君を住まわせたいの? つうか誰がお好み?」
その質問に姫川は頭を抱えた。
(素直崎は本音をぶちまけてくれる。しかし真面目崎と気弱崎は自分の性格上いじめたくなる。食い気崎には自分のヨーグルッチを…)
その時、ガンッ、と机が蹴られた。
「なんだ、そろいもそろってフランスパンにベタベタベタベタしやがって気持ち悪ィ。てめーらみたいなのがオレと一緒だ? 尚更吐き気がするぜ」
蔑んだ目を向けるのは、強気崎だ。
「なんだと…!?」
真面目崎はキッと強気崎を睨む。
「もともと、「神崎」っつう奴の中のほとんどはオレが占めてたはずだ! なのにこのフランスパンのせいで恋愛にうつつぬかすようになったんじゃねえか! 恥ずかしくねえのか!? あの神崎さんがこいつに恋愛だ!? 虫唾が走る!!」
「おい、なに熱くなってんだ…」
姫川は強気崎に近づいてなだめようとするが、
ゴッ!
「ぐ!」
強気崎はコブシを振るい、姫川のアゴに当てた。
「てめ…」
姫川はアゴを右手で覆い、強気崎を見る。
強気崎は姫川を殴ったコブシを見つめ、男鹿に振り返った。
「男鹿、てめー表出ろ! いつぞやの決着つけてやるよ! 余計なモン吐き出したんだ。今のてめーなら勝てる気がするぜ!」
「あ? ああ、いいぜ」
あっさりと承諾した男鹿は強気崎とともに廊下に出る。
「あ、待て!」
姫川は止めようとするが、聞く耳を持ってくれない。
「…まあ、気長に待とうぜ」
食い気崎はそう言って自分のヨーグルッチを姫川に差し出した。
その3分後、男鹿は強気崎を肩に担いで帰ってきて、立てなおされた神崎の机の上に強気崎を放った。
男鹿が無傷なのに対し、強気崎はボロボロだ。
「元は神崎先輩だし、それに分裂してるから力も半分以下だったのかも…」
今の本人なら、最低でもかすり傷ひとつは負わせることができただろう。
「大丈夫か?」
姫川は強気崎の顔をのぞきこみ、手の甲で軽くぺチペチと叩いてみると、強気崎は唸り、意識を取り戻した。
「起きた起きた」
姫川は強気崎の額を撫でようとしたが、強気崎はムキになってその手を払う。
「触んな!」
「よくわかったろ。おまえは神崎だが、その一部だ。本人より強いなんてことはありえねえんだよ」
「うっせえよ!」
強気崎は身を起こし、姫川と睨み合ったが、フイと顔を背けた。
「クソ…ッ、てめえにこんな情けねえとこ見られちまったら…、なにも言い返せねえだろが…っ」
そう言いながら、強気崎の頬が赤く染まる。
(…ん!?)
そこで姫川は違和感に気付いた。
素直崎というデレの部分があったのなら、この強気崎の正体は、
(ツンの部分か―――っ!!)
気付いた姫川に続き、邦枝も言いだした。
「もしかして、この神崎達、全員アンタのことが好きなんじゃないの?」
はっとする。
強気崎はどうかは知らないが、他の4人は全員、自分だけ姫川の家に住まわせてもらおうとしていた。
余れば夏目や城山の家に住まわせてもらう手だってあったというのに。
共通点を言い当てられ、全員が照れる素振りを見せた。
「まあ、性格は分かれても、全員オレだからな…。どうりでおまえの言ってた「姫川ラブ崎」がいなかったわけだ」
そう答えるのは素直崎だ。
「…っ!」
姫川は感激せずにはいられなかった。
5人まとめて抱きしめる。
「6Pがなんぼのもんだ! ひとりだけと言わず、全員平等に愛してやるよ!」
「姫川…」
強気崎が呟き、笑みを浮かべた時だ。
ボンッ!
5人の神崎が煙に包まれ、姫川の腕の中には神崎本人がおさまっていた。
全部覚えているのだろう、顔が熟したリンゴのように真っ赤だ。
「おめーはホント…、欲張りな奴だな」
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