王子は何処に?

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翌日、カンザキはしばらくの間店を休み、ヒメカワとひっそりと身を隠すことにした。

明後日にはいったん町を離れ、落ち着いたらまた戻ってくる予定も立てた。


しかし、満月の夜、招かれざる来客が訪れた。


扉をノックされ、カンザキはヒメカワを自分の部屋にやったあと、警戒しながら扉を半分開けた。

そこにいたのは、黒のローブを身に纏った青年だった。


「…どちらさまで?」

「……城からの使いの者です。…王子をお返しください」

「…!!」


青年越しを見ると、数台の馬車と数十人の兵士が並んでいた。


「私は、王子の側近のハスイと申します」

「……王子? どうして一国の王子様がこんな儲けの少ねぇ商人のとこに…」


ボロが出てしまわないよう、カンザキは誤魔化す気でいた。

だが、ハスイは目を細めて言いきる。


「とぼけても無駄です。目撃者が報告してくださいました。邪魔をなさるなら、王子誘拐の罪で檻に入っていただきますよ」


兵士達が鞘から剣を抜こうと構えたとき、


「待て、ハスイ」


カンザキの部屋からヒメカワが出てきた。

リーゼントでもサングラスでもない、手配書通りの顔で。


「王子…!」

「バカッ、出てくんな」


カンザキは慌てたが、もう遅い。

ヒメカワはカンザキに近づいてその肩に手を置き、ハスイと向き合った。


「オレが居候させてくれと頼んだんだ。こいつに罪はない」

「…皆心配しております。…さあ、城に戻りましょう」


ヒメカワは小さく「ああ」と返事をし、家から出ようとした。

だが、神崎はその手首を握りしめたまま放さない。


「……カンザキ…」

「…王子がお世話になった礼はします。…王子をお放しください」

「…いらねえよ。それはもうこいつからもらってる」


そう言うと、カンザキはヒメカワの手を引いて反対方向に走り出した。


「カンザキ!?」

「!!」


一瞬呆気にとられたハスイだったが、すぐに「追ってください!」と兵士達に指示し、兵士達は次々とカンザキの家に突入する。


カンザキは風呂の窓から先に抜け出し、「急げ、ヒメカワ!」と急かされたヒメカワもそれに続く。

外へ逃げ出した2人はそのまま町を駆けた。


「カンザキ! このあとどうする気だ!? ごめんなさいじゃ済まされねーんだぞ! わかってんのか!?」

「とりあえず逃げ切る! そしたらごめんなさいも必要もねえだろ? 帰りたくねえ場所に帰る必要なんかねーんだ!」


背後の足音が騒々しい。

後ろから兵士が追いかけてきているのがわかる。

カンザキはヒメカワの手を引いて角を曲がった。


「わ!」

「おっと!」


そこで少女とぶつかりかける。


「あれ? カンザキ先輩? あ、お花いかがっスか?」


出会ったのは、花売りの少女・ハナザワだ。


「見てわかんねーのか! 追われてんだよ!」


後ろを指さすと兵士達が「待てー」と追いかけてくるのが見えた。


「わぁ、面白そうなことになってるじゃないっスか。あいつら敵ってことでいいんスね?」


ハナザワは手に提げたカゴから造花をつかみとり、構えた。


「そこの女! どけ!!」

「嫌っス☆」


先端の鋭い造花を投げつけ、兵士達を壁に貼りつけにする。


「一丁上がり♪ カンザキ先輩、今のうちに!」

「サンキュ! あとで大量に買ってやるよ!」


「約束っスよー」と背中で聞きながら、カンザキとヒメカワは逃走を続ける。


細い路地を駆け、途中でどこかの家の裏の扉から堂々と開けて入る。

一時の休憩。

2人は前屈みになって息を弾ませる。


「ここまでくれば…、はぁ、はぁ、大丈夫だろ…」

「はぁ、はぁ…、ここは…?」


見たところ、武器倉庫のようだ。


「コラ、カンザキ!」

「痛っ!」


背後から頭部に拳骨を食らわされ、振り返るとそこには女物の鎧を着たオオモリとタニムラが立っていた。


「姐さんの家に勝手に入ってくんじゃないわよ」

「不法侵入」

「一大事なんだ、見逃せよ」

「一大事? なに? まさか行方不明の王子でも誘拐して兵隊に追われてるとか?」


冗談混じりに言いながら、オオモリの視線がヒメカワに移る。


「………え゛、マジ?」

「言っとくが誘拐じゃねーぞ」


合意の上だ。


「どうぞ」

「ありがとう」

「チアキ、冷静すぎ」


オオモリに対してタニムラは動揺した素振りは見せず、疲れているカンザキとヒメカワにコップに入れた水を渡した。


「ここに入ったぞ!」

「オレ達も続け!」


扉越しに兵士達の声が聞こえた。


「姐さんを巻き込む前に早く表から出て行きな!」

「悪い!」


2人は部屋を抜けて表の店から出て行く。


「あら、どうしたの?」


武器屋の店番をしていたクニエダは突然裏から登場した2人に目を丸くする。


「あとで説明する!」

「お邪魔しました!」


2人の逃走はまだ続く。


塀をよじ登り、平屋根を飛び移りながら移動するが、兵士達も懲りずに追いかけてくる。

鎧を着ているせいか足は遅く、距離のある他の屋根には飛び移れずにいた。

そこでわざわざ梯子を使って渡ってくる兵士もいる。


「しつけえ奴らだ…!」

「ははは、テンション上がってきた」

「笑うな、ヒメカワ」


建設中の建物が見えてきた。

容易に飛び移れる距離ではなさそうだ。

そこでカンザキは、命綱をつけて壁に塗料を塗っている最中の見覚えのある男を見つけ、隣の屋根から声をかける。


「! おい、トウジョウ!」

「おお、カントクじゃねーか」

「カンザキだボケ! …バイト中か?」

「見ての通りだ」

「カンザキ、あいつも知り合いか?」

「ああ。トウジョウって奴で、たまに店を手伝わせてる。この町のなんでも屋ってとこか」


紹介していると、兵士達の声と足音が近づいてきた。


「待てって行ってんだろうが!」

「王子ー!」

「おっと、立ち話してる場合じゃねえな。トウジョウ、ギャラ出してやるから、オレ達を逃がしてくれ」

「面白そうなことになってんじゃねーか」


トウジョウは不敵に笑い、助走をつけて命綱をつけたままこちらに飛び移ってきた。


「これ使って逃げろ。……カンカン」

「カンザキだって言ってんだろ。パンダか、オレは」


トウジョウはカンザキに自分の命綱を渡し、こちらに向かってくる兵士達を迎え撃とうと構える。


「なんだ貴様!」

「邪魔する気か!?」


兵士達は剣を構える。

トウジョウは背を向けたままカンザキに怒鳴る。


「さあ行け、カンカン!」

「カンザキだって…。…気に入ったんだな、その呼び方」


まともに呼ばれることを諦めたカンザキは、命綱でヒメカワと一緒に建設中の建物に移る。


「「あっ!」」


だが、2人同時に飛び移ろうとしたのが悪かったのか、重さに耐えきれなかった命綱が切れてしまい、2人はそのまま派手な音を立てて大通りに置かれていた荷車の上に落ちた。


「あいつもうちょっと頑丈なロープよこせよ…」

「背骨…折れたかと思った…」

「王子…!」


身を起こした時には、ハスイを先頭に兵士達に取り囲まれていた。

カンザキとヒメカワどころか、兵士達も疲れた表情を見せていた。


「追いつきましたよ、王子…」

「てめーらも頑張るよなぁ」


カンザキは立ち上がり、荷車の上からハスイと睨み合う。


「もう逃げられません。これ以上王子を連れ回すのなら、檻行きどころではありませんよ」

「……かまうかよ。…ずっと鳥かご暮らしだったこいつよか、よっぽどマシなところだ」


兵士達は鞘から刀を抜き、剣先をカンザキに向けた。

カンザキは手ぶらだが、劣勢だとわかっていても、ここは引けない。


「カンザキ」

「休んでろ、ヒメカワ。一気に切り抜けるぞ」


コブシを鳴らし、剣を持った兵士達に立ち向かおうとする。


「カンザキ」

「あ?」


ゴッ!


肩をつかまれ振り返ると同時に、鈍い一撃を腹に食らった。

ヒメカワのコブシがカンザキの腹にめり込む。


「ぐ…っ」


カンザキは腹を抱え、その場にうずくまった。


ヒメカワはそれを見下ろしたあと、荷車から下りてハスイのもとへ向かう。


「…ハスイ、遊びはここまでだ…。…城に戻る」

「……馬車の用意は出来ております」


ヒメカワはハスイとともに馬車へと向かう。


「待…て…、待てよヒメカワァ!!」


カンザキは立ち上がってヒメカワを追おうとするが、数人の兵士達に取り押さえられてしまう。


「ヒメカワ!! 聞いてんのかコノヤロウ!!」


騒ぐカンザキの言葉を背で聞きながら、ヒメカワはハスイとともに馬車に乗り、行ってしまう。


「ヒメカワ―――!!」


馬が進みだしても、その声はヒメカワの耳に届いた。


「…王子、おケガは?」

「擦りむいただけだ。…オレには貴重なケガだな」


窓の景色を眺めながらヒメカワは呟くように言い、横目でハスイを睨む。


「ハスイ、カンザキは世話になった恩人だ。手荒く扱うなってあいつらに言っとけ。檻に放りこむのもダメだ」

「承知しました」

「…ハスイ……」


突如ヒメカワは手を伸ばし、ハスイの胸倉をつかんだ。


「屋根の上にいた兵士に弓引かせて、カンザキに当てようとしただろ?」

「…お気づきに? …だからあのような芝居を?」


ヒメカワに胸倉をつかまれようともハスイは動じていない様子だ。


「オレが城に戻りさえすれば問題ない。だからってあいつになにかしたら、処刑で済むと思うなよ」

「……なにもしないと約束しましょう。…それでこそ、王子…」

「……………」


安堵したような笑みを浮かべたハスイから手を放したヒメカワは、もう2度と見ることはないだろう町の様子を眺めた。


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