王子は何処に?
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3日後、カンザキはひとりで市場で商っていた。
しかし、商売を始める前からその顔は疲れ切っている。
「はぁ…」
「どうしたの、神崎君」
そこにひょっこりと現れて笑顔を見せる。
「ナツメ…、ホントおまえは予告もなしにどこでも現れるな。ヒマ人か? それともオレのストーカー?」
「後者だったらどうす…」
言いきる前にカンザキは売り物の剣をナツメに向け、剣先を喉元に突きつけて低い声を出す。
「ブッ刺すぞ。今のオレなら躊躇なくできるぜ」
「今日はご機嫌斜めだね」
苦笑するナツメは両手を小さく上げ、参りましたのポーズをする。
「あれ? 今日はヒメちゃんいないの? …いや…、今日も、か」
ナツメは酒場で飲み合ったあと、ヒメカワとは一度も顔を合わせていない。
次の日からカンザキが同行を拒否したからだ。
それもそのはず。
ナツメには口が裂けても言えない出来事があったからだ。
2日前、目が覚めたカンザキは真っ裸で自分のベッドに寝ていることに気付き、すぐに飛び起きた。
酒場の記憶までは途中までで、その続きが思い出せない。
腰はだるいうえに、体中にはキスマークが散らばっていた。
大量の冷や汗が流れ始め、状況の受け止め方を考えていたとき、「おはよう」と入ってきたのがリーゼントをセットしたばかりのヒメカワだ。
カンザキはおそるおそる確認した。
「もしかしておまえ、オレと…」。
そこで言葉を切った。
その先を口にするのがおぞましかったからだ。
しかし、ヒメカワはやらしい笑みを浮かべて答える。
「ああ、最高の夜だったぜ」。
ピシッとヒビが入る音がカンザキから聞こえた。
そのあと、ヒメカワがどんなに声をかけても揺すっても、髪まで白くなった(ように見えた)カンザキは壊れたように無反応だった。
そして、ここ2日、カンザキはヒメカワを避けるように、というか近づけないようにした。
1日前は、夜いきなり部屋に来たかと思えば、「1回も2回も同じだろ」とドヤ顔で言うので、ベッドの中に隠し持っていた棍棒で頭を殴りつけ、凹んだリーゼントのまま一晩中リンゴの木に縛り付けた。
つらつらと思い出している間、カンザキの顔が真っ青になったり、真っ赤になったりと繰り返す。
「カンザキ君? カンザキくーん?」
「お…、ああ…」
ナツメの声で回想が止まり、カンザキは顔を上げた。
「…これ」
ナツメは手に持っていたポスターをカンザキに見せつけた。
前に兵士に見せられたイケメンの手配書だ。
「またそれか…」
露骨にうんざりした顔をする。
「どうした、それ」と聞くと、ナツメは視線で伝えた。
ナツメの視線を追うと、兵士達が住民に配っているのが見えた。
「…血眼になって捜してるみたいだよ。……この国の王子様を」
「王子!?」
ただの家出貴族どころではない。
「オレも一度誕生祭で一目見たことがあるよ。…子供の頃の話だけど。まさか、こんなイケメンに育ってるとはね」
「…なんで家出なんか…」
「さあ…、けど、王子様にとっては、オレ達の家より立派なところに住んでるのに、意外と窮屈だったのかもね」
手配書の一国の王子を見つめながら、カンザキは過去の自分と境遇を重ねていた。
帰り道、カンザキは荷台を引いて家路をたどっていた。
日が沈み、辺りは薄暗い。
自分が仕事している間、家で待っているヒメカワはなにをして過ごしているのか。
昨日は夕飯を作ってくれたが、火事を起こしかけたうえに、料理はほとんど黒焦げ三昧だった。
思い出したカンザキは急ごうと足早になり、裏通りを行く。
「待ちな」
「!」
目の前に3人の男達が現れ、カンザキは足を止められる。
内心で舌を打ち、睨みつける。
「…もう店は閉めたぞ」
「そう言うなよ。…丸ごとくれ」
真ん中のひとりがそう言うと、左右の2人は剣やナイフを取り出し、路地から他の仲間も出てきてカンザキを取り囲む。
(こんな早い時間帯から出てくるとは…)
商人ばかりを狙うゴロツキの集まりがあるのは噂で聞いていた。
ナツメにも何度も忠告されたが、自分が標的にされるとは思わなかった。
15人。
カンザキはゴロツキの目で数え、荷台に載せた剣をつかみとり、剣先をじりじりとにじり寄ってくるゴロツキ達に向けた。
明らかに劣勢だ。
手元がわずかに震え、剣が怯えているようだ。
「ついでにお兄さんももらっていいか? 人買いが若い男欲しがっててさぁ…。…あ、臓器屋も同じこと言ってたな…。どっちがいい? そのまま拉致られて人買いに買われるか、殺されて臓器屋に買われるか…」
そう言ったリーダー格であろう男が手に持ったナイフを揺らし、挑発的な笑みを浮かべる。
本気で言っているのだろう。
カンザキは一歩踏み出し、リーダー格の男の顔面を剣先で突こうとした。
その前にナイフで防がれ、払われる。
「…じゃあ、臓器屋で」
リーダー格の男が軽くナイフを払ったのを合図に、一斉に他のゴロツキ達がかかってきた。
カンザキは剣ひとつで対抗するが、頬や腕を切りつけられ、荷台に背中をぶつけ、追い詰められる。
殺される、と目をギュッとつぶった時だ。
「ぐあ!」
「がっ!」
「ぅぐっ!」
鈍い音とゴロツキの悲鳴が聞こえ、カンザキはゆっくりと目を見開いた。
「…!!」
倒れたゴロツキの中心に立っていたのは、ヒメカワだった。
足下で呻くゴロツキの腹を遠慮なく踏みつけ、気絶させる。
ヒメカワはカンザキを一瞥したあと、リーダー格を睨み、サングラスを指で押し上げる。
「おまえら全員、ただじゃ帰さねえぞ…」
「また面白い奴が来たな…。てめーも売りモンにしてやるよ」
リーダー格の男がそう言うと、他のゴロツキが一斉にヒメカワにかかる。
ヒメカワは肩越しに振り返り、「カンザキ、剣!」と怒鳴った。
茫然としていたカンザキははっとし、持っていた自分の剣をヒメカワに投げつけると、ヒメカワは宙を掻く剣の柄をうまくつかみとり、応戦する。
カンザキも荷台から新たな剣を取り出し、ヒメカワに加勢した。
たったひとり増えただけで劣勢に追い込まれていく流れに、傍観していたリーダー格の男の頬を冷や汗が伝う。
「何モンだ、こいつ…」
剣の扱いに慣れている様子だ。
一歩たじろいだとき、ヒメカワが切りかかってきた。
リーダー格の男はそれを紙一重で避け、姫川の顔面目掛けナイフを振るった。
サングラスが宙を飛び、レンズが音を立てて割れた。
「ヒメカワ!!」
ナイフが振るわれた際にコブシがリーゼントに当たり、リーゼントが崩れる。
ヒメカワのまぶたの上は横一線に切れ、血が流れた。
「…!!?」
その顔を見たリーダー格の男は驚愕の表情を浮かべる。
「な…っ!!」
その手からナイフが落ちる。
「…このヤロウ…、リーゼントが崩れちまっただろが!!」
ヒメカワは剣を持ち変え、容赦なくリーダー格の男の顔面を殴りつけて吹っ飛ばした。
「リーダー!!」
「てめぇ!!」
全員がヒメカワに襲いかかろうとしたが、ヒメカワが振り返り顔を見せると全員がほぼ同時に足を止めた。
「あ…」
「あなた様は…っ!!」
カンザキもヒメカワの素顔に驚きを隠せなかった。
そっくりだ。
手配書のイケメン王子と。
全員が唖然としていると、ヒメカワは急に走りだしてカンザキを抱えて荷台の上に放った。
「カンザキ、つかまってろ!」
そう言い放つと、荷台を一人で引いて全速力で走った。
荒く走る車輪の音を遠くで聞きながら、ゴロツキ達はまだ唖然としたまま突っ立っていた。
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