今日だけリーゼント。
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「はぁ? 協力できない?」
下校時間も近づいてきた頃、因幡は昼から姫川の部下達に連絡をとってみたが、誰も協力する者はいない。
「だから、金なら姫川本人が払うって言ってんだろ。前払いだぁ? ふざけんなよっ!! オレがそんな大金持ってるわけ…。あ、おいコラ切んじゃねえ!!」
通話が途切れたケータイに向かって罵倒する因幡。
しばらくケータイを睨みつけたあと、舌を打ってケータイをしまった。
「どうだった?」
背後から声をかけた神崎に、因幡は「見ての通りだよ」とため息をつく。
「「金はいくらだ?」、「先に払え」、「信用できるか」…。言いたい放題言いやがって金の亡者どもが」
「あいつの人間関係ってそんなもんだろ」
姫川の下についている者はほとんどが金目的だ。
姫川はその事実を知りながらも、だからこそ金を捨てる。
兵隊だって金のために戦争するだろ、と最もなことを言われた記憶があった。
「仕方ねえ…。姫川らしさから少し外れるが、ひとりで乗り込むか…」
「協力してやってもいいんだぜ?」
神崎の言葉に、因幡は小さく笑って席を立つ。
「は…っ。神崎についてきてもらうとか、それこそ姫川じゃねえよ…。オレひとりで大丈夫だ。くんなよ?」
そうは言ってみたが、姫川になりきっているせいか、妙な寂しさを感じた。
*****
集会所の近くまでやってきた因幡は、詳しい指定場所がわからずに辺りを彷徨していたが、適当な不良に声をかけてギャングの名前を出したところ、有名なのかすぐに居場所がわかった。
指定場所は、小さな廃工場だ。
縁起が悪く雲行きも怪しくなってきた。
ちょうど午後4時。
薄暗い廃工場の中に足を踏み入れると、ひとりの巨漢が出て来た。
学ランを着ているが、同じ高校生には見えない。
「時間通りだな、姫川」
緑髪の、50cmのモヒカンを見た因幡は、すぐにうつむいた。
(本当にモヒカンだったああああああっ!!(笑))
「ま…、待たせたな…」
できるだけ目を合わせないように、噴き出さないように唇を噛みしめて耐える。
ついでに自分の横腹もつねっておく。
(モヒカン超長ぇ―――っ!! アッハッハッ!!(笑))
「どうした? ビビってんのか? こっち向けや」
(向けねえよ!! つうかビビるよ!! そんな抱腹絶倒狙いの髪型で目の前に現れてこられちゃ!!(笑))
涙まで浮かんできた。
サングラスしててよかったと思う。
「ああ? おまえそんな背ぇ低かったか?」
ギクリとした。
姫川は180cm以上に対し、因幡は160cmと少しだ。
平均男性より低い。
「きょ、今日は背が低い気分なんだよ」
「どんな気分!?」
「あ、あと、リーゼント! リーゼントも低いからそう見えるんだよ!」
適当な言い訳をしたが、どうやらモヒカンにとってはどうでもいい理由だったようだ。
本題に入る。
「果たし状は読んだか?」
「ああ。…で、オレとてめーのテリトリーをかけての勝負なんだろ?」
そこでモヒカンの額に青筋が立った。
「はあ゛!? てめーちゃんと読んでねえだろ!?」
「え、違うの?」
手紙の内容を読まず憶測で言った因幡がきょとんとすると、モヒカンは自分の髪を指さす。
「これはモヒカンとリーゼントをかけた戦いだ…。すなわち! この勝負で負けた方が潔く頭を丸める!! そう書いてあっただろ!?」
(ど――――でもいい戦いだった……)
脱力しかけた因幡はうなじを掻き、興味のない眼差しをモヒカンに向ける。
「このまま帰ってもいいけど…、それじゃあ負けたことになるんだよなぁ…」
(つるつるにした姫川、見たくねーしなぁ…。それじゃあただのハゲのイケメンだ)
仕方なく、スタンバトンを手に構える。
「仕方ねえから相手してやるよ、雑草頭」
「言ったなコロネ頭が…」
「てめー仲間はどうした?」
「悪いが今日はひとりだ」
「騙されねえぞ。てめーは闇討ち好きのクソヤローだからな…。油断させておいて一気に叩く、だろ?」
確かに本来の姫川ならそうするだろう。
「勝手に思っとけよ」
同時に、地面を蹴った因幡は一気にモヒカンの至近距離まで詰めた。
その速度に目を剥くモヒカン。
「おしまい!」
スタンバトンの先端を腹に押しつけ、スイッチを押す。
「!?」
しかし、パリッ、と細かな音しか出ず、電流が全身に流れない。
モヒカンの顔を見上げると、そこには嘲笑の笑みが貼りついていた。
「残念だったな。てめーの対策はバッチリよ」
モヒカンは学ランの前を開け、それを見せた。
「ゴム製の全身タイツでな!」
(全身タイツ…!!?)
勝ち誇ったように言ってるが、全身は見ると悲しいことになっているのだろう。
勝つためには羞恥も捨てるようだ。
「そして…」
ドン!
「うっ!?」
後ろ左肩に鈍い衝撃を感じた。
因幡はその場に片膝をつき、肩越しに振り返る。
柱の影に誰かが身を潜めたのを見た。
ドン!
「うぁっ!」
今度は反対の方角から、なにかが飛んで右胸に直撃する。
「くく…っ。てめーのマネだよ。オレもてめー相手にまともにやり合おうとは思っちゃいねえからな…」
因幡の足下になにかが転がった。
焦げたゴム弾だ。
潜みながら撃っているのはモヒカンの仲間だろう。
辺りを見回してこちらに銃口を向けられては体を逸らして避けるが、すべてはムリだ。
いくつか体に直撃し、鈍い痛みに体が震える。
「…っく…!」
「いいザマだぜ姫川ぁ。はははは!!」
余裕ぶっているこいつだけは殴る、と因幡はスタンバトンを構え、顔面目掛け横に振るおうとした。
バシュッ!
その時、モヒカンの背後から撃たれたゴム弾が因幡のリーゼントに当たり、リーゼントが解けてしまう。
その場に尻餅をつくと、サングラスまで取れてしまった。
「あ…!!」
因幡は慌てて自分の頭を両手で覆ったが、遅かった。
「な…!? 姫川じゃねえだと…!!?」
「い、いやほら、よく見ろ! オレが姫川だ!」
リーゼントが解けただけだと取り繕うとした因幡だったが、モヒカンの目は完全に別人を映していた。
「姫川がそんな大きな瞳してるわけねーだろ!! 背も低いと思ったら別人が演じてやがったか…! どこだ姫川!! どこだ―――!!」
モヒカンは叫ぶが、姫川が現れる様子はない。
代わりに、雨の音が返ってきた。
「……さてはあいつ…、本当にここに来ねえのか?」
「……………」
「逃げやがったか…。行くのも面倒だから代わりによこしたってわけだ…。情けねえ奴だぜ」
聞き捨てならず、因幡はモヒカンを睨みつける。
自分を負かした男を腰ぬけのようにバカにされるのはガマンがならなかった。
「所詮あいつもリーゼントに対する熱ってのはそんな程度…」
「あいつのリーゼントに対する熱は病的だ。あいつは来る。卑怯の天才姫川、恐れをなして逃げたりなんて絶対しねえよ!!」
気付けばそんなことを言い返していた。
モヒカンは煩わしい蠅を見るような目で因幡を見下ろし、部下達に一斉射撃を命じようと手を上げる。
「ぐあっ!」
「!?」
柱から、部下達が5人ほどまとめて放りだされる。
「なんだ…?」
しばらくして、柱の陰からひとりの人物が現れる。
「待たせたな…。本物の姫川様だ、コノヤロー」
「か…っ!!」
(神崎…!!)
どこで購入したのか、アロハシャツ、サングラス、リーゼントという姫川3拍子の神崎だ。
ウィッグをつけたのも見てわかる。
リーゼントも少しの刺激で解けそうだ。
せめて口のピアスは外してこい、と因幡は内心でつっこむ。
「てめー…、姫川!?」
「……いくらだ?」
「あ゛?」
「言ってみたかっただけだボケェ!!」
駆けてきた神崎は因幡のスタンバトンを拾い上げ、モヒカンの脳天に振り下ろした。
ゴッ!!
後ろでモヒカンが頭を押さえて呻くなか、因幡は小さなため息をついた。
「…ついてくんなっつったのによぉ…」
「オレが来なかったらヤバかったくせに…」
「どうにかなったっつーの。これからドロップキック食らわせてやろうかと思ったところでおまえが入ってきたんだろが。………おかげで助かったけど」
「素直にそう言やいいんだよ」
「おまえリーゼント似合わないのな(笑)」
ついでに素直に言ってみた。
「……嬉しい言葉だな」
「クソ…! 次会ったら絶対殺す…!!」
復活したモヒカンは頭を押さえながら部下達とともに工場から逃げ出し、雨の中を走る。
「あ、待てよ! 約束は!?」
負けたら頭を丸めなくてはならない。
先頭を走るモヒカンは「んなもん知るか!!」と声を張り上げた。
「おいおい、負けたら潔く…だろ?」
「「あ」」
工場の前で停車していたベンツの窓から、姫川が顔を出した。
現れたロングリーゼントに、思わずモヒカンも立ち止まる。
「げ…っ!! また姫川!!?」
「いくら卑怯モンでも、駆け引きの約束事は絶対だ」
姫川はスタンバトンのスイッチを入れ、車の外へと放り投げた。
ビシャアアアアア!!
「「「「ぎゃああああああっ!!」」」」
いくらゴム製のタイツを着ているとはいえ、顔まで濡れていては感電せざるを得ない。
青白い稲光が辺りを包むなか、神崎と因幡は屋根の下でそれを眺めていた。
絶叫を聞きながら、姫川は運転席にいる蓮井にバリカンを要求する。
雨も上がり、オレンジ色の光が石矢魔町を包む頃、姫川は嬉々として正坐したモヒカンのモヒカンをバリカンで剃っていく。
モヒカンがマジ泣きしていようが悪魔のような笑みを浮かべ、容赦なく手を動かしている。
「姫川、オレ達も手伝ったんだから、部下達のモヒカン剃りはやらせろよ?」
楽しげにやる姫川に感化され、神崎も混ざろうとする。
「ああいいぜ。こっちは終わったから今度はてめーら使えよ」
そう言って姫川は使い終わったバリカンを神崎に投げ渡す。
「先にオレがやるっ!」
名乗り出た因幡は神崎からバリカンを取り、部下のひとりのモヒカンをバリカンで剃っていく。
「それにしても余計なことをしてくれたもんだ…。なんだよおまえらのそのふざけた格好は…」
「「姫川ですけど?」」
「殺すぞ。…まあ、オレが誰かさんに移された風邪に苦しんでいる間、頑張ってたようだが、次は余計なことすんなよ」
そう言って姫川はベンツに戻り、蓮井に後部座席のドアを開けてもらう。
乗り込んだあと、閉めようとする蓮井に「待て」と声をかけ、2人に声をかけた。
「乗れよ。せめて家まで送ってやる」
バリカンで剃っていた神崎と因幡は顔を合わせ、言葉に甘えることにした。
*****
次の日、今度は神崎が風邪を引いたらしい。
「いやぁ…、簡単に移るもんなんだな…」
神崎の教室に現れた姫川は、すっかり全快している様子だ。
風邪は移すと治ることが発覚し、感心していた。
「―――で、今日は神崎なのか? 神崎」
「おう」
神崎の机でふんぞり返っているのは、金髪のカツラを被った因幡だ。
傷やヒゲは夏目が書いてくれた。
「口のピアスはどうしようか…」
「開けるのか?」
「唇はちょっとなぁ」
「ネジで止めるのつけたら?」
「あるかなぁ」
「あと、神崎さんの好物はヨーグルッチだぞ」
そう言って城山はヨーグルッチを取り出した。
「え゛」
因幡は、ヨーグルッチが大の苦手だ。目を合わせてニヤリと笑った姫川と夏目は飲ませようとヨーグルッチを構える。
「じゃあ神崎」
「飲もうか、ヨーグルッチ」
「そんな物騒なもの、オレに近づけるなああああっ!!」
(神崎さん…。あとで見舞いに行こう)
因幡が絶叫しているその頃、
「へっくし!! クソ…、あのフランスパン…」
神崎は、温かいベッドの上で風邪を移した張本人を恨んでいた。
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